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第2章
欲しいものはそれじゃない 6
しおりを挟む「あ、いえ、なんでも。」
「…………。」
「よかったらこれどうぞ。粗茶ですが……。」
「…………。」
さっきまでの優しくてとろとろな秋川さんはどこへやら、虫ケラを踏み潰す直前みたいな蔑み顔でわたしのことを見ている。気まずいとかいうレベルの話ではない。
いや、でもわたしはお茶淹れてくるねーって言って帰ってきただけなんだから、どちらかというとこの状況を生み出しているのはソラにメロメロだった秋川さんの方だろ。
「……どの辺から見てた?」
「『ソラちゃんおいで~、よしよしいい子いい子』みたいなこと言ってた時から。」
怒られるとわかっていたけど、とりあえず猫撫で声で秋川さんの真似をしてみた。他意はない。
秋川さんは、一度『はぁ』と息を吐くと、隣に座っているわたしと手元に抱えられているソラを交互に見た。
そして、しばらくの間わたしの方を一層強く睨みつけて、それから完全に意識をソラに戻した。
「ソラちゃんはおとなしくていい子ですね~。お腹の毛の色が違うところもとっても可愛い。」
なるほど、どうやら悩んだ結果わたしのことは存在しなかったものとして扱うようだ。
わたしへの嫌悪とソラへの愛情では、後者の方が上回るということか。
「……………。」
このままでいいのか、わたし?
すぐ隣でわたしを無視してソラを可愛がる秋川さんに目を向ける。
好きな反対は嫌いではなく無関心という言葉があるが、今まさにその状況に陥っている気がする。こうやって放置されてると、なんか……なんかすごく嫌な感じ!
ソラはあんなに秋川さんに撫でられて嬉しそうにしているのに、わたしは指を咥えて側から見てることしかできないなんて。
わたしがフェレットに変身できたらなぁ、なんて馬鹿みたいな妄想をしつつも座ったまま少しずつ秋川さんににじり寄ってみる。
「……なに?」
ソラと遊んでいた秋川さんは、ママ友との電話中に子供に呼び出された母親(不機嫌度MAX)みたいな表情で一瞥する。
「あ………その、ソラ可愛いよね?」
「そうね。誰かとは違ってね。」
いちいち一言余計だよ。
「わたしも久しぶり会ったから、ちょっと抱っこしてもいい?」
本当は、『わたしもソラと同じくらいに可愛がってくれない?』という即効でぶん殴られるのが確定しているセリフを言いたかったが、流石に自滅行為に奔走できるわたしではない。
「………ん。まあ、あなたのお祖母様のペットだものね。」
秋川さんは若干取り上げられるようで不満そうだったものの、ソラを優しく持ち上げると、わたしの手元にゆっくりと下ろした。
わたしは両手でソラの体を持ち上げて目線を合わせる。
「おまえはいいよなぁ。秋川さんに可愛がられて、わたしの何倍も幸せ者だよ。」
小さく独り言を呟いてみるが、ソラはまったく無反応でとぼけた顔でこちらを見るばかりだ。そりゃそうか。
ぐぬぬとフェレットに対して嫉妬を拗らせていると、様子を見ていた秋川さんが少しこちらに身を寄せた。
「ちょっと。抱っこする時はちゃんと後ろ足を支えてあげなきゃダメでしょ。」
「え、そうなの?」
「体が伸びすぎちゃうといけないのよ。ほら、片手は足元を支える。」
「えっと、こう?」
「違う。鈍臭いわね。」
なんて言いつつも、秋川さんはいつもよりも若干言葉尻軽くわたしの手を取って、ソラの抱っこの仕方を教えてくれた。普段よりも優しく感じるのは、ソラが絡んでいることだからだろうか。
「秋川さんはフェレット飼ってないんだよね?やけに扱い方が詳しい気がするけど。」
「昔大好きだった子がいたってだけ。フェレットじゃなくてイタチだったけど。」
「……ふーん。」
イタチってことは秋川さんのペットとか、友達のペットとかいうことではなさそうだ。まあ詮索しても仕方ないか。
♦︎♦︎♦︎
なんだかんだ、二人でソラを可愛がっていくうちに時間が過ぎていた。
そこそこ長い間秋川さんの隣に居られるとは、この人にとってのフェレット効果はすごいな。
わたしの方はソラを抱っこし続けるのも疲れるので、少し離れたところで秋川さんとソラが遊んでいるのを見ていただけだったが、それでも普段見られない陽気で無邪気な秋川さんが見られて、なんともえもいわれない感情に襲われている。
特に、秋川さんがソラと目線を合わせるために体を地面に這わせたり四つん這いになったりして試行錯誤している時は大変だ。
常時では考えられないくらい無防備な、すらっとした綺麗な足を前にして、わたしはよくある男子高校生みたいに必死に見て見ぬふりをすることしかできなかった。えっちな漫画に出てくる警戒心ゼロの幼馴染レベルだ。
いつも明るい冴乃とかがそういう態度とってても解釈一致だけど、秋川さんの場合は普段が普段だから余計にこちらの感覚を刺激してくる。
時々ソラが秋川さんの腕や胸の部分から制服の中に入りこんだりして、秋川さんにセクハラできるとか良いご身分だよなぁなんてヤキモチを妬いたりもした。
「もうこんな時間か……。」
ふと、秋川さんがソラの写真を撮ったついでに携帯の時間を確認し、ただいまの時刻が午後七時だと判明した。
六時間目が終わってからここに来たことを考えても、かなりの時間が経ってしまった。
ソラに夢中な秋川さんと、その秋川さんに夢中のわたしは時間の流れを忘れていたようだ。
「これ以上迷惑かけるわけには行かないから帰る。」
「あ、うん。じゃあわたしも。」
わたしとしてはこのままここで見慣れない秋川さんを目に焼き付けておきたかったが、時間も時間なので祖母にお礼を言って二人で帰ることにした。
完全に祖母のことを放置してしまったのはなんだか申し訳ないが、まあ別に一年に一回しか会わないわけでもないし、また来週にでも一人でここに来よう。
日も完全の暮れて、帰り道にはわたしたち2人しかいなかった。細い坂道を不慣れな状態で自転車を漕ぐというのは危険と判断し、結局秋川さんは自分の自転車を押しながら隣を歩いている。てっきりわたしに押し付けられると思ったが、流石にそこまで外道ではなかったか。
「それで……秋川さん満足できた?」
何も話すこともないので、どことなく今日の感想を聞いてみる。
この星しか輝きがない道を歩いていると、本当に無言の帰宅になってしまいそうなので、なんとかこちらから話題を振るしかない。
「いいえ、まったく。」
「うぇ!?マジで?あれで?」
秋川さんは、さっきみたいな超絶ハッピーモード(仮)でも、氷結毒舌モード(仮)でもない感情が見えにくい表情であっさりと言った。
あれで満足してないとかマジかよ、と思ったが。
「ソラちゃんと遊ぶにはあと10時間は必要だったってこと。」
「あっ、左様ですか。」
ちゃんと手のひらを返してくれて良かった。
よくよく考えたら、わたしと一緒にいるのに不機嫌じゃない時点でって感じか。
ちなみにわたしの感想としては、見てるだけだったけど、あれだけ秋川さんがはしゃいでくれるならもう万々歳よ。
「にしても可愛かったなぁ。」
ふと油断して思わず口に出してしまった。
「………………。」
うわやば。秋川さんに可愛いとか言ったせいで怒られるかも。
「でしょ?やっぱりフェレットは可愛い生き物よね。あんなに身近にいるなんて羨ましい。」
あ、フェレットのことと勘違いしてくれた。
可愛いのはお前だよ、と言いたかったけど、流石にそれは控えた。
にしても、イタチ系統が絡むと、秋川さんはちょっとポンコツになっている感じがする。わたしだけが知ってる弱点っぽくてちょっと気持ち良い。
「とにかく、今日はお礼を言わないといけないようね。あなたはただ連れてきただけだけど、それでも愚鈍でアホな人間の功績としては立派なものよ。」
「あの、もうちょっと良い褒め方ないんですかね……。」
「これで精一杯。」
「はいはい。ありがたく受け取っておきますよ、その雑な感謝。」
わたしと秋川さんの距離感が縮まったかについては微妙だけど、不機嫌で荒っぽい女王様から上機嫌で上から目線の女王様くらいの変化はあったかもしれない。
強いて残念な点を挙げるなら、わたしには次の作戦がないということだ。せっかく少し秋川さんを乗り気にさせたのに、さらなる詰め寄る一手がない。
もう一度祖母の家に行ってソラと遊ぶのは新鮮味がないし、かと言って他にフェレットを飼っているような知り合いもいない。はてさて、今後秋川さんがわたしに目を向けてくれる日は来るのだろうか。
「私ここ真っ直ぐだから。」
少しずつ人通りも増えてきた交差点で信号待ちをしていると、秋川さんの家とわたしの家の分岐点だったらしく、ここで別れることとなった。
「うん。じゃあまた明日。」
手を振って別れの挨拶をしたが、秋川さんの家の方角に向かう信号が青だったので、すぐにその場を去ってしまった。
でも、別れ際に秋川さんがほんの少しだけ手を振るそぶりをしたのを、私は見逃さなかった。
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