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第2章
欲しいものはそれじゃない 2
しおりを挟む「どんな手があったんですか?曽鷹さん。」
先生の言葉にハッとしてようやく我にかえった。
秋川さんと距離を詰められる良い方法が思いついて、思わず静かな教室の中で大声で叫んでいる自分がいたことに気がつく。それと同時にとてつもない羞恥心が湧いてきた。
クラス内は一瞬静かになってわたしの奇行に目を丸くしていたが、先生の一言でどっと笑いが押し寄せた。
授業中にいきなり大声で奇声を上げたら当然そんなことにもなる。
「す、すみません。なんでもないです。」
ぺこりとクラスのみんなに頭を下げて、自分の暴走を後悔した。
秋川さんの方をちらっと見たけど、こちらに振り向いてすらいなかった。
くだらないことで恥ずかしい思いをしてしまったが、まあそんなことは一時の恥だ。
それより、わたしは秋川さんに対する画期的な提案を思いついてしまった。彼女が本当にイタチマニアなら、これに食いつかないはずがない。
思い立ったが吉日と言うし、今日の放課後、秋川さんに話してみよう。
自分でも意味不明なくらい気持ちをウキウキさせながら、残りの授業の時間は全て秋川さんのことで思考を埋め尽くした。
考え事に夢中なれば案外退屈な授業も短いものになるんだなって。
♦︎♦︎♦︎
六時間目がいつの間にか終わり、今し方帰りのホームルームも終了したところだ。
今週はわたしも秋川さんも掃除当番ではないので、早々に帰った秋川さんの元へと足を進める。
いつも帰るのが早いため、もしかしたらもう校門も出てしまったのではないかと心配したが、早歩きで急ぐと秋川さんはまだ玄関で靴を履き替えているところだった。
「あの~、秋川さん?ちょっといいですかね。」
よくよく考えたらこんなに下手に出るのはおかしいのだが、彼女の前ではどうしても本能的に恐れをなしてしまう。じゃあなんでわたしはこの人に近づきたいと思っているんだろう。
「…………なに?」
うーん、やっぱり不機嫌。
いやこれが通常か。
「いや、もしよかったらなんだけどさ………」
「…………?」
「今度、おばあちゃんちで飼ってるフェレット、一緒に見にいかない?」
「!」
靴紐を結ぶ手が止まって、初めてこちらをまともに見た。
反応あり。
そう、わたしが思いついた名案とは、イタチ好きな秋川さんに祖母の家で飼っているフェレットを見せるということだ。
秋川さんの家でフェレットを飼っていたらあまり効果がないかもしれないが、もしこの案に乗ってくれたら、わたしは自然な流れで秋川さんと一緒に行動できるし、本人の面白い反応も見れるかもしれない
こういうことにペットを利用するのもなんか申し訳ない気もするけど、別に悪い方向では無いのだから許されるだろう。
「…………………………。」
「ほら、この前気になってそうにしてたじゃん。それで、もしよかったらって思って。」
「……………………近いの?」
「え?」
「だから、あなたの祖母の家、ここから近いの?」
おお、まさか本当に食いついてくるとは。
正直、比較的期待値低めかな、と思ってたので、これはわたしとしては相当いい感じ。それだけこの人のイタチ科に対する執着が大きいということでもあるんだろうか。
「ここから歩いて40分くらいかな。」
「………………それで?いつなら行っていいの?」
「いつでもいいと思うよ。特に向こうが家を開けることもないだろうし、これまでも結構自由に行ってたし。勿論確認はするけど。」
「…………そう。」
秋川さんは、少しだけ考える時間を作ったあと、ぼそっと呟くように言うと、そのあとはとか何かを言うこともなく靴紐を結ぶ手を動かし始めて立ち去ろうとする。
「ちょっと待って。結局行くの?行かないの?」
秋川さんに満足に話しかけられる機会なんてそうそうない。少しでも会話を引き延ばしておかないと次がなくなってしまう。
ちょっと怖い気持ちもあったけど、思い切ってこちらから選択肢を絞ってみる。
秋川さんは再度こちらに向き直って数秒間なんとも言えない表情をしていたが、やがて呟くように小さく声を出した。
「…………………………明日、放課後に校門の前にいなさい。」
目を逸らしながらそう言って、足早に靴を履いて出て行ってしまった。なぜかちょっと背徳感を感じた。
「明日…………」
あれって、明日行きたいってことなのかな。
連れて行ってもらう側なのに随分と粗暴だったことは気にしないけど、まさか明日とは。
あるとしてももう少し猶予があると思ってた。
だって秋川さんと一緒に…………
いや、デートってわけではない。
ただ一緒にフェレットを見にいくだけだもんね。
わたしの方は若干の下心があったりもするけど、少なくとも建前的には緊張することも何もない。あ、でも建前だけ見たら尚更わたしと秋川さんが放課後一緒に出かけるとかあり得ないわ。わたしみたいな平凡なモブが、悪い方向でも良い方向でも目立っている秋川さんと接点がある方が世間的に見たらおかしい。また蒼に心配されるかな。
まあとにかく約束は取り付けた。
ラッキーな要素も相まって、わたしの妄想は少しずつ現実化しつつある。
秋川さんはうちのフェレットを見たらどんな反応をするだろうか。わたしが近くにいてもこの前みたいにはしゃいでくれるだろうか。そうなったらぜひ見てみたい。意地の悪い気持ちじゃなくて、単純に反応を見たいだけだ。
わたしがあの人に抱き始めている感情は、どうやら普通の人に対するそれとは若干異なるらしい。
「あ、おばあちゃんに言っとかないとな。」
上昇する心拍数を落ち着かせるべく、わたしはカバンから携帯を取り出して、祖母のもとへと電話を取り付けた。
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