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龍王と魔物と冒険者

134話目

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第1区のアカシア城の喉元を守るための最終防衛地点がある。それが第3区だ。といっても、開戦から数時間が経ち既に第3区の8割以上が陥落して施設機能は停止してしまったのだが、その中で唯一孤軍奮闘しているのがラーズ率いる"屍たちの墳墓"だ。
とはいえ、先の戦闘でラーズの片腕である骸骨将軍パロデミスが第四支部長ツクモによって討たれたことで、主力と呼べる戦力は骸骨将軍のガレスしか残っておらず、そのガレスも既に半身を砕かれ満身創痍であった。


つまり、事実上の戦力として数えられるのはラーズ・カルマン。彼唯1人のみである。その彼と相対してる最高位冒険者がいた。


「今のを凌ぐとはやるな!骸骨君!
僕の名前はブルーノート!よろしくな!」


「早速だが吾輩お前のことが嫌いだ。カ~~ッ ペッ!」


「それはなんでだい!僕と君は今が初対面のはずだが!何か嫌われる事をしてしまったのなら謝る!」


ラーズの汚い唾をかけられても嫌な顔ひとつせずブルーノートは問いかけた。その言動が更にラーズをイラつかせた。


「面が良くて中身もいいですってか!?これで無様こきやがれ!」


ラーズの放った魔法と遅れてブルーノートの魔法が同程度の威力となり相殺する。


「褒めてくれてありがとう!君は良いやつだな!」


「こ、の!舐めやがって!
全国のイケてないメンに代わって吾輩が天誅を下してやる!覚悟しやがれぇ!」


ζ矢は光となる」 「λ血を鉄に 鉄を刃に


堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに怒り狂ったラーズだがその芸当は神がかっていた。呪文の同時詠唱。声帯も肺も持たない亡者だからこそ行える人外の技である。
光の矢は流れる星のように。数千の紅刃は呑み込む運河のように。左右からブルーノートだけを狙い済ます。


「やるね!骸骨君!だが僕も負けてないぞ!」


最高位冒険者No.15ブルーノート。彼の持つ魔法は彼の生来の性質に起因する。属性魔法で彼を分類して何色かと聞くと、不思議な事に彼という人物を一目でも目にしたことがあるのならこう答える。光属性或いは白属性だと。
そして正解である。属性魔法の中でも白属性は最も数が少なく珍しい。必然的に情報も乏しい。ラーズもこの手の者と戦った経験は皆無である。


ブルーノートの放つ白い光が振動し熱を帯びている。この光を指して『超魔光』といった。その光は余りに強力過ぎて、その他の魔力を弾く性質を持っていた。
つまり。ブルーノートに触れた全ての魔法が弾け飛ぶこととなる。


「!?」


「何を驚いているんだい!僕に魔法は通用しない!それだけのことさ!」


「母なる大地よ 我らを」


「遅いぞ!骸骨君!」


ブルーノートの蹴りがラーズの右肩から先を消失させた。
ラーズは塚人だ。何百年或いは何千年も前に死んだ亡者である。彼らに死という概念はない。法則に則って動いて活動して存在しているがだからといって生きているわけではない。故に粉微塵にされようと長い時間をかけて復活することが可能である。
だがブルーノートの超魔光の影響を受けた時に理解した。今の攻撃で肉体が浄化されたと。これをくらうことはそれ即ちラーズにとっての終わりを意味していると。


「恐れ入った 触れるだけで吾輩の身体を……陰なる者の対極の力か。これだからイケメンってやつは嫌いなんだ」


「勝負は決したようだな!では降参せよ!君を悪いようにはしない!」


「フ、ハハハハ!悪いがその申し出を受けるわけにはいかんなぁ!このエレメントマスターラーズ様を舐めるなよ!グリーンノート!」


「ブルーノートだ!」


χ陽は眠りχ夜と共に彼の者はχ知識を告げる


ラーズの身体を途端に魔法文字が覆い始める。恐らくこの世界で唯一ラーズにだけ許され魔法として成立している力である。


「ほう 超魔光というのか。シンプルな力だ。だが力強いな。
なにを呆けている。時期に解析が終わるぞ、いいのか?」


「解析?」


理解が遅れ動かないブルーノートに対してラーズの無くなったはずの右手から魔力だけが噴出して腕を形作る。そして魔法で触れられないはずのブルーノートを触るどころか殴って見せた。


「くっ 何が!」


「分かる必要はない。吾輩はお前に勝つ。みんなのために。それだけ分かってくれたら十分だ」


魔法に該当する力は、理論上魔法文字で解析する事ができる(実際はそれほど簡単な話ではない)
故にラーズは思った。全てのルーン文字を会得すれば凡ゆる魔法に対抗できるんじゃね、と。それは理屈というのも憚れるほどの子供地味た暴論だ。考えてもみて欲しい。文字というのは組み合わせ次第でほぼ無限大に膨らむのだ。狂気に近い感情に身を委ねてもまだ足りない。合理の道からはおよそかけ離れた遠いどこかにソレはあった。見つけられたのは偶然と幸運だ。


ラーズの使った魔法は"全ては一に収束する"という魔法である。会得している本人ですら原理を理解できていない超魔法。
術者は凡ゆる魔法に対して適応することが可能となる。
極々僅かな時間であるが、今この瞬間ラーズは魔法そのものに対して無敵であるといっていい。


その得体のしれなさが初めてブルーノートの表情から爽やかな笑みを消した。


「良い顔だ ようやくお前のことが好きになれそうだよ レッドノート」


「ブルーノートだ」




場所変わって第5区。そこで静かに相対するは1人の冒険者と1匹の魔物だ。数百万の人員を誇る世界最大の冒険者ギルド略奪者たちの王様最強の冒険者トニー・アダムス。
対するはバルディア大山脈、否。このアナシスタイル大陸で最強の魔物フェンリルであった。


「どうした ワン公
右眼を持ってくるの忘れてるぞ」


「黙れよおじさん 口が臭い。僕は鼻が良いんだ
その公害宛らの口を閉じるべきだ」


《だ、大丈夫だよ!トニー!おじさんなんて臭くて当たり前なんだから!》


「仮に口臭いにしても辛辣すぎるだろ。おじさんだって傷付くんだぞ?」


攻撃というか口撃の応酬。実力者同士の高いレベルの戦いでは少しでも相手より優位になるための心理戦が暫し行われる。トニーが負った心的ダメージは決して軽くない。客観的に見て、肉体的にはフェンリルが。精神的にはトニーが不利だろう。


「……」


「少しでも手を抜いたら一生許さないよ」


「わーってるって。おじさんだってそこら辺は弁えてる」


トニーはフェンリルの失われた右眼の経緯を知らない。
だが依然その肉体から発する魔力の圧は変わらない。
いや寧ろ殺す気で来ている分、前回よりも間違いなく手強いだろう。手を抜くなんてとてもじゃないが出来る相手ではないことは言われるまでもなく承知している。


「ならいい」


突然フェンリルの尻尾がしなるブレードのように回転して振るわれた。そのどれもが即死級の一撃である。だがトニーの銃が火を吹くたびに尻尾の軌道に僅かにズレが生じて当たらない。


「はは 本当に強い 小技じゃ無理か。じゃあちょっと強めはどうかな。慘爪!」


「圧縮 八束水」


銀の銃から打ち出された青い軌道の魔力が当たると同時にフェンリルの魔法石すら両断する慘爪の方が弾かれ、体勢が崩れる。


(糸みたいに細い軌道なのに滝みたいな圧で攻撃が無理やり逸されたな)


その隙を狙って、今度はフェンリルの死角から放たれた金の銃からの攻撃が襲いかかる。見えてなくても、知覚していた攻撃だ。ドゴンッ!たった一発で防御に転じた筈のフェンリルの巨体が容易く浮いて何十メートルも吹き飛ばされる破壊力であったことに驚かされる。


「……ッッ、やってくれる。君は銀の銃には魔力。金の銃には聖気を込めた攻撃をしているんだな」


「こう見えておじさんだてに歳くっちゃいねーのよ。聖気と魔力どっちも使えるからな。」


トニーは再度金の銃で狙いを定めて引き金を引く。防御が難しいのなら回避しかない。フェンリルの超絶速のインパルスが直線軌道の攻撃を容易く置き去りにして回避を。


「させねーよ」


銀の銃は魔力を放つ。故に攻撃力はおろか攻撃スピードまで自在に調整できる。遅れて放たれたにも関わらず、銀の魔力弾は金の聖気弾に追いついて、接触することで軌道を捻じ曲げた。つまり、金の聖気弾はフェンリルの腹部を大きく抉ったのだ。


受けたダメージは大きく、本来のパフォーマンスを発揮することは不可能だ。かといって防御も出来ない


(金の方は高出力で食らえば、僕でも大ダメージを受ける。銀の方は瞬発力とキレが高い……厄介な組み合わせだな)


傷を回復させている時間はなかった。畳み掛けるようにトニーが攻撃を放った。そしてフェンリルは片目のみとなった冠位の魔眼"虚栄ライオアトゥルース"を発動する
その眼が収めた真実は嘘に。嘘は真実として書き換える力である。とはいえ、その半分、栄の力は失われてしまったのだが。


「'僕に同じ攻撃は2度当たらない'」


魔眼発動と同時に聖気弾がフェンリルの肉体に命中してそのまま素通りするようにした。数多の戦いを潜り抜けてきたトニーの目からみても余りに不可解な事象が巻き起こっていた。


「おいおいなんかイカサマしたろ」


「僕が強すぎるって意味ならズルいかもね、おじさん」


《トニー!大丈夫 焦らずいつも通り少しずつ見極めてこう。私たちなら勝てるよ!》


「ってもよー、シエル。呑気に分析してる暇ねーだろ、うおっと」


《1発目は当たって、2発目は当たらなかった。ならその間の行動が肝だね。》


「んー?そいえばなんか喋ってたな。同じ攻撃は当たらないとか何とか。それと眼の方だけ魔力の質が異なってたな。ってことは魔眼の類かアレは」


《だろうね。じゃあ当たらなかったのは魔眼の能力だと仮定して進めていこう。あっちは未知数。こっちの手札は有限だから、使うのは基本魔力弾と聖気弾だけでね。トニー頑張!》



「ったく、気楽に言ってくれるなぁ、こいつは」


遂に見かねたフェンリルが思わずトニーに問いかける


「所で君はさっきから誰と喋ってるんだ?」
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