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デートQ

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 月曜日、今日も私立聖堂学園へと向かう道を歩く。

 以前までの俺なら、同じ道を歩く聖学の生徒たちとは違う学生なんだ、と思っていたが、今では聖学の生徒であるという自覚が芽生えていた。それは彼女らと、AB組の生徒と関わったからなのかもしれない。
 
 高峰は、暴力的でやるときはやるバカだけど、忌憚のない意見を言えてリーダー的存在だ。

 新茶は、何をするかわからないほどアホだけど、斜め上を行く発想やポジティブさがある。

 山田中は、内気でおどおどしているけれど、きちんと人と接する優しさをもっている。

 鬼ヶ島は、寡黙で威圧的だけど、ジョークも言えるし心身ともに力が強くて頼りになる。
 
 世の中は二面性だ。
 どちらかだけを見るか、どちらも見て考えるか。
 聖堂学園もそういうことだと思う。有名私立という大きな一面だけじゃないということ。裏面には俺たちのような人間がいたっておかしくない。それでこそ人の世界だ。
 
 今は、不安に思ったり俯いて歩いたりすることもなくなった。
 朝の日差しが気持ちいい。そう思えるくらいに。
 聖学の生徒である俺は、同じように聖学の通学路を歩く。
 ただ前と変わったことは、まだある。
 
 ――もしかして、あれが噂のAB組の人?
 ――そう、街中で警察に喧嘩を売ったんだって。
 ――私はバイクを素手で止めたって聞いたけど。

 表の面で過ごす生徒たちに、AB組の存在が知られるようになったということ。
 まあそこまでAB組が気になるのなら先生にでも聞いてくれ。
 俺は校門をまたぐと、彼らとは違う方向を歩んだ。

   ・・・・・・

 AB組の教室の扉を開ける、生徒が一人。彼女は真ん中の席に座っていた。

「おはよう、テル」
「おはよう、高峰。あとそこは俺の席だぞ」
「わかっているわよ。人をボケ老人扱いしないでくれるかしら」
「そこまで言ってねえよ。あとお年寄りには親切に」

 しかし高峰は一向に席をどく気配はない。なら俺も同じように座るか。

「ふぅ」
「そこは私の席よ、もうボケ老人になったのね」
「まだなっちゃいねえよ」

 俺たちは静かに座っている。お互いに相手の席で。
 高峰が教室にいてこれだけ静かなのも珍しい。もうすぐホームルームが始まる時間なんだけど、いやまあ、ホームルームといってもやることは梶原が出欠確認を行うだけでたいしたものじゃないが、普通ならほかのみんなも来ている時間だ。

「彼らならこないわよ」
「え? え、なんで」
「私が休むようにお願いしたから」
「いや、それまたどうして?」
「デートをしましょう」
「…………それはボケなのか?」
「ボケていると思うのなら、お年寄りのように親切にしなさい。さあ行くわよ」
「あ、ちょ、ちょっと待って! このままいくの!?」
「そうよ」
「梶原はどうすんだよ!?」
「……それもそうね」

 そう言うと、高峰は黒板にチョークで『高峰と木町はデートに行ってきます』と書き置きを残す。いやこれ、俺が恥ずかしいよ!

「これでいいでしょ。さ、行きましょう!」
「お、おい! 腕を引っ張るなって!」

 半ば強引に引っ張られて廊下に出ると、梶原と鉢合わせする。

「おい、どこに行くんだ?」

 高峰は言った。

「遊園地です」

 え、マジでデートすんの!?

「そうか、気を付けてなー」

 いやおまえも教師として止めろよ!
 こうして俺は高峰に連れられて、校門の前に停車していたリムジンに乗せられた。
 ……マジで遊園地に行くのか。デ、デートか……。
 きっと鏡が目の前にあったら、俺の頬や耳先は赤く火照っていたことだろう。
 自分のそんな一面は見たくもない。

   ―――――

 梶原は教室に入り、黒板を見つめる。

「……青春だねえ。じゃあ今日は学級閉鎖して、俺も大人の遊園地に行きますか!」

 こうしてニ度目の『学級閉鎖』が行われた。

 その後、『学級閉鎖』は梶原のお家芸となり、『教師だけ学級閉鎖』、『映画の余韻あるから学級閉鎖』、『サイコロの目で一が出たので学級閉鎖』などなど、様々な『学級閉鎖』を繰り出すようになるが、それはまだ先の話である。

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