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君の夢は。

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 俺の隣では、今日も山田中がいそいそとノートに絵を描いていた。
 この前は現代文の教科書にパラパラ漫画を描いていたけど、今回は風景を描いている。

「山田中って、絵とか好きだよな」
「え? あ、うん。好き、なんだ」
「…………俺も」
「本当⁉ テルくんも絵が好きなんだ!」

 ああ、そっちか間違えた。とはいえ、俺も綺麗な絵を見るのは好きだ。

「俺はイラストの風景画とか好きかな。待ち受けとかにしているし」
「そうなんだ! 僕も綺麗なイラストを見るのは好きだけど、でもどっちかっていうと見るよりも描くのが好きかな!」
「そうなのか。将来はイラストレーターとか目指しているのか?」
「あ、えっと……」

 山田中はモジモジと照れくさそうに手をこねて話す。

「じ、じつはね……漫画家に、なりたいんだ……」
「山田中ならなれるさ。出版されたら俺が十万冊買うよ。ローン組んで」
「ロ、ローンは組まなくていいよっ!?」

 そうなると……一冊六百円と考えて、600×100000だから……六千万円か。一軒家を立てられるな。

「そうだな。俺には無茶だった。千冊にしておく」
「そ、それでも多いよっ!?」

 山田中の将来の夢が聞けたことで、もう一人気になるヤツがいた。
 それもまた俺の隣にいる男。

「新茶、おまえは将来の夢とかあるのか」
「ん? オレか? たくさんあるぜ」
「たくさんあるのか……」
「そうだな。まず一つは――」

 でもどうせアホだから単純な発想で『総理大臣』とか言うんだろう。仮に本気でなりたいのなら、おまえの場合は総理大臣になるよりも国を作ってなったほうが可能性はあるぞ。

「公務員かな」
「すまない。おまえを見くびっていた」

 しかし公務員って。
 一番安定した現実的な職業だが新茶が目指すとなると急に非現実的な職業になるな。

「それにラーメン屋だろ……あと映画館の清掃員もいいな」
「意外と現実的な夢ばかりだな……」

 すると鬼ヶ島が目を覚ます。
 ちょうどいい、鬼ヶ島にも聞いてみよう。

「鬼ヶ島は何か将来の夢とかあるの?」
「……除霊師」
「マジか?」
「マジだ……」

 新茶の夢とは真逆のベクトルにある職業。

「……俺はこう見えて、寺生まれでな」
「寺生まれ!?」
「ああ……多少の霊感なら」

 そうだったのか。いや、そうだったのかって納得してもな。除霊師だからな。
 まあ鬼ヶ島なら幽霊にも殴り勝てそうだから、やっていけそうな気がしなくもない。

「跡を継いで住職にはならないのか?」
「実質、無理だろう……俺は、坊主頭にはしねえし……焼肉は食いに行く」
「そりゃあ無理だな……」

 すると新茶が声を上げる。

「オニガシマ幽霊がみえるのか!? だったらオレの守護霊をみてくれ!」
「……いいだろう」

 そういって鬼ヶ島は新茶にむかって手を伸ばした。なんか胡散臭いな。
 そして新茶に告げる。

「おまえの守護霊は………………フライドポテトだ」

 せめて生き物で言ってやれよ。

「そ……それはないだろ?」

 ほら見ろ、さすがの新茶も疑うに決まって――。

「で、でもLサイズなんだよな?」

 疑えよ、このアホ。
 鬼ヶ島は首を横に振って、静かに言う。

「Sサイズだ……」
「そ、そんな……Sサイズなんて、だれからも注文してもらえないじゃねえかぁ……」
「おまえ今、どういう視点で会話してんの?」

 膝から崩れ落ちる新茶の心境を俺はどう受け止めてやればいいのかわからなかった。
 山田中、新茶、鬼ヶ島に将来について尋ねた。
 
 あとは高峰だけか。

 そちらをチラリと見ると、今日の高峰は自分の席で静かにしていた。

「…………さて、勉強するか」
「ちょっと待ちなさいよッ!? なんで私にも同じ質問しないのッ!?」

 怒号を挙げながら俺のところまで駆け寄り、ひさしぶりに胸倉を掴まれた。

「えぇ、だって聞いたら庶民がどうたらこうたらって言いそうじゃん……」
「そりゃ言うわよ! それでも聞きなさいよ!」
「えぇ……」

 聞かれたかったら最初から会話に入ってこればいいのに。
 高峰は胸倉を掴む手をほどくと自ら語りだす。

「私の考えは庶民とは違うわ! 私の将来はね、今の私の行動によって生まれるの! だから私は未来を思わない! 今を強く生きることが輝かしい未来を創造するのだから!」

 拳を力強く掲げる高峰。
 その力説に他三人はパチパチと拍手していた。
 でも結局、将来の夢について何も語っていないからやっぱり聞く必要はなかったよな。

「テルくんの将来の夢は?」
「え?」

 不意に山田中にたずねられた。
 そういえば俺は、自分の将来については深く考えたことなかったな。

「うーん……………………うううううぅぅん……!?」

 な、何も思い浮かばない……。
 いや、そんなことはないはず! もっと深く思考を凝らせ!
 保育園で覚えていること、小学校で味わったこと、中学校で学んだこと、すべてを思い返せばきっと心の奥底に眠る俺の将来の夢が見えてくるはずだ! だって新茶でもきちんと答えられたんだぞ!? 俺だってすぐに答えられるさ! 

 目を強く閉じる、深く考える。よくわからない汗がだらだらと顔をおおう。
 周囲からは心配される声も聞こえるが、頭には入らなかった。
 ふと握りしめていた思考をすべて手放した。

「…………………………ぷへ?」
「だ、大丈夫なの? テル」
「テ、テルくん?」
「まさか! 親友にわるい幽霊でもとりついたんじゃないのかオニガシマ!」
「……いや。悪い霊も、守護霊もついていない」

 あっ。守護霊もいないんだ。

 ……いや、ありがとう。おかげで思考が戻ってきた。

「心配かけてごめん。将来の夢を脳内で模索しすぎたせいでオーバーヒートをおこしたみたいだ。でもおかげで……今はそれでいいかなと思える将来の夢を見つけることができた」

 そうだ、新茶のようにありのままに飾らずに『公務員』と答えてもいいんだ。
 大きな将来でなくてもいい。自然体で考えればいい。自分のやれる範囲で選べばいい。

 それでいいんだ。

 俺は勉強ができないけれど、人との関わりをとても大事にできる。
 だから人との繋がりで生きていきたい。そうして見つけられた将来の夢。それは――。

「俺、将来……ヒモになりたい」

 一同、ドン引きしていた。

「テルくん、それはダメだよ……」

 最後には慈悲の権化でもある山田中にさえ否定されてしまった。
 AB組で過ごしてきたなかで一番心にきた瞬間だった。


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