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動画配信者
しおりを挟む今日は早く起きたので、せっかくだから気分転換に早めに学校に登校する。
学校のグラウンドでは野球部が朝練をしていたが、それらを見ても以前のように、彼らとはべつの学校に通っていると思うことは少なくなった。不思議なものだ。最初は不安ばかりだった高校生活も今ではこうして馴染んでいる。そんなことを思いながら、俺はいつものように小奇麗な校舎を通り過ぎて雑木林にある校舎へと向かった。
校舎に入り下駄箱を見ると、まだ誰の靴もなかった。
まだ七時半だから当然か。
俺は教室に入ろうとするが、そこでふと気になるものを見つけた。
それは奥の教室。
一年AB組のあるこの校舎は、まっすぐな廊下に教室が四つ並んでいるだけの造りで玄関から一番近い場所にAB組があり、その奥三つは空き教室となっているのだが、一番奥の教室の札には『職員室』と書かれていた。
おかしい。今まで何も書かれていなかったのに。
しかもここにくる職員なんて梶原だけなのに。
どうにも気になって一番奥の教室――職員室に足を運ぶ。職員室の扉の前に立つと中からかすかに音がもれていた。何かのBGMのようだ。
俺はそろりと扉を少し開けた。
「ハイ! バンバンババン、バンバBANG! どもー! 梶キンマグロでぇーす!」
――梶原が、動画配信をしていた。
普段とは違う声色で、髪も整え、ノートパソコンにむかって話しかけていた。
あーいかん。情報量が多すぎる。
まず、仮にも道徳の教師が学校の職員室で動画配信をするんじゃねえ。
そしてなんだ、その『バンバンババン』て。両手を銃の形にして顔の横で振って。ダサすぎねえか? 中年のおっさんがやっていい動きじゃねえよ。あと『梶キンマグロ』もなんか微妙にダサいぞ。それにまだある。ここは職員室のはずなのに、日光を遮断しているカーテンは見るからに肌触りが良さそうで、テレビやソファ、絨毯もあれば冷蔵庫もある、なんならお洒落なインテリアもだ。一言でいうならアーティスト気取りが好みそうな一部屋になっている。
校舎を勝手にリフォームするのも問題だが一番の問題は、万年敗北者のようなおまえにこの部屋は似合わないということだ。
……しかし面白そうだから、このまま観察していよう。
「えー今日の配信は、『○○やってみた』シリーズの視聴回数ランキングを発表するぜ!」
うわ、つまんなさそう。
しかも出たよ。『○○やってみた』シリーズ。タピオカが流行ったら動画配信者は一斉に『タピオカ飲んでみた』の動画を出しまくって、『1000℃の鉄球を落としてみた』も視聴回数が増えるから、いろんな配信者がやっていたけど、自分たちの個性を魅せて発信する場が皮肉にも視聴回数を増やして広告収入を得るだけの無個性ばかりになっていれば、それらの動画に有意義な面白さが詰まっているわけがない、俺はそう思う……なんだか変な思考になってしまったが、それを梶原がやっているのは正直ガッカリした。なんだかんだいっても俺は梶原のことをクズだけどキレはあったと、心のどこかでは認めていたんだな。
俺は続けてひっそりと観察する。
「まずは第五位、『一週間飲まず食わずのあとにポテチを一口食べてみた』!」
……いや、面白そうだな!?
より話を聞くために俺は耳を澄ませた。
「これはねー、普通に死ぬかと思ったね。いや、でもあのときのポテチの味は絶対に忘れられないぞ。もう皿に大きなポテチが一枚のっているのを見ただけで口内では唾液が湧き水のように湧いて、あーそうそう、手も震えていたな! で、口に含んだ瞬間よ。ギリギリの空腹状態のせいか味覚が鋭利になりすぎちゃって、なんていうか、舌にポテチがそのまま染み込む感じだったな。で、噛みしめたらポテチの破砕音が『骨伝導かよ!?』ってくらいに脳にそのまま響くんだよ。そのあと、泣いたな! 美味すぎて! でも、もしあれがうすしお味じゃなくてコンソメパンチ味だったら、多分、昇天していたと思うわ、ハハハッ。じゃあ、次」
ヤベエな、こいつ。
やっぱりキレのあるクズだった。でもまあ、面白いぞ。
「じゃあ第四位、『一週間自宅で服を着ないでパリコレしてみた』だ」
これは、面白いのか?
というか、それ一週間やる必要あるのか?
「もう、これは……なんで再生回数が多いのか俺にもわからねえんだよな。酒を飲んでいたときに思いついたネタだが、ただ自宅の廊下をパリコレの舞台に見立てて裸で歩いただけの動画だぞ? 『新しい服を見せる場なのに裸かよ!?』って軽いジョークのつもりでやったんだけど何がウケたんだろうな。ほぼモザイクしかない動画を一週間分まとめただけなのに」
うーん。
これは動画を見ないとわからない面白さがあるんだろうな。
……あとで見てみよう。
「さあ第三位は、『42℃のお風呂におっさんが入ってみた』だ!」
いや、もうよくわかんねえな。
なんか1000℃の鉄球みたいな感じだが……。
「これは言わずもがなのネタ動画だ。二十秒の動画だから何度も見やすいんだろ。それにこの動画をあげたときはちょうど例の熱い鉄球を何かに入れる動画がアホみたいにアップされていたときだったからな。俺もそれは見飽きていたから、それとは逆の動画をあげたくて、それがこの、ちょうどいい温度の風呂に気持ちよく俺が入るだけの動画だったんだけど、これが思いのほか伸びたんだよな。まあ、風呂に入ったときに思わず俺が口にした『あぁ……神様、今殺して』の言葉。あれがネットスラングになって一時期、流行ったおかげもあるかな」
おまえネットスラングも創造したのか⁉ ……もう教師やめてネットに生きろよ。
梶原はパソコン画面にむかって調子を上げて話す。
「さあ、そろそろ視聴者のみんなも人気動画の上位二つが絞れてきたんじゃないかなー」
俺はまったく予想できないけど。
「第二位! 『一ヶ月塩と水だけで生きてみた、そしてポテチ食べてみた』だ!」
こいつどれだけ体張るんだよ……。
というか、飢餓状態になるとポテチ食べるのは風習なのか?
「んー、これは『やってみた』というより『やらざるを得なかった』なんだよなー。前の企画で金が尽きちゃって、しかもそのとき運気が激下がりだったから金銭面でいろいろと困ってしまって……それでもう、いっそのことさらけ出しちゃえってことで一ヶ月間まるまるライブ配信したんだよなー。でも、これが俺をバズらせてくれた作品なんだよね。いやー、とても感慨深いね。地獄のあとに天国があるとは。ちなみにこのとき食べたポテチはあんまり美味くなかったな。そりゃそうだぜ。ずっと塩なめていたんだから。うすしお味でもダメだったね」
いやいや、うすくねえって。
もうおまえの生き方、コンソメパンチだよ。
「さあ栄えある第一位を発表したいと思います! 栄えある第一位は…………ダカダカダカダカダカダカダカダカ、ダン、ダンダンダンッ、ダンダンダンッ、ダンダンダァァーン!」
ドラムロールを途中でロッキーのBGMにすり替えんな。
「冗談はさておき、栄えある第一位はこれだ!」
いったい一位はどんな動画なんだ。
梶原は高らかに言い放った。
「『新学期の初日に学級閉鎖して教師の一ヶ月分の給料を競艇にぶち込んでみた』です!」
新学期、初日……。
――「しゃあッ! 今日は競艇で取り戻すッ!」
あの日のことかッ!?
「これは我ながら傑作だったと思うよ。新入生がいる前で半強制的に学級閉鎖して、まあ実際に生徒が過半数を切っていたから、してもいいかなって。それで競艇にくりだしてみたら、もう二転三転、ドラマの連続で、最後にはきっちりオチもつく。動画配信史上、取れ高が最高の傑作になったね。これは是非ともねー、動画を見て欲しいよね。『梶キンマグロ 新学期』で検索してくれたらすぐに出るから」
これもあとで視聴しよう……ってなるわけねえだろうが!
俺はあのとき茫漠とした不安を抱えていたのに、こいつは動画を撮って広告収入を得ていやがったのか。いやまて、たしかあのときって、次の日は顔色を灰色にして教室にきてなかったか? …………オチが読めた。
梶原の動画配信もそろそろ終わりを迎えようとしていた。
「あーい、以上が『○○やってみた』シリーズのランキングトップ5でしたー! 最後まで配信見てくれてありがとなー。それじゃあ、バンバンババン、バンバンバイバーイ!」
だからそれやめろって。
見ているこっちが恥ずかしくなる。
配信を終えてノートパソコンを閉じる梶原は大きく一息つく。
「ふぅ、これだけで十万、二十万が手に入るんだもんなー。必死に警備員や清掃員をしているお年寄りは月にせいぜい二十万行くかどうかなのに。恥を捨てればホント、楽な商売だぜ」
くっ……やっぱり、こいつはクズだったか。
そう嫌悪して観察していると、梶原は両手を頭の裏で組んで天井を見上げる。
「……あーあ。俺も動画配信者になろうかな」
「えええええぇぇえッ!? 配信してなかったのぉッ!?」
「どうわぁッ!? き、木町!? いつからそこに!?」
「いやいやいやいや! そんなことより! え、何なの今の? え? まず配信者じゃないの? じゃあさっきの『○○やってみたシリーズ』のランキングは全部嘘で……ということは動画もないのか!?」
「……うん、まあ、そうだ」
「嘘だろ……?」
梶原は恥ずかしそうに顔を赤くしているが、どこか開き直ったように受け答えしていた。
さらに俺は問い詰める。
「じゃあおまえ、ノートパソコンにむかって一人でしゃべっていたってことだよな?」
「……ま、まあ、そうなるな」
「あの『バンバンババン』って動きについて、どう思ってやっていたの?」
「おい、やめろ! いじるな! 今になって羞恥心がわいてきたところなんだぞ!」
「『○○やってみた』シリーズで話した動画の内容も、全部作り話かよ?」
「いや。あれは全部本当の話だ」
「てめえ!! 新学期初日に俺をほっぽり出してボートに給料をぶち込んでんじゃねえ!!」
それから俺は怒りに任せて梶原に言いたいことを全部ぶつけてやった。
結果、梶原はソファのうえで膝を抱えてふさぎ込んでしまった。
「……ふんだ、いいよ、もう……俺なんて、迷惑系動画配信者になりゃいいんだ……」
「まだちょっと夢もってんじゃねえよ」
俺は呆れながらAB組の教室に戻った。
時刻はまだ八時。AB組のみんなはまだきていなかった。
「…………」
もしかしたらと思ってスマホで『梶キンマグロ 新学期』で検索してみたが、それらしき動画は見つからなかった。
「……動画、ちょっと見てみたかったな」
すると教室の扉が開けられる。だれだろう、山田中かな。
「やっぱ面白かったよな!? 俺の話!」
「おまえ動画配信者になる気マンマンじゃねえか!」
俺は少しだけ、クズではない部分の梶原を見ることができた。
応援ありがとうございます!
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