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19 タンクトップと防具

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店内に入ると、ひんやりとした冷たい空気が肌に触り、外の暑さが嘘のような涼しさだった。

「レイチェル、涼しいけどこっちにもクーラーってあるの?」

「クーラー?あぁ、日本の冷たい風の事かな?この冷気は魔道具だよ。冷気を詰めた魔道具を使って、店内を冷やしてるんだ。シルヴィアが作ってるんだけど、夏はよく売れるよ」

そう言ってレジ横に置いてある筒のような物を手渡してきた。


「冷風の筒って言うんだ。そのまんまだけど分かりやすいでしょ」
これも木製で、ラベルも何もない。時代劇で見た竹筒のような印象だ。

蓋を回して開けるようで、レイチェルを見ると、開けてみてと言うように頷いた。

蓋を開けると、まるでドライアイスの煙のような、閉じ込められていた冷気が、
天井に届くほどの勢いで一気に噴出した。

驚いて筒を落としそうになったが、レイチェルがしっかりとキャッチして蓋を閉じた。


「あはは、ごめんごめん。驚かせたね。本当は一気に全部開けないで、少しづつ開けて調整しながら使うんだよ。今みたく全部開けると10分も持たないけど、普通に一部屋涼しくする程度の使い方なら、1日は十分持つよ。値段は1本350イエンだけど、この筒は回収もしてるから、筒を持って来た人には50イエン値引きの300イエンで売っていいよ」

「かんべんしてくれよ~、本当にびっくりしたぞ。あんなに出るとは思わなかった」

それにしてもこんなに便利な物は日本にもなかった。持ち運びもできるし、350イエンなら確かに売れるだろう。科学とは違う生活様式に、驚かされるばかりだ。

「そうそう、アラタには今日から担当部門を付けようと思うんだけど、防具やってくれるかい?」

「あ、やっぱり防具?」
「あれ?なにか聞いてたのかい?」

今朝カチュアとリカルドから、おそらく防具担当になるだろうと聞かされた話をすると、
レイチェルは、なるほどと頷いた。


「そうなんだよね。前にも何人か防具に入れたんだけど、すぐ辞めちゃって困ってたんだよ。
もう1年以上ジャレット一人で防具やってるんだ。ジャレットも、もう一人でいいって言ってるんだけど、そういうわけにもいかないからね。だから、アラタには期待してる。キミ、なんか大丈夫そうだもん」

「なんか大丈夫そうって、なんだよ?」

レイチェルは笑って俺の肩を叩くと、決定でいいね、と決めつけた。


「オッケーオッケー、まぁ俺一人でもいけるけど、レイチーの推薦と、アラやんのやる気を買って、防具ってもんを教えてやるよ」

10時を少し過ぎた頃、出勤してきたジャレットにレイチェルが防具担当に俺を入れたいと伝えると、意外にアッサリと受け入れられた。

新人がすぐ辞めて、ジャレット自身もう一人でいいと言っているのであれば、難色を示されるかもと思っていたのだ。

「良かった。新人がすぐ辞めちゃうでしょ?だから、嫌がるかもしれないなって少し思ってた」
俺が気にしていた事を、レイチェルも思っていたようだ。

「あ?んな事気にしてたのかよ?大丈夫だって!なんかアラやんって、今までのヤツらより真面目そうじゃん?いけるいける!まかせとけって!」

ジャレットは白い歯を見せて笑うと、レイチェルに向かって親指を立てた。これは癖なのだろう。

レイチェルもニコリと微笑むと、まかせた、と言ってジャレットの肩を叩き、防具コーナーから出て行った。

「さてと、んじゃあアラやん!とりあえず今、アラやんは何もできねぇ。だから俺がやる事をまずは見てな。買取、メンテ、品出しが主な仕事だけどよ。皮や鉄、素材も覚えなきゃならねぇからな」

それからの一日は、ジャレットの仕事をずっと見学して過ごす事になった。

買取で鎧の査定が入ったが、まず状態のチェックはどこを見るのか、メンテすればどのくらい使えそうか、サイズはどうか(着用できる人が多いサイズは少し高めにつけるようだ)
など、細かく丁寧に説明しながら仕事を進めてくれた。


接客もチャライ話し方ではあったが、お客と店員という距離感はわきまえており、
むしろフレンドリーで話しやすいのではないかと思うくらいだった。

チャライギャル男という印象が強かったが、一日が終わる事には俺の中でジャレットの見方は180度変わっていた。

ジャレットは良い先輩だろう。なぜ新人がすぐ辞めるのか不思議だったが、その原因はその日の終わりに分かった。


「よっしアラやん!今日一日お疲れさん、じゃあこれ防具担当のユニフォーム。明日から着てな」
そう言って手渡してきたのは、黒のヒョウ柄のタンクトップだった。

「・・・え?」

「3枚用意しといたから。色違いで、白もあるぞ」

「いや・・・ちょっと、待って、ちょっと待ってください」

「あと、できればもう少し日焼けしてな?夏だぜ?」

早く受け取れとばかりにジャレットが俺の胸にタンクトップを押し付けてくる。

だが、こればっかりは俺の趣味ではない。ジャレットの趣味、センスを否定するつもりはないが、
俺はタンクトップが似合わないし、男同士でペアルックはキツ過ぎる。
あと日焼けってなんだよ?俺にもギャル男になれってか?

俺はこれまで防具の新人がすぐ辞めた理由がよく理解できた。どうする?
どうやってこの窮地を脱する!?


「ジャ、ジャレットさん!俺はまだ何もできない未熟者です!ジャレットさんと同じ服なんて、畏れ多くて着る事ができません!いつか、尊敬するジャレットさんに一人前と認められた時、受け取りたいと思います!」

どうだ? 頭をフル回転させて、いかにジャレットを怒らせず、断る事ができるか?
俺の出した答えは通ったか?

ジャレットは俺を見据えたまま固まっている。俺も同様に眉一つ動かせずにいる。
一秒がもの凄く長く感じられる。

「・・お、おお!そうか!アラやん!そんなに俺を尊敬していたのか!分かった!これからもっともっとビシビシ鍛えて、俺が一人前の防ラーにしてやるからな!それまで残念だろうが、このユニフォームはお預けだ!」

ジャレットは俺の両肩を掴み、前後にゆさぶりながら大声で感動を叫んだ。

防ラーってなんだよ!?と、ツッコミたかったが、
俺は精神の消耗と安堵ですぐにでも横になりたいくらいだったので、黙っていた。
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