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第五章
≪Ⅴ≫泣くな【1】
しおりを挟むどのくらいそうしていたでしょうか。
苦しんでいたペルさんは今はただ力なく横たわり、時折何かに反応するように小さく痙攣するだけになりました。
「……来たな」
ポツリと呟いたヴォル。
そして振り向いたヴォルにつられるように、私も出入り口側へ視線を向けます。
僅かな間を挟んだ後、勢い良く扉が開かれました。
「珍しいな、ベンダーツ」
皮肉を込めたヴォルの言葉に、飛び込んできた人物が眉を寄せます。
恐らく珍しいと言ったのは、ベンダーツさんのこの慌てようを見ての事なのでしょう。髪を乱しているところから、余程慌てて走って来たのかもしれないです。目を覚まして酷く驚いたでしょうね。
「……ヴォルティ様。メルシャ様も、ご無事で何よりです」
大きく肩で息をしていましたが、私達の姿を確認した後に縛り出すように告げられました。心配──して下さったのですか?
「問題ない」
「ところで……、これは?」
ベンダーツさんが、目の前の結界を見やります。はい、ペルさんの入っているそれです。
「隔離中だ」
「それは分かります。何故、ペルニギュート様が?」
「お前は寝ていたからな」
真面目に問うベンダーツさんに、ヴォルはニヤリと意地悪な笑みを向けます。
「……申し訳ございませんでした」
その言葉と共に、ベンダーツさんは深々と頭を下げました。ビックリしましたよ。
「それで、何故ペルニギュート様が結界内に?」
そして何事もなかったかのように、再度同じ質問をしてきました。
これは分からないのではなく、ヴォルの口から聞きたいという意味なのでしょうか。
「本当に分からないのか?」
「……やはり、ペルニギュート様ですか」
小さな溜め息をつきながら、続けられた言葉でした。──って、知っていたのですか?
「突然睡魔に襲われ、それに抗っていた時に彼の声が聞こえたのです」
「城内全ての人間を寝かしていた。俺とメル以外の、な」
ヴォルは簡潔に今までの概要をベンダーツさんに告げます。
その数少ない情報の中で、ベンダーツさんは結論まで辿り着くのでした。
「では、ヴォルティ様とメルシャ様は魔法の効果がなかったと?」
「あぁ。精霊に守られているからな」
「そうですか。……ところで、これはいったい?」
一通りの説明を聞いた後、周囲を見渡してベンダーツさんが再び問います。
これっていうのは恐らく、フロア中を埋め尽くしている砂山の事だと思われました。
「魔法石だったものだ」
「既に魔力は尽きていたとは言え、こうも簡単に砂となるとは……信じがたい事実ですね」
腰を落として、ベンダーツさんが床の砂に触れます。
それは海辺の砂のようにサラサラと掌から溢れていきました。
「魔法石の魔力が尽きたのは、ペルニギュートが取り込んだからだ。俺達がここに来た時には、ペルニギュートの影響下にあった為に魔力を帯びていたが」
「確かに、急激に魔法石が渇れ始めたのは十年程前からですが。……ヴォルティ様は大丈夫なのですか?」
「問題ない。この国の結界もここの結界も、大した意識を使う事もない程にな」
サラリと言って退けるヴォルは、本当にどれ程の魔力の持ち主なのでしょうか。
そしてベンダーツさんもそれを承知のようで、魔法石が完全になくなってしまった事にもあまり取り乱す事はありませんでした。
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