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龍王と魔物と冒険者

133話目

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バルディア第二区の多くが居住区として改装され現在最も多くの種族が住んでいる場所となっている。その一画に地龍エウロバはいた。戦えない者たちを集めて逃す算段を整えていたのだ。だが突然に従魔士ポルポポ・ポッポの雄叫びが聞こえた気がして、そんなことなど露知らないエウロバは背筋を寒くして身震いをした。


「ナンダ……!?今ノ悪寒ハ。」


「大丈夫デスカ。エウロバ様」


「アア、済マナイ。ダフ オ前達モ。最終確認ヲシヨウ」


「デハコレヨリ我ラ、アースイーター十四傑衆以下地竜組デ陽動トシテ暴レマス。ソノ隙ニマギルゥ様達ハ退避ヲオ急ギ下サイ。」


「んがー!ダフ!お、お前たちも後でちゃんと来るんだよな!?」


「コノ状況デソノ約束ハ出来マセヌ」


「は、畑はこれからどうすんだ!?何ヘクタールあると思ってんだよ!まだ全然終わってない!終わってないんだよ!これっぽっちも!これからだってのに、あの重労働をか弱いウチだけに全部やらせる気かよ、お前らぁ!ウチが過労死したら責任取れんのかよぉ!ふざけんなよぉ~……」


今にも消えいりそうな声だった。森の薬師マギルゥだって本当はわかっている。そんな事を言うべきじゃないし言ってる場合じゃないということは。でもどうにかして引き留めたかった。なぜなら彼らの目には死んでも良いという決死の炎が燈っていたからだ。生を諦めて死を覚悟した目をした者は総じてマギルゥの元に帰ってきたことはない。
どうしようもない無力感に包まれる。奪われ続けて、ようやく行き着いた新天地。そこすらもまた奪われるのかという憤りを隠せなかった。


「……マギルゥ様。アナタハゴ自分ガ思ッテイルヨリズット強イ。ダカラ大丈夫デス。デハ!」


「ま、待っ…」


最後まで言葉は発せなかった。石喰いのダフを筆頭にアースイーターたちは地面に潜る。行かせてしまえば今生の別れとなる。自分の命など初めから度外視の特攻。文字通り死ぬまで戦う。1分でも1秒でも逃げる時間を稼ぐ。唯それだけの為に。その価値があるのだと信じて。その身を賭して殉じる。


「オ前タチモモウ行ケ。精々死ヌナヨ」


死の行進は時間と共に大きくなって此方に近付いている。一時間が経ち地竜ワームの数はいよいよ百を切った。もうじき全滅するだろう。


「アーカーシャ様。力ヲ貸シテ下サイ」


エウロバは特級魔法具である果実を食べた結果、地龍に至っている。だがその大きすぎる力は見かねた龍王アーカーシャによって直々に封じられている。
この力を仮に解放したら確実に死ぬという確信がエウロバにはあった。だがそれでも。


「GIAAAA!!!!」


エウロバは地竜という存在の中でも恐らく歴史上5本の指に入る才覚の持ち主である。故に封じられた枷などあってないようなものであった。身体を莫大な魔力が包んでいく。逆にアーカーシャの力を基にして新たにあの時の姿を再構築してみせたのだ。
全身黒光する鋼のような重厚な甲殻。だが鈍重そうな気配は欠片も感じさせない。垣間見える強靭な脚と尻尾。
敵う者などいないと思わせる最強をその身で体現した生物がそこにはいた。


「■■■■!!!」


エウロバの咆哮が空気を叩き、暴風となって数千の冒険者を呑み込み吹き飛ばしていく。


「おいおい ここに来て龍かよ」


流石に最高位冒険者No.39セブンスヘブンの常に冷静沈着な顔色が変わった。隣で何体目かのアースイーターを討伐した最高位冒険者No.63のマクスタフ・スミスも油断できないといったように物々しい数の銃火器を構える。


「あんたのそんな顔初めて見たな。」


「強いぞ アレは。初めから全力でいく」


そう言って、セブンスヘブンは巨大な瓢箪を出現させた。中身は全て酒である。彼は"酒を飲んだ分だけ魔力に変換する"という奇妙な旧神魔法を所持している。百升に匹敵する酒量を一息で飲み干した。その魔力は決してエウロバ相手にも引けを取るものでは────。


「え……」


魔力を全て肉体強化に回して、人間離れした速度と力で向かってきたセブンスヘブンであったがエウロバがたったの一撃で戦闘不能にしてみせる。


「じょ、冗談だろ」


流石のマクスタフも信じられない光景に後退りする。最高位冒険者のセブンスヘブンを赤子のように容易く捻じ伏せたエウロバがそのままマクスタフに狙いをつけ襲い掛かる。




第5区のシンドゥラは一瞬だけ意識を失っていた。フランクリンの砲弾よりも重い拳を何発も受けたせいだ。
だが刈り取られかけた意識を奮い立たせて、放たれた必殺の攻撃を咄嗟に辛うじて躱す事に成功する。


「ぐぅ……ハァハァ!」


「アナタ弱いね。勝ち目ナイよ。降参した方がいい」


フランクリンの提案は煽りでも侮辱でもなかった。武人としての憤りすら湧かない。侮られてしまうほどの力の差が両者にはあるとシンドゥラ自身も理解していたからだ。
No.29ベイビー・フランクリンは数多いる冒険者の中でも珍しく聖気の扱いに長けた人物である。体内で練り上げた聖気をそのまま身体能力の強化に充てている。単純であるが、これは聖気を扱えないシンドゥラが正面からやり合う相手としては余りに不利といえた。
聖気の強化は度が過ぎている。極めれば、射手であれば百里先の猫の額にだって命中させられるし、拳一つで堅固な城門すら破砕できる。
魔力が凡ゆる意味で万能の力ならば聖気は極限に特化した力であった。

フランクリンが地面を脚で叩いた。震脚と呼ばれる技に酷似していたが、エネルギーの桁が違う。地面から伝わった衝撃波が
そのままシンドゥラの身体をまるでゴムボールみたいに吹っ飛ばしたのだ。


「助太刀いたす!シンドゥラ殿!」


頂きの塔パイオニオンのブラウン・マとその仲間たちが参戦して、フランクリンの背後から巨大な大槌を振り下ろした。
当たればプレス機のように容易く人間をペシャンコにしてしまえるだろう。だが彼女ベイビーフランクリンに限ってはそうはならない。死角から攻撃を生物としての弱所頭で受けたにも関わらず、たじろぎも目眩すらせず、そのまま大槌を掴み、豪速のハンマー投げの要領でブラウンごと壁にぶん投げた。


「痛ててっ。走馬灯見えたわ! 流石最高位冒険者。完全に不意をついたのに思った以上に化け物だな」


「あなたドワーフ。亜人の冒険者だ。私魔物に見えましたか?攻撃する相手違うと思いますが」


血を噴きながらそう嘯くブラウンに対して先程の攻撃が間違いではなかったと確信したフランクリンは、ブラウンの意図が分からずに混乱した。魔物ならいざ知らず、冒険者が魔物を守り同じ冒険者と戦うつもり意図など理解出来るはずもない。


「何をしに来た!?ブラウン殿!お主たちは他の者たちと共に避難にあたる手筈だろう!」


「なんだその言い草は!折角友の手助けに来てやったというのに!」


「なんだその顔は!」


「そうか。オレたちは友なのだな」


「応よ、酒を酌み交わした者はドワーフの流儀に則り、友であり兄弟であり家族である。これは唯一神様の時代から続く立派な慣習よ」


「……で、あるなら1分だけでいい。時間を稼いでくれないか。奥の手がある。そうすれば、あの怪物にも勝てるだろう」


「なーに。友の初めての頼みだ。1分と言わずドーンと3分は稼いだるわ!」


ブラウンとて彼我の実力差は重々に承知している。今のやりとりでフランクリンの並外れたパワーを一撃でも受けたら即死すると察したブラウンは大槌を捨てて、フルプレートの頑丈な分厚い鎧に換装した。それでも彼女のパワーを前にすれば無いよりはマシといった程度のものなので所詮は気休めであるのだが。飛び交う砲弾でいつかは即死すると分かっていても裸よりは鎖帷子を着てる分、幾分かはマシだと思えるのと一緒の理屈だ。


「おバカさんね、アナタ。30秒で終わらせてあげるよ」


フランクリンが直ぐに距離を詰める。そこから先は戦いと呼ぶには余りにも一方的過ぎた。
フランクリンが殴り、それをブラウンが受け続けるだけであったのだから。
当然殺すつもりなら一撃でそうしていたが、流石に他所様の同業者を殺すのはトラブルになると判断したフランクリンは加減をした。文字通り死なない位の力でボコボコにしたのだ。鎧はひしゃげ、鎧の隙間からは血が滝のように溢れている。中身がどうなっているかなど考えたくも無い。

「……待たせた ブラウン殿」


「へへ、ほんと、だぜ」


ブラウンが漸く倒れ、フランクリンは呆れたように小さくため息をつく。


「何か変わったようには見えないけど」


「これでお前を倒せる」


「ハッタリ下手くそね、アナタ
戦ったから分かる、アナタ凡才ね。私に勝つ切り札あるわけないね」


「そうだな。これはオレが生み出した力ではない。
だが、今にして思えば、あの愚行も無駄ではなかったのだな」


思い出すのも憚られる恥じるべき過去がある。だからこそ愚者と凡夫は経験に学べるのだ。身体を光が包む。アーカーシャの力を道標にし、今一度ハイエンドに至っていた。シンドゥラがこの領域に到達したのは二度目である。紛れもない自身の限界地点。
自身に許された修練と鍛錬の果ての姿。"エンドのシンドゥラ"は武器を構える。呆気に取られたフランクリンであるが、かつてない強敵を前に聖気を四肢に凝縮した。

シンドゥラの剣とフランクリンの拳が互いに必殺の一撃となりて放たれていた。
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