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第三章
≪Ⅵ≫いずれ知る事だ【1】
しおりを挟むコンコン。
静かなノックが響きました。忘れてはいけませんが、ここはヴォルの研究室です。あまり他の人が来ないと彼は言っていましたが、いったい誰でしょうね。
「何だ」
「ベンダーツです」
誰何したヴォルの声に続けて聞こえてきたのは、私の一番会いたくない人の声でした。
ゲッ、と思わず心の中で叫んだ私を怒らないで下さい。じゃじゃ~ん、片眼鏡再登場です。──嫌~っ!私はあの人が苦手なのですよっ。
それはもう脊髄反射というべきか、条件反射で後ろに引いてしまいます。しかもそれをヴォルに見られた私は、苦笑いを浮かべるしかありませんでした。
「今行く」
「えっ?」
彼はそう返答すると共に、スッと立ち上がります。思わず驚いて見上げてしまいました。まさか、ヴォルが直々に迎えるとは思いもしなかったです。
しかも慌てた私を振り返ったヴォルは、優しく頭を撫でてくれました。えっと……、何でしょうか。
「メルには近付けさせない」
そう告げて、ヴォルは研究室を出ていきました。扉が開いた一瞬、片眼鏡の顔が見えただけです。って言うか、相変わらず冷たい瞳でした。
あ……もしかしなくても、片眼鏡が入室する事を防ぐ為にお一人で出られた訳ですね。本当に申し訳ありません、ありがとうございます。
──ホッとしたのも束の間、暫くして何故か怒っているヴォルが戻ってきました。な、何か怖いです。片眼鏡と接するとヴォルが怖くなるので、余計に会いたくないのですよね。
「どうかしましたか、ヴォル?」
見上げたヴォルのピリピリとした様子に、とりあえず問い掛けてみました。
眉間にシワが寄っていますよ。思わず立ち上がって手を伸ばし、彼の額に触れます。後が残ってしまったら、せっかくの美形が台無しではないですか。私と違って綺麗な顔なのに、です。
「どうした、メル」
必死に腕を伸ばす私を不思議そうに見下ろすヴォル。
真正面から眉間のシワへ手を伸ばす私に、僅かに驚いたような声音で問い掛けてきました。
「シワが寄っていますよ」
「……」
何も言わず、私に眉間を伸ばされているヴォルでした。でも不意に気付いたのですが、ヴォルはただ反応出来ないだけだったりします?
「どうかしましたか?」
小首を傾げながら見上げます。腕を伸ばしたままの今の体勢はかなりきついですが。
「……不思議だな」
「はい?」
「メルに触れていると落ち着く。怒りが消える」
淡々と答えてくれますが、言葉通りに先程のピリピリ感は感じませんでした。
しかしながら……、どういう意味でしょう。私はその言葉の真意が分からず、ヴォルの額に指を置いたまま考えました。
…………分かりませんが、落ち着くのなら良い事にしましょう。
私は一人で納得し、ニッコリと笑いました。あれ?ヴォルが僅かに目を見開きましたが、どうかしたのですかね。そう言えば、先程の不機嫌の理由は何だったのでしょうか。
「怒ってらしたみたいですけど、何かあったのですか?」
「……あぁ。メルの教育係が決まった」
私の問いに、再びヴォルの眉間にシワが寄ります。
えっと、教育係?……あ、そう言えば礼儀作法の事を言われていましたね。えぇ、婚儀の際に失敗しないようにと。
「はい」
「……アイツだ」
「……はい?」
酷く不機嫌そうに目を細める彼の言葉に、私は小首を傾げました。
しかしながら、嫌な予感しかしませんね。って言うか、ヴォルがアイツ呼ばわりするのって……。
「ベンダーツが名乗りをあげたらしい」
苦々しく告げられました。
──そ、そんなものですよね。思い切り項垂れた私に、今度はヴォルが優しく頭を撫でてくれます。優しいですね、本当に。でも今は泣いても良いですか。
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