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龍王と狐の来訪者

58話目

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『流石は空蝉次期当主と名高い桐壺様だ。本家から離反しようとした3つの分家、合わせて300人をたった1人で皆殺しにしたそうだ!』『なんと!あの数を!桐壺様の時代が来れば我ら空蝉は益々安泰であるな』


『だそうだ。良かったな。ほぼこれで決まりだろ。次期当主様。みんなお前に着いていくってよ』


『……』


『浮かない顔だな。流石に身内殺しは堪えたか?あんなデカい墓までこさえちまって』


『別に。ただ私たちは生きてる間はずっと汚れ仕事をし続ける日陰者なんだ。だから死んだ後くらいはずっと陽の当たる場所に埋めてやりたい。そう思っただけさ』


『感傷的だな』


『……こいつらの一人が言っていた。自分たちは自由が欲しいと。殺し以外に生きる道があるんだと。
だからたとえ死ぬと分かっていても戦わざるをえないと』


『バカでそして愚かな考えだ。死んでまで通すべき考えじゃない』


『……そうかな。誰もかれも口にはしないが自由を求める気運が高まっている気がする。力と恐怖でいくら踏みつけていても、いつか必ずひっくり返る時が来るよ。その時に間違っていたのは自分たちだと思い知らされ……』


『桐壺っ!!今のその発言が誰かの耳に入ったらやばいぞ!?お前、疲れてるのか?』


『……ああ、少し疲れたのかも』


空蝉 篝火には一回り歳の離れた姉がいる。先代の空蝉 桐壺。そして彼女という存在は空蝉の長い歴史の結実でもある。
それこそ、二代目魔王であるオルガ・ブルグを殺してみせたかつての伝説空蝉 総角が引き合いに出されてしまうほどに。


空蝉 総角は"死帰"と呼ばれる生物や物質に対して死を付与する旧神魔法を持っていた。そして彼女もまた同じ力を持って生まれていた。それだけでもう彼女の才能を疑う者はいないだろう。いや もしかしたら いたのかもしれない。しかしその疑心は直ぐに勘違いだったと気付かされる。それほどまでに彼女の力は完成されていた。


ガレオン船よりも巨大であり、どれだけ砲弾を叩き込んでもびくともしない。海に生息する魔獣の中でもトップクラスに危険なA級海洋魔獣ウガムを何の変哲もないナイフの刺突で死に至らせる人間がどこにいる


人間よりも遥かに屈強な肉体を持つ亜人種闘鬼オーガ族は1体であろうと並の人間が武器や魔力に頼らなければ、例え100人が束になっても勝てないとされている。
その闘鬼よりも更に強力な力を手に入れている上位種のハイオーガを殴るだけで死に至らせる人間がどこにいる


彼女だけだ。その力の研鑽の為に一体どれだけの死と殺戮と骸が積み重ねられてきたのかは、想像に難くない


冷酷非情にして殺しの達人集団 空蝉雑技集団の中に置いてさえ殺害数がずば抜けており、彼女は空蝉史上最も多くの命を奪った絶対なる殺し屋として記されている。
殺しすぎたせいで、終いには相手を何手目で殺せるか分かってしまうとさえ云われており、『王手決殺』という2つ名と共にエルガルム一帯を震撼させたのはまだ記憶に新しいだろう


人間離れした偉業がまことしやかに囁かれ、一時唄にさえなった。その強さは留まるところを知らず、遂には最上位魔獣の一体 エキドナの子であるネメイアを仕事仲間の1人である当時の白を冠する魔導師と共に殺害に成功した。


しかしそれは類稀なる才能と引き換えであった。桐壺は惜しむことなくその才能を手放した。とある少女のために。
ある者はバカな事をしたものだと嘲るだろう。しかし才能とは必ずしも望んだ者の手にあるわけではない。
彼女にとって、自身の才能よりも少女の未来の方がずっとかけがえのないものだと思っていた。それだけの話だ。
そして彼女にはもう一つ大切な人がいた。弟である。他の行き方があるのに、それを知ろうとしない臆病な弟が。
彼女は決めていた。才能がなくても、何歳であろうとも。決断と勇気さえあれば生きていけるということを弟に示すことを。

そして。彼女は25歳の時に今まで培った全てを投げうって、"更衣"と名乗り魔導師見習いとしての道を歩んだ。





ポツポツと雨戸を叩くかのような心地の良い声色で雪姫は懐かしそうに目を細めていた。思い出に浸って漏れ出る言葉に篝火は静かに耳を傾けている


「ご存知かもしれませんが、更衣には魔導師としての才能が全くありませんでした。魔導具の作成も簡易的な魔法術式の構築も殆ど出来ません。お陰で学院での総合成績は常に落ちこぼれで同期というだけで年下の筈の私が色々と面倒を見ていました」


「……あの姉さんが落ちこぼれ どんな顔してた……怒ってたのか…それとも悲しんでいたのか」


「楽しいと笑ってましたよ。いつだって更位は創ったガラクタの魔導具を宝物のように自慢してくるし、簡易の魔法術式の構築なんて出来て当然なのに、一回成功した位で本当になんであんなにはしゃげるのか不思議なくらいでしたよ」


「……分からない 姉さんがなんでそんな才能のない道を選んだのか……」


「才能は大事ですよね。私もそう思います
でもきっと才能があるとかないとか、そんなこと彼女にとっては些末な事だったんですよ」


「……そんなことは無い きっと後悔したはずだ。自分は愚かだったと……与えられた才を活かさなかったことは間違いだったと」


「そうだ 才能が無いのに……そんなバカな夢を見るから……姉さんは最後に死ぬ羽目になったんだ」


「嫌いなのですか? お姉さんが」


篝火はその言葉から逃げるように雪姫から視線を逸らした


「嫌いだから 不幸になって 後悔して 惨めに 死んで欲しかった?」


「そんなわけないだろ!!!」


再度の詰問を叩きつける様な怒声が掻き消す


「嫌いなわけが、ないだろう 姉さんだぞ……!俺の姉さんなんだ!だからどんなことをしていても、幸せになっていて欲しかった!」


苛立ちを隠さず吐き出した。それが答えだった。短い言葉であるが、雪姫にもそれで篝火の思いが充分に伝わっていた



「幾つかの挑戦の中には、人生を変えてしまう程の成功と失敗があるわ。そして、周りから見たら 更衣は夢破れて魔導師の挑戦に失敗し続けても醜く足掻く者に見えるかもしれない」


「けどそれでも更衣本人の口から後悔なんて言葉を聞いた覚えは遂ぞありませんでした」


「……聞いたことがないからなんだ 挑戦して人より多くの挫折を何度も味わって失敗してるんだぞ それは不幸じゃないっていうのか 間違いじゃないってお前は言うのかよ! 全部無駄だ 無意味な徒労じゃないか! 獣には獣の。魚には魚の。相応しい生きるべき場所がある。」


「違うわ。失敗は苦しいものだし、恥ずかしいものよ。当然自信満々に誇るものでもない でもそれだけよ。間違いと不幸を意味するものじゃない。種を植えれば花はしっかりと根を張りどこでも咲ける。彼女はそれを知っていた。だから自分を信じて膝を折っても立ち上がり足掻いた。
言わせてもらうけど 魔導師わたしたちが一つの挑戦で どれだけの試行錯誤 失敗と間違いを起こす生き物と思っているの?
貴方の理屈だと魔導師は世界一の不幸者集団じゃない。だから私たちの名誉のためにも、無駄や無意味なんて絶対に言わせない」


「そんなもの そんなものは 失敗した人が自分を慰めるための詭弁だ……自己満足の綺麗事だ」


篝火は力無く項垂れる


「自分の人生なのに自分以外の誰を満足させたいのよ。それに綺麗事で良いじゃない あなたは汚い方が好きなの? だとしたら変わってるわね 変人は生きていくのが大変なのよ ね。アーカーシャ?」


「uga!!?」


「……夢見ていいなら」


「じゃあ あったっていうのかよ……おれにも」


縋り付いて消えいるような声だった


「人なんて殺さなくて良い生き方が 
姉さんみたいに生きられる人生が おれなんかにもあったっていうのかよ」


「そう決断すれば、そうあったわ」


その問いに雪姫は迷わず即答していた。あっさりとそれが至極当然みたいに肯定した


「なんで言い切れる」


「だってそっちの方が素敵と思えるもの」


篝火は大きく息を飲み込み、後から後から溢れ出てくる涙を必死に拭いながら、小さく同意を示した


「そうだな 本当に 素敵だ」


雪姫が小さくほくそ笑み、釣られて篝火の口角も上がる。そこからは少しだけ流れる時間が緩やかであった


「話を戻して良いですか?
彼女との事を語れる人ってそうはいませんからね」


「ああ」


側から見ると共通の友人の事を語らう友のようにも見えた



ーー
ーーー


「そういえば、彼女とは最初よく些細なことで喧嘩をしていました」


「姉さんと ケンカ よく 殺され なかっ  たな」


「ふふ 今にして思えばそうですね」



ーー
ーーー


「────ということがありましてね。結局彼女と共に四賢人の秘宝 賢者の石を破壊して、私は特級の称号を剥奪されました。なのに更衣はお咎めなし。失うものがない人が無敵という言葉は正に彼女の為にある言葉だと思い知らされました」


「  楽しそう だなぁ」


「今の話のどこに楽しい要素が?」



ーー
ーーー


「そろそろ 時間……かな
結局、姉さんに 一度も 追いつけなかったなぁ」 


「────更衣がそういえば、妹が欲しいってぼやいた翌日から弟が女装するようになったって言ってましたけど、今も女装しているのはその影響なんですか?」


「────あ。」


突然何かに気付いたように明後日の方を振り向いた。その時篝火の目には一体何が写ったのだろうか。だがその表情は確かに幸せそうに緩んでいた。何かに手を引かれるように手を伸ばした


「……なんだ そこにいたんだね  姉さん」


それが空蝉 篝火の最後の言葉であった
まるで蝋燭でも静かに吹き消すように、微かに灯っていた命の篝火がフッと消えた。
手が空振って堕ちそうになるが、姫がそれを受け止めた



雪姫は動かなくなった彼を何をするでもなく只々眺めていた。どれくらいの時間が経ったのか。暫くしてからボロボロの装いの玉藻が勢いよく雪姫の胸元へ飛び込んできた


「ぬぉぉぉ!終わったのじゃ!終わったのじゃ!ありがとのう……ありがとのう 雪姫殿!!」


「これは許されない どさくさ紛れに雪先輩の胸に飛び込み、あまつさえ合法的に匂いまで嗅ぐなんて、ポッと出の畜生の分際で場を弁えて欲しいというか。そもそもそういうのは後輩である自分の役目のはず それを差し置いて……これ殺されても文句は言えないよね? アカシャ様はどう思う」


「uga...」


《やっちゃえ ニッサン。全ての責任は俺が取ると言ってます》


「gaa!!?」 


「言動が矛盾してる どいて アカシャ様 そいつ殺せない」


「Aho!」
  

側で死んだ目をしている赤空花とアーカーシャの戯れを無視して、抱きついてくる玉藻は感極まって泣いているので、雪姫は子供でもあやすよう要領で頭を撫でた


「終わって良かったですね」


その言葉にどこか弱々しさを感じた為に玉藻が不思議そうに首を傾げる


「そういう割には なぜそんなに浮かない顔をしておる 雪姫殿」


「……ちょっとだけ疲れたのかもしれません」


「そうか。しかしこれにて丸っと解決なのじゃ。本当にありがとのう」


玉藻の宣言通り、こうして空蝉雑技集団による武王項遠の襲撃は襲撃者の死亡という形で幕を閉じる事となったのであった


†††


今回のオチ。というか後日談
俺たちはあの後、数日滞在した。空蝉篝火の死亡により、今回の武王暗殺事件は無事に解決した。とはいっても、事件の首謀者である魔人ラドバウトは取り逃しているので、それも踏まえて軍国バルドラは正式に魔国リーブルと会談を設ける様だった。

玉藻ちゃんは事と次第によっては大きな戦争になるかもしれない、その時はまた力を貸して欲しいと恐ろしい事を口走っていたが、是非ともそんな事は防いで欲しい


一体何が始まるんです?
第三次人魔大戦だ。誰かメイトリックス大佐でも呼んできてもらえませんかね。いや、なんならエクスペンダブルズという部隊も招集して欲しい
そして俺を某武器商人を守るPMCの如く守ってほしい


「ヌハハハ。まっことすまぬのぉ!祝いの宴でも開きたい所なのじゃが、そうもいかぬようでのう」



元気に笑うのはこの国の王 項遠だ。腕を切り落とされていた筈だが、よく分からん内に腕がくっ付いていた。かがくのちからってすげー


「したいのは山々なんじゃが、流石に王都の復興を優先しなければならぬ。すまぬの 
礼を失しておるのは承知で雪姫殿の見送りをわしら2人だけで済ますことをどうか許して欲しい」



「騒がしいのは苦手ですので、気にしないで下さい」


「そう言うと思っておったよ」


「あ そうじゃ。皆で話した結果、その献身に対して国として報いねばという話になっての 無論わしとの約束とは別なんじゃが、心ばかりの褒美を渡そうということになったのじゃ」


「魔導師は金銀財宝より得体の知れない物に価値を見いだすじゃろ?蔵を探していたら、面白い物を見つけての 故にこれにした 今から200年くらい前かのう、別の世界から来た渡航者の方から貰った物じゃが、誰も読めなくての。主らの手にあった方が良いじゃろう」


そう言って古ぼけた一冊の書を懐から取り出した。題名は『創作の書』であり、明らかに"日本語"で書かれていた。著者は不明だが興味を惹かれた俺が手に取る。
それに異世界から来た渡航者ってあれだよな。どう考えても俺たちの世界からこっちの世界に来た人たちだよな


考えてみたら、俺の場合は淡雪ちゃんの力でこの世界に連れて来て貰っただけで、他の人間が来れない道理はないんだよな。200年前ってことは、この人はもうとっくに亡くなってるだろうけど、探せば他にもいるのだろうか、俺のような人が


偉大なる龍王様アーカーシャが今回最大の功労者ですし、彼が興味を示しているので有り難く頂きましょうか」


「《ごっつあんです!》」


思わぬ収穫であった。収穫祭であった。もはやハロウィンであった。なに?収穫祭とハロウィンは異なる行事?黙れ。俺は日本人だぞ


ぐぅぅ……魔人からハロウィン砲でも受けたのだろうか?突然脳内をハロウィンという言葉が覆い尽くしている。ハロは宇宙に関する言葉、ハロウィンってケルト人が起源みたいなこと言ってますけど、ケルトって言葉もそもそも未知を表す言葉。未知×宇宙=ハロウィン

つまりハロウィンを読み解くと、宇宙人祭りなのだ。なにそれ怖い。しんあなである。NASAとMIBの連絡先ってタウンページに載ってますか?


閑話休題


軍国バルドラを後にして、俺は飛んでいた。眉間の方と頭部にそれぞれ姫と花ちゃんが乗って、何かを懐かしむように語らっている


「ねえ、先輩。死んだあの人ってもしかして、更衣先輩の姉弟か何かですか?」


「どうしてそう思うの?」


「鼻につく臭いがしたもので」


「そうですか。そういえば花は昔更衣のこと毛嫌いしてましたね」


「何を言いますか! 今も嫌いですよ……でも先輩の横に立つのに最も相応しい魔導師は更衣先輩だと今でも思ってますよ」


「ふ ふふ」


「何か自分変なこと言いました?」


「嫌いなのに更衣を魔導師と認めてるんだ」


「肩書きなんて無くても更衣先輩は確かに魔導師でしたよ。姫先輩だって同じ考えでしょ」


「……そうね。やっぱり」


「?」


「やっぱり無意味なんかじゃなかったのね」


天を仰ぎ見て、姫はそう呟いた
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