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第三章
10.結婚しよう【5】
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一番初め皇帝様にお会いしたのも、この謁見の間でした。重そうな大きな扉が開かれた先に広がる、やたら豪華な空間に佇む威厳漂う男性が玉座でお待ちです。
「行くぞ」
「はい」
私にだけ聞こえるような声で告げたヴォルに、小さく──でもはっきりと返します。緊張と不安で今にも押し潰されそうですが、私は大丈夫です。──彼に触れていますから。
婚儀自体はまた別室で行うとの事ですが、まず初めに皇帝様への報告でした。『これから結婚する』と言う宣言的なものです。
でもヴォルが口を開こうとした瞬間、それを妨げるかのように悲鳴のような叫び声が謁見の間に響きました。
「貴方になんて、何も渡さないですからねっ!」
甲高い女性の声です。
そちらを振り向けば、皇帝様専用の出入り口らしき厚地の布の向こう側から現れた女性が一人。酷く取り乱しているからか、とても恐く感じました。
「母上……」
「私は貴方の母親なんかじゃありませんっ。結婚したって、帝位を継げると思ったら大間違いよっ!」
感情の籠っていないヴォルの呟きに、カッと見開いた瞳と真っ赤な紅を差した口。
あぁ──この人が皇帝様の奥様なのですね?えっと……皇妃様で、息子さんがまだ幼いのでしたっけ。お姉さんもお母様が違うと言われていたので、第一後継者は弟さん?
「グラセリーナ……、今はその様な事を言う場ではない。それに結婚は私がするようにヴォルティに言ったのだ。もう良い歳だからな」
「主様は何故いつもあれを庇うのですっ?まだあの女に未練があるのですかっ」
「そうではない。ヴォルティも私の子供だ」
皇帝様と皇妃様の言い合いが始まりました。これは夫婦喧嘩と言うのでしょうか。
ん~、何か複雑ですね。けれども口を挟むつもりは勿論ないですし、そんな隙もないです。ヴォルも同じなのか、ジッと二人のやり取りを見ているだけですよ。その瞳には感情が見えませんが。
「そんな事を言っても誤魔化されませんよっ」
「リキュアはもういないのだ」
「キィーッ!あんな女の名前なんか聞きたくないですっ。とにかく、私のペルニギュートを一番に考えてもらわなくては困りますっ」
とにかくヒステリックに叫ぶ皇妃様は、皇帝様のお話を聞きもしていない様子でした。
そんな感情的な奥様方を前に、皇帝様はゆっくりと瞬きをしてみせます。
「また官僚の誰かに唆されたのか。私はまだ誰を次期皇帝にするかなどと口にしてはおらぬ」
御自分の感情を抑えているのだろう静かな言葉に、これが皇帝様なのだなと感心してしまいました。
「だったら誰にするですかっ?ペルニギュートではないのですかっ」
「もう良い。今はその様な話をすべきではないだろう。下がれ」
「後でちゃんと教えてもらいますからねっ」
最後まで叫びながらも、さすがに皇帝様に退室を迫られては居座れなかったようです。
皇帝様のお傍におられたこの前と同じ渋いお顔のおじさまに促され、渋々といった具合に皇妃さまが退室されました。
「すまないな、ヴォルティ。グラセリーナも悪気がある訳ではないのだ。己の子を思うばかりではなく、実家の声との狭間に立たされておる。その中で心無い官僚が煽るから、彼女も真に受けてな」
「いえ……」
眉尻を下げる皇帝様に対し、感情のない顔で応えるヴォルでした。
彼に降りかかる火の粉は猛火からの飛び火のようです。これでは、自分の心を素直に現す事など出来そうにありませんね。
「行くぞ」
「はい」
私にだけ聞こえるような声で告げたヴォルに、小さく──でもはっきりと返します。緊張と不安で今にも押し潰されそうですが、私は大丈夫です。──彼に触れていますから。
婚儀自体はまた別室で行うとの事ですが、まず初めに皇帝様への報告でした。『これから結婚する』と言う宣言的なものです。
でもヴォルが口を開こうとした瞬間、それを妨げるかのように悲鳴のような叫び声が謁見の間に響きました。
「貴方になんて、何も渡さないですからねっ!」
甲高い女性の声です。
そちらを振り向けば、皇帝様専用の出入り口らしき厚地の布の向こう側から現れた女性が一人。酷く取り乱しているからか、とても恐く感じました。
「母上……」
「私は貴方の母親なんかじゃありませんっ。結婚したって、帝位を継げると思ったら大間違いよっ!」
感情の籠っていないヴォルの呟きに、カッと見開いた瞳と真っ赤な紅を差した口。
あぁ──この人が皇帝様の奥様なのですね?えっと……皇妃様で、息子さんがまだ幼いのでしたっけ。お姉さんもお母様が違うと言われていたので、第一後継者は弟さん?
「グラセリーナ……、今はその様な事を言う場ではない。それに結婚は私がするようにヴォルティに言ったのだ。もう良い歳だからな」
「主様は何故いつもあれを庇うのですっ?まだあの女に未練があるのですかっ」
「そうではない。ヴォルティも私の子供だ」
皇帝様と皇妃様の言い合いが始まりました。これは夫婦喧嘩と言うのでしょうか。
ん~、何か複雑ですね。けれども口を挟むつもりは勿論ないですし、そんな隙もないです。ヴォルも同じなのか、ジッと二人のやり取りを見ているだけですよ。その瞳には感情が見えませんが。
「そんな事を言っても誤魔化されませんよっ」
「リキュアはもういないのだ」
「キィーッ!あんな女の名前なんか聞きたくないですっ。とにかく、私のペルニギュートを一番に考えてもらわなくては困りますっ」
とにかくヒステリックに叫ぶ皇妃様は、皇帝様のお話を聞きもしていない様子でした。
そんな感情的な奥様方を前に、皇帝様はゆっくりと瞬きをしてみせます。
「また官僚の誰かに唆されたのか。私はまだ誰を次期皇帝にするかなどと口にしてはおらぬ」
御自分の感情を抑えているのだろう静かな言葉に、これが皇帝様なのだなと感心してしまいました。
「だったら誰にするですかっ?ペルニギュートではないのですかっ」
「もう良い。今はその様な話をすべきではないだろう。下がれ」
「後でちゃんと教えてもらいますからねっ」
最後まで叫びながらも、さすがに皇帝様に退室を迫られては居座れなかったようです。
皇帝様のお傍におられたこの前と同じ渋いお顔のおじさまに促され、渋々といった具合に皇妃さまが退室されました。
「すまないな、ヴォルティ。グラセリーナも悪気がある訳ではないのだ。己の子を思うばかりではなく、実家の声との狭間に立たされておる。その中で心無い官僚が煽るから、彼女も真に受けてな」
「いえ……」
眉尻を下げる皇帝様に対し、感情のない顔で応えるヴォルでした。
彼に降りかかる火の粉は猛火からの飛び火のようです。これでは、自分の心を素直に現す事など出来そうにありませんね。
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