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プロローグ
イタチを愛する者と、イタチである者
しおりを挟む「おいで。むぎ。」
制服姿の秋川さんが長い髪を片手で抑えながら、しゃがみ込んでわたしに手を差し伸べる。
わたしの名前はむぎじゃないけど、たしかにわたしに向かって柔らかい声をかけられてドキッとする。
夏の暑さも忘れるほどわたしを夢中にさせる呼び声だった。
出された手に身を寄せると、体をそのまま持ち上げられて秋川さんの胸元で抱きかかえられる。強めに抱かれて「キュ」という謎の声を出してしまう。べつに秋川さんが人間一人を持ち上げられるほど怪力というわけではない。
秘密はわたしの方にある。
といっても単純なことで、わたしがイタチだったから簡単に持ち上げられただけだ。
イタチというのは何かの比喩というわけではない。そのままイタチ。動物のイタチ。イタチっぽい人間じゃないよ。頭の上から長い胴の先まで毛が生えていて、四足歩行で歩いていて、人間と比べたらそれはもう小さいイタチのなかのイタチだ。
でも、わたしはイタチではない。
何を言ってるんだお前は。という突っ込みが入りそうなくらい一秒で矛盾しているが、わたしはイタチでありイタチでない存在なのだ。
普段は人間。でも、時々イタチになれる生き物。そんな不思議な能力を持った人間がわたしだった。
そしてもちろん秋川さんはわたしのことを本物のイタチだと思っている。普段はわたしをゴミを見る目であしらってくるのに、今はなんの躊躇いもなく抱きしめて、いつもの冷徹で気難しそうな顔を捨てて、明るい笑顔をわたしに向けてくれる。人が嫌い、犬や猫も別に好きではない、でもイタチやそれに似た動物は大好き。そんなちょっと変わり者の秋川さんのことをわたしはすごく気になっている。もちろん人として。
本当の姿は人間なんだから秋川さんを騙していることになるけど、今はそれでいいと思ってしまうほど、抱きしめられるのが気持ちいい。
「むぎ~。気持ちいい?」
めちゃくちゃいいです。
もちろん口に出しては言わない。というか、獣の声しか出せないので言えない。
一応、第三者的にはわたしは野生動物って認識されていると思うんだけど、秋川さんは平気で『むぎ』という名前をわたしにつけている。そして本来野生動物なんてどんな細菌を待っているかもわからないはずなのに、平気で頬擦りをしてくる。それくらいこの人はイタチ科の動物が好きなのだ。
そしてわたしはそれにつけ込んでイタチのふりをして愛情を預かる極悪人。バレたら間違いなく社会的に殺されたあと物理的に殺される自信がある。
でも、秋川さんが自分からわたしを可愛がるのだから100%騙しきっているというわけでもない。と思う。
しばらく至福の時に浸っていたが、やがて、ピクリとわたしの小さな耳が跳ねるように何かを感じ取った。
残念ながらいつまでもこうしていられるわけじゃない。もうそろそろタイムリミットだ。
わたしは秋川さんの腕からぴょんと自慢の脚力で跳ねると、そのまま猛ダッシュでその場を立ち去った。
「あっ。まってよ、むぎ。」
後ろから止められたけど、それも構わず走り抜ける。ホントはわたしももっと撫でられたかったんだけどね。
全速力で飛ばせば500メートルあった家までの道のりも一分で足りる。イタチモードのわたしは人間モードの時とは比べ物にならないくらい足が速いのだ。
急いで家にある木を身軽に登り、そこから2階のわたしの部屋へと飛び込む。
よし。ギリギリセーフ。
そう思ったのも束の間、わたしの身体は長い毛が消え去り、自慢の胴長短足も消え去って長細い手足が生えてくる。あ、一応言っておくと、人間的に見れば別に長くもない手足のことね。
つまり人間に戻ったのだ。
「ふぅ。もうちょっと早めに帰らないとかな。さすがに今日はギリギリすぎた。」
危うく人に見られていたので、自戒しつつそそくさと下着を身につける。当然のことながらイタチである時のわたしは衣服なんて身につけていない。だから、必然的にイタチから人間に戻る時は何も身につけていない状態になるのだ。さすがに全裸で自室で棒立ちになる自分を俯瞰すると情けなく思えてくるけど、それも慣れたものなので手早く部屋着を身につけてベッドに飛び込む。
さて、一見すると小動物が人間に変幻した、と見られるであろう一幕であったが、まあそれが全部事実だ。
科学的には信じ難いことなんだろうけど、事実としてわたしがイタチになったり人間になったりできることを身をもって体験しているのだから、それ以上でもそれ以下でもない。
わたしは偶然の出来事からイタチになる能力を得た、というか強制的に取得させられた、ただの女子高生だ。そして、その能力を利用して気になる人を騙す悪い女子高生でもある。
どうしてわたしがイタチになれるのか、なぜイタチなのか。経緯は後々話せるが、未だに理由はわかっていない。せめて猫になってればもっとたくさんの人に対して可愛がってもらえたかもしれないのに。
それでも、意中の人である秋川さんが笑いかけてくれるから。いつもどこか機嫌悪そうに無愛想な秋川さんが明るく甘えさせてくれるから。真実なんて興味ない。イタチに変身できるという事実だけでいい。
秋川さんが撫でてくれた背中や頭をベッドのシーツに擦り付けながら、その感覚を忘れないようにそっと目を閉じた。
これは、わたしという存在が不思議な力を得て、そして誰かに恋焦がれていく、ただそれだけの話。
10
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