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54 協会へ

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アラタが連れて行かれて3週間が経った。

時間はどんどん過ぎていく。この日は少し肌寒かったので、私はこの秋初めてロングシャツに袖を通した。
ボタンダウンで赤地に緑のチェック柄、お気に入りの1枚だ。髪の色が赤だから自然と赤を好んで着るようになった。自分でも単純だと思う。
ダークグリーンの七分丈のパンツを合わせ、着替えを終えると時刻は8時になったところだった。

出勤するにはまだ早く、時間は十分に余裕があった。いつもならあと15分か20分はくつろいでから出るのだが、この日はなんとなく早く家を出る事にした。



「やっぱりちょっと寒いかな」

髪を撫でる朝風に少し冷たさを感じる。9月も下旬になると、もうすっかり秋を感じるようになった。季節の移り変わりは早い。

街を歩くと、看板を出したり、店先を箒で掃いたり、開店の準備をしているお店を見かける。

レイジェスは今は9時開店だけど、早いところは8時30分には開けている。夜が早くなると、それに合わせて閉店も早くなるのだ。だから開店時間を早くするお店も沢山ある。


「うちも10月からは30分、開店早くしようかな」
そう呟き、大通りを抜ける。



店に着き事務所に入ると、すでにカチュアとユーリが出勤していた。
時計を見ると、まだ8時20分を回ったところだ。最近はこの二人が一番早く着ていると聞いていたが、こんなに早いとは思わなかった。

「おはよう。二人とも早いね?」

「おはよう。うん・・・お店で仕事していると落ち着くから・・・レイチェルも飲むでしょ?」

カチュアはイスから腰を上げると、私のマグカップ取って、ポットからコーヒーを注いでくれた。

「おはよう」

私がイスに座ると、ユーリがチョコレートを二つ置いてくれる。私はブラックコーヒーを飲むので、ユーリはよく甘い物をくれるのだ。ユーリは甘党なので、砂糖を入れたコーヒーを飲みながら、チョコを食べる。虫歯にならないか心配だ。

「いつもありがとう。ユーリも最近本当に早いね」

いつもユーリは10時過ぎに出勤していた。シフトで出勤日と休みの日は決めるが、出勤時間は結構大雑把なのだ。
もちろん開店時間に誰もいないのは困るので、副店長の私は開店時にはいるようにしているが、後は各部門で相談して、どちらかが開店に合わせて来るように調整している。

ジャレットはアラタが入る前はだいたいは開店に合わせて来てくれた。ジーンもそうだ。基本的には開店からいる。

ミゼルは私生活がだらしないので、本当は遅く出勤したいらしいが、シルヴィアはそこは甘やかさないので、交代で決めているようだ。

リカルドは自由にさせている。
私がいるからいつも遅くてかまわないのだが、意外と開店に合わせて来る事が多い。

そしてユーリはいつも10時過ぎの出勤だった。
それがここ最近はいつもカチュアと一緒に、朝一番に来ているのだ。
理由は分かっている。カチュアが心配なんだ。
口下手だが、ユーリは思いやりのある子だ。最近は普通になったと思うが、ユーリはまだカチュアから目が離せないんだ。


「うん・・・」

小さく頷いて、ユーリはチラリとカチュアに目をやる。私はユーリの優しさが嬉しくなって、ユーリの頭を撫でた。
ユーリは、え?なんで?と、ちょっと驚いていた。


カチュアの入れてくれたコーヒーを一口飲むと、店のシャッターを激しく叩く音が響いた。
朝の静けさを吹き飛ばす金属音に驚き、何事かと慌てて外に出ると、そこには金色の髪の少年、先週知り合った治安部隊のエルウィンが息を切らしてシャッターを叩いていた。

「エルウィンじゃないか、どうしたんだい?こんな朝から」

私が声をかけると、エルウィンはほっとしたように一つ息をついたが、急ぎ足で私に詰めて来て、早口でまくし立てた。


「大変です!アラタさんが今日、マルコス隊長と戦う気です!俺、急いで知らせなきゃって、居てくれて良かった」

「なんだって!?マルコスと・・・分かった、知らせてくれてありがとう。すぐに準備をする、少し待っててくれ」

私が振り返ると、カチュアが私の顔を真っ直ぐに見ていた。その目には固い決意が見て取れた。


「レイチェル、私も行くよ」

「・・・うん、一緒に行こう」



私はユーリに留守番を頼んだ。
店は臨時休業にして、皆が来たら事情を説明して、来れる人から来てほしいと言伝を頼んだ。

オープンフィンガーの革のグローブを付け、腰にナイフを二本と、バトンを一本差した。
私は機動力が一番の武器なので、なるべく重い装備はしないようにしている。
肘当てと膝当てには鉄を使っているが、鉄はそれだけだ。

穿いていた靴を脱いで、武器コーナーに置いておいたブーツに履き替える。
軽い上に、グリップ力があるので滑りにくい。最近物騒だったので、もしもの備えで家から持って来ておいたのだ。

カチュアは縁取りに茶色のパイピングをあしらった、フード付きの白いローブに着替えていた。
クインズベリー国の白魔法使いの正統な装束だ。身に着けている間は、使用する魔法の効果が僅かだが上がる。

斜め掛けしたバックには、傷薬と、魔力の回復を早める薬を入れているようだ。

魔力を瞬間的に回復させる薬は無い。
昔から様々な実験と研究がされてきたが、やっとできた物が魔力の自然回復を早める薬だった。
じっと体を休めていれば魔力は自然に回復していくが、それを補助する薬だ。

これはこれで貴重な物だった。
例えばカチュアの作る傷薬は質が良く、縫う必要がある怪我でも治癒できるので、1個3,000イエンで販売している。(手のひらサイズの貝殻で、平均5~6回は使用できる)
値段もお手頃で、よく売れている。

比べて、魔力の回復を早める薬は1回分で、レイジェスでは10,000イエンで販売している。
回復の手段がこれしかないという事で、とにかく原材料が高いのだ。
また、これも作り手の調合で効果にバラ付きがある。

こっちはユーリが得意なのだが、この街でトップレベルの効能だと思う。
ユーリの薬より効能が低いのに、15,000イエン位で売っている店もあるので、一度店長に値上げを相談した事がある。


だが、店長は首を横に振った。
なんでも昔、ある戦いの最中に魔力が尽きかけた事があり、その時の経験からこういう道具は利益よりも、一人でも多く必要としている人に貰って欲しいと考えているそうだ。

そういう訳で、傷薬と魔力の回復を早める薬は、利益は少ない。
でも、レイジェスの薬の効果を知っているお客さんは必ずレイジェスで買ってくれるし、いつも感謝されて働き甲斐も出る。店長の方針で正しいと思う。

ユーリは怪我を治す事より、状態異常を治す方が得意なのだ。カチュアはその逆なので、お互いの不得意をカバーできる良いコンビだと私は思っている。

私達が準備をしている間に、ユーリは、エルウィンにヒールをかけていたようだ。
息切れも収まり、足腰も軽くなっているように見える。

エルウィンは、すごいです!ありがとうございます!と何度もお礼を言ったり褒めたりしていて、ユーリはちょっと困っていた。

私とカチュアが外に出てきたのを見つけると、気を付けて、と言って見送ってくれた。
本当は一緒に来たかったんだと思う。



カチュアは自分に合わせているのを感じたのだろう。
店を出発してほどなく、自分は後で追いつくから先に行って、と言ってきた。

私もエルウィンも体力型だ。魔法使いのカチュアより、当然早いし体力もある。
魔法使いのカチュアは体力が少なく、走ればとても私達には付いて来れない。

しかし置いて行っていいのか悩み、エルウィンと顔を見合わせると、カチュアはあらためて、大丈夫だよ、と言ってニッコリ笑って見せた。

「・・・分かった。あっちの状況で動くから、合流できるか分からないけど、きっとアラタと会わせてあげるからね」

「カチュアさん、俺もアラタさんとカチュアさん見てると、お二人を絶対に会わせたいんです。だから頑張りましょうね!」


カチュアが頷いたのを見て、私とエルウィンは大通りを一気に駆け抜けた。


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