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【290 二つの戦い】

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「ほぅ、竜氷縛か。セシリアを封じる程の威力とは本当に大したものだな」

戦いを見ていた皇帝の目に映ったのは、10メートル以上はあろう氷の竜が、地上から空に向かい氷の像としてそびえ立つ姿だった。

ナパームインパクトで崩壊した家屋から上がる火の手が、氷の竜を赤く照らしつける。


「ここまでやるとは・・・テレンス、お前とどっちが強いかな?」

腕を組み、感心した様子で氷の竜を眺める皇帝の言葉に、テレンスは少し不服そうに眉間にシワを寄せた。


「・・・魔力は僕より上でしょう。でも、戦いならば負けません」

「フッ、そうだな。余から見ても魔力はウィッカーが上だ。そして魔法使いとは思えん程の体術を見せる。あれは一朝一夕で身に付く動きではない。相当な研鑽を積んだのだろう。だが、それでも戦えば勝つのはお前だろうな」

「はい・・・僕は絶対に負けません」

テレンスの目に宿る黒い憎しみの炎を見て、皇帝は満足そうに笑った。





「・・・なに?」

竜氷縛でセシリアを氷漬けにしたウィッカーだが、目の前で水蒸気を上げて溶かされていく氷の竜に、目を開き驚きの言葉をもらした。


「・・・うふふ・・・あなた本当に素敵ね。おかげで冷えちゃったじゃない」

竜氷縛を受け、竜の腹の中で氷の彫像として固められたセシリアだが、その体から炎を発し氷を溶かす。
まずは頭が出て、肩、胸と徐々ににその身を氷から解放させていく。


「・・・俺の竜氷縛をまともにくらって動けるのか」

氷の上級魔法竜氷縛は、氷の竜が対象を呑み込み、その腹の中で氷の彫像として固めてしてしまう魔法だ。
受ければ瞬く間に体温を奪われ、呼吸すらできず、数分と持たずに命を奪われる。

この魔法は、絶対に相手の命を奪うという強い意思がなければ、使用できない魔法だった。


身に纏う炎で溶かした氷が水となりセシリアの体を濡らすが、たちどころに蒸発させられていく。

「多くの魔法使いと戦ってきたわ。中には強い相手もいた。でもね、僅かな時間とはいえ私を氷で固めて封じるなんて・・・あなたが初めてよ」

セシリアの赤い瞳に喜びの色が浮かぶと、その体が炎に包まれ激しく燃え上がった。

高さ10メートル以上、人一人を飲み込む程の厚みを持つ氷の竜が、セシリアの炎で溶かされ真っ二つに割れ砕け落ちる。

「今度は私の炎を見せてあげるわ!」

炎を纏ったセシリアは残った氷を足場に高く飛び上がると、右手に持つ深紅の片手剣を振り上げた。
炎が剣の切っ先に集まり巨大な力の塊となっていく。夜を昼に変える程に強く照らす炎・・・それは正に太陽だった。


「くっ、でかい!なんだアレは!?」

見上げるウィッカーの目にも驚愕が浮かぶ。

「太陽に焼かれて死ねるなんて贅沢ね・・・さぁ、燃えなさい!」

自分の認めた相手が果たしてコレに耐えられるのか?それともなすすべもなく焼かれるのか?
強者を求めるセシリアの表情には、絶対の自信と共に期待も見えた。

振り下ろされた剣から放たれた炎の大きさに、ウィッカーは一瞬で理解した。

逃げ場はない。

セシリアの炎は、先ほどルシアンが使ったナパームインパクトよりも大きな破壊力を秘めている。

太陽と見紛う程のセシリアの炎が頭上に迫った時、ウィッカーの選択は迎撃だった。


「セシリア!見せてやるぜ!太陽すら喰らう炎の竜を!」


それは六年前にカエストゥスを襲ったバッタを焼いた炎の竜。
ウィッカーが最も得意とする火の上級魔法、灼炎竜。

ウィッカーの体を炎の竜が纏い、20メートルを超える灼炎竜が空に向かってウィッカーから放たれた。


セシリアの炎に灼炎竜が喰らいついた。






ジョルジュの放つ矢をことごとく打ち落とし、ルシアンが槍の射程にジョルジュを捉える。

「無駄だ!この私にそんな矢は届かんよ!」

ルシアンの突きを躱し前へ踏み込むと、ジョルジュはそのまま姿勢を低くし、右の足を鋭く振り抜き、ルシアンの左足首を払い飛ばす。

「む!」

体勢を崩しその場に倒れそうになるが、ルシアンは槍を地面に突き刺し、そのまま体を宙に浮かせると縦に回転し軽やかに地面に着地した。

「ふん!」

振り向きざまに槍で薙ぎ払うが、ジョルジュは後ろに大きく飛び槍の穂先を躱す。

「む!?」

躱したと思った直後、槍の穂先から突如吹き出した炎がジョルジュの前髪を焦がす。

「・・・僅かに届かんか。フッフッフ・・・やるな?嬉しいぞジョルジュ・ワーリントン」

槍を回し、穂先をジョルジュに向けルシアンは嬉々とした表情で言葉を出す。


焼け焦げた髪を確かめるように指先でつまむと、ジョルジュは溜息を付いた。

「ふぅ・・・切ってもらったばかりだったんだがな。しかたない、帰ったらまた頼むか」

「フッ、髪など気にしている場合か?私の炎で丸焼けにされるというのに」


ルシアンの体が僅かに前傾になり、右足に重心をかけ飛び出すための力をかける。

それを受けジョルジュが矢筒から鉄の矢を取り出し構えると、ルシアンは小さくかぶりを振った。

「ガッカリさせてくれるな。そんな矢など通用しない事はもう十分に分かったであろう?仮に当てられたとしても、全身を覆うこの甲冑は貫けんよ。史上最強というのはこんな程度なのかね?」

ルシアンの言葉など聞こえていないかのように矢をつがえるジョルジュに、ルシアンは失望を露わにした。

「・・・残念だよ」

土煙が舞い上げ、右足で地面を強く蹴り飛び出す。

ルシアンの突進に合わせ、ジョルジュも矢を放つ。



そこから先は瞬き程の刹那の攻防だった。

兜から覗く右目を狙い、ジョルジュの矢が真っすぐに飛んで来る。

ルシアンも目を狙われる事は分かっていた。
ジョルジュの矢が通じる場所は、関節部、そして兜に空く両目の穴しかない。

そして正面から放つ以上、狙いは目だろうとほぼ確信を持っていた。


ジョルジュの狙いは正確だった。
動く相手に対しても、針の穴を通す程の正確無比なコントロールで狙った箇所を射貫く。

そしてその的確さゆえに、ルシアンが矢を防ぐ事も難を要する事ではなかった。

正確に自分の目を狙い射られた矢。的が分かればそこに合わせ弾く事は・・・・・

「造作も無いのだよ!」


だが・・・

ルシアンが右手に持った槍を振ったその瞬間、ジョルジュの矢はルシアンの右肩に突き刺さっていた。

「・・・な、にぃーッツ!?」

確実に捉えていた。打ち損じるなどあるはずがない。
だが槍は空を切り、叩き落とされるはずの矢は自分の右肩に深く突き刺さっていた。
ナパームインパクトで右の肩当てが砕け散っていたため、肩はむき出しだったのだ。

「・・・目を射貫くつもりだったんだが、よくあのタイミングで対応できたな?お前もなかなかやるじゃないか」

「ぐぬぅ・・・ジョルジュ・・・ワーリントン・・・」

なぜ自分が矢を受けたのか。
混乱と痛みに顔を歪ませたルシアンは、強く歯を噛み鳴らし、その爽やかな顔の下からどす黒い本性を見せた。
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