11 / 32
第2章
欲しいものはそれじゃない 6
しおりを挟む「あ、いえ、なんでも。」
「…………。」
「よかったらこれどうぞ。粗茶ですが……。」
「…………。」
さっきまでの優しくてとろとろな秋川さんはどこへやら、虫ケラを踏み潰す直前みたいな蔑み顔でわたしのことを見ている。気まずいとかいうレベルの話ではない。
いや、でもわたしはお茶淹れてくるねーって言って帰ってきただけなんだから、どちらかというとこの状況を生み出しているのはソラにメロメロだった秋川さんの方だろ。
「……どの辺から見てた?」
「『ソラちゃんおいで~、よしよしいい子いい子』みたいなこと言ってた時から。」
怒られるとわかっていたけど、とりあえず猫撫で声で秋川さんの真似をしてみた。他意はない。
秋川さんは、一度『はぁ』と息を吐くと、隣に座っているわたしと手元に抱えられているソラを交互に見た。
そして、しばらくの間わたしの方を一層強く睨みつけて、それから完全に意識をソラに戻した。
「ソラちゃんはおとなしくていい子ですね~。お腹の毛の色が違うところもとっても可愛い。」
なるほど、どうやら悩んだ結果わたしのことは存在しなかったものとして扱うようだ。
わたしへの嫌悪とソラへの愛情では、後者の方が上回るということか。
「……………。」
このままでいいのか、わたし?
すぐ隣でわたしを無視してソラを可愛がる秋川さんに目を向ける。
好きな反対は嫌いではなく無関心という言葉があるが、今まさにその状況に陥っている気がする。こうやって放置されてると、なんか……なんかすごく嫌な感じ!
ソラはあんなに秋川さんに撫でられて嬉しそうにしているのに、わたしは指を咥えて側から見てることしかできないなんて。
わたしがフェレットに変身できたらなぁ、なんて馬鹿みたいな妄想をしつつも座ったまま少しずつ秋川さんににじり寄ってみる。
「……なに?」
ソラと遊んでいた秋川さんは、ママ友との電話中に子供に呼び出された母親(不機嫌度MAX)みたいな表情で一瞥する。
「あ………その、ソラ可愛いよね?」
「そうね。誰かとは違ってね。」
いちいち一言余計だよ。
「わたしも久しぶり会ったから、ちょっと抱っこしてもいい?」
本当は、『わたしもソラと同じくらいに可愛がってくれない?』という即効でぶん殴られるのが確定しているセリフを言いたかったが、流石に自滅行為に奔走できるわたしではない。
「………ん。まあ、あなたのお祖母様のペットだものね。」
秋川さんは若干取り上げられるようで不満そうだったものの、ソラを優しく持ち上げると、わたしの手元にゆっくりと下ろした。
わたしは両手でソラの体を持ち上げて目線を合わせる。
「おまえはいいよなぁ。秋川さんに可愛がられて、わたしの何倍も幸せ者だよ。」
小さく独り言を呟いてみるが、ソラはまったく無反応でとぼけた顔でこちらを見るばかりだ。そりゃそうか。
ぐぬぬとフェレットに対して嫉妬を拗らせていると、様子を見ていた秋川さんが少しこちらに身を寄せた。
「ちょっと。抱っこする時はちゃんと後ろ足を支えてあげなきゃダメでしょ。」
「え、そうなの?」
「体が伸びすぎちゃうといけないのよ。ほら、片手は足元を支える。」
「えっと、こう?」
「違う。鈍臭いわね。」
なんて言いつつも、秋川さんはいつもよりも若干言葉尻軽くわたしの手を取って、ソラの抱っこの仕方を教えてくれた。普段よりも優しく感じるのは、ソラが絡んでいることだからだろうか。
「秋川さんはフェレット飼ってないんだよね?やけに扱い方が詳しい気がするけど。」
「昔大好きだった子がいたってだけ。フェレットじゃなくてイタチだったけど。」
「……ふーん。」
イタチってことは秋川さんのペットとか、友達のペットとかいうことではなさそうだ。まあ詮索しても仕方ないか。
♦︎♦︎♦︎
なんだかんだ、二人でソラを可愛がっていくうちに時間が過ぎていた。
そこそこ長い間秋川さんの隣に居られるとは、この人にとってのフェレット効果はすごいな。
わたしの方はソラを抱っこし続けるのも疲れるので、少し離れたところで秋川さんとソラが遊んでいるのを見ていただけだったが、それでも普段見られない陽気で無邪気な秋川さんが見られて、なんともえもいわれない感情に襲われている。
特に、秋川さんがソラと目線を合わせるために体を地面に這わせたり四つん這いになったりして試行錯誤している時は大変だ。
常時では考えられないくらい無防備な、すらっとした綺麗な足を前にして、わたしはよくある男子高校生みたいに必死に見て見ぬふりをすることしかできなかった。えっちな漫画に出てくる警戒心ゼロの幼馴染レベルだ。
いつも明るい冴乃とかがそういう態度とってても解釈一致だけど、秋川さんの場合は普段が普段だから余計にこちらの感覚を刺激してくる。
時々ソラが秋川さんの腕や胸の部分から制服の中に入りこんだりして、秋川さんにセクハラできるとか良いご身分だよなぁなんてヤキモチを妬いたりもした。
「もうこんな時間か……。」
ふと、秋川さんがソラの写真を撮ったついでに携帯の時間を確認し、ただいまの時刻が午後七時だと判明した。
六時間目が終わってからここに来たことを考えても、かなりの時間が経ってしまった。
ソラに夢中な秋川さんと、その秋川さんに夢中のわたしは時間の流れを忘れていたようだ。
「これ以上迷惑かけるわけには行かないから帰る。」
「あ、うん。じゃあわたしも。」
わたしとしてはこのままここで見慣れない秋川さんを目に焼き付けておきたかったが、時間も時間なので祖母にお礼を言って二人で帰ることにした。
完全に祖母のことを放置してしまったのはなんだか申し訳ないが、まあ別に一年に一回しか会わないわけでもないし、また来週にでも一人でここに来よう。
日も完全の暮れて、帰り道にはわたしたち2人しかいなかった。細い坂道を不慣れな状態で自転車を漕ぐというのは危険と判断し、結局秋川さんは自分の自転車を押しながら隣を歩いている。てっきりわたしに押し付けられると思ったが、流石にそこまで外道ではなかったか。
「それで……秋川さん満足できた?」
何も話すこともないので、どことなく今日の感想を聞いてみる。
この星しか輝きがない道を歩いていると、本当に無言の帰宅になってしまいそうなので、なんとかこちらから話題を振るしかない。
「いいえ、まったく。」
「うぇ!?マジで?あれで?」
秋川さんは、さっきみたいな超絶ハッピーモード(仮)でも、氷結毒舌モード(仮)でもない感情が見えにくい表情であっさりと言った。
あれで満足してないとかマジかよ、と思ったが。
「ソラちゃんと遊ぶにはあと10時間は必要だったってこと。」
「あっ、左様ですか。」
ちゃんと手のひらを返してくれて良かった。
よくよく考えたら、わたしと一緒にいるのに不機嫌じゃない時点でって感じか。
ちなみにわたしの感想としては、見てるだけだったけど、あれだけ秋川さんがはしゃいでくれるならもう万々歳よ。
「にしても可愛かったなぁ。」
ふと油断して思わず口に出してしまった。
「………………。」
うわやば。秋川さんに可愛いとか言ったせいで怒られるかも。
「でしょ?やっぱりフェレットは可愛い生き物よね。あんなに身近にいるなんて羨ましい。」
あ、フェレットのことと勘違いしてくれた。
可愛いのはお前だよ、と言いたかったけど、流石にそれは控えた。
にしても、イタチ系統が絡むと、秋川さんはちょっとポンコツになっている感じがする。わたしだけが知ってる弱点っぽくてちょっと気持ち良い。
「とにかく、今日はお礼を言わないといけないようね。あなたはただ連れてきただけだけど、それでも愚鈍でアホな人間の功績としては立派なものよ。」
「あの、もうちょっと良い褒め方ないんですかね……。」
「これで精一杯。」
「はいはい。ありがたく受け取っておきますよ、その雑な感謝。」
わたしと秋川さんの距離感が縮まったかについては微妙だけど、不機嫌で荒っぽい女王様から上機嫌で上から目線の女王様くらいの変化はあったかもしれない。
強いて残念な点を挙げるなら、わたしには次の作戦がないということだ。せっかく少し秋川さんを乗り気にさせたのに、さらなる詰め寄る一手がない。
もう一度祖母の家に行ってソラと遊ぶのは新鮮味がないし、かと言って他にフェレットを飼っているような知り合いもいない。はてさて、今後秋川さんがわたしに目を向けてくれる日は来るのだろうか。
「私ここ真っ直ぐだから。」
少しずつ人通りも増えてきた交差点で信号待ちをしていると、秋川さんの家とわたしの家の分岐点だったらしく、ここで別れることとなった。
「うん。じゃあまた明日。」
手を振って別れの挨拶をしたが、秋川さんの家の方角に向かう信号が青だったので、すぐにその場を去ってしまった。
でも、別れ際に秋川さんがほんの少しだけ手を振るそぶりをしたのを、私は見逃さなかった。
0
あなたにおすすめの小説
百合活少女とぼっちの姫
佐古橋トーラ
青春
あなたは私のもの。わたしは貴女のもの?
高校一年生の伊月樹には秘密がある。
誰にもバレたくない、バレてはいけないことだった。
それが、なんの変哲もないクラスの根暗少女、結奈に知られてしまった。弱みを握られてしまった。
──土下座して。
──四つん這いになって。
──下着姿になって。
断れるはずもない要求。
最低だ。
最悪だ。
こんなことさせられて好きになるわけないのに。
人を手中に収めることを知ってしまった少女と、人の手中に収められることを知ってしまった少女たちの物語。
当作品はカクヨムで連載している作品の転載です。
※この物語はフィクションです
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
ご注意ください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
義姉妹百合恋愛
沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。
「再婚するから」
そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。
次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。
それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。
※他サイトにも掲載しております
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる