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609 変わっていく気持ち

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「・・・ここならしばらくは休めそうだな。大丈夫か?ディリアン」

ビリージョーが話しかけると、ディリアンは大きく息を吐いて、ゆっくりと頷いた。

「・・・あぁ・・・なんとかな・・・あちこち痛むけど、骨は大丈夫みたいだ。少し休めば行けそうだ」


あの瞬間、船が傾きその体を投げ出されたビリージョーは、すぐ隣にいたディリアンの腕を掴み、庇うように自分の方へ引き寄せた。
ディリアンも船の異常事態を察し、すぐに自分とビリージョーを包み込む結界を張ったが、船が転覆し投げ出される衝撃は、想像をはるかに超えたものだった。

体が宙に投げ出され、目まぐるしく視界が変わる様は、自分が今どこにいるのかすら分からなくさせるものだった。
結界に護られてはいたが、衝撃は結界を通して響いて来る。
あちこちに何度もぶつかり、強い衝撃に襲われていつの間にか意識を失った。



「気がついたら水の上に浮かんでたんだよな・・・・・まさか、クルーズ船が出発してすぐにひっくり返るなんてよ、なんの冗談だよ」

ディリアンの隣に腰を下ろし、苦笑いを浮かべる。

「・・・一階、あぁ元の最上階だが、転覆したから一階と言っていいよな?一階はもう駄目だ。半分以上水が入ってる。このペースなら、二階にもすぐ浸水してくるんじゃねぇのか?」

ディリアンは階下を見下ろし、目を細めた。
自分達が置かれている状況の深刻さを、ディリアンは深く理解していた。

この沈没していく船から、ただ脱出すればいいというものではない。
外へ出たとしても、そこから陸まで渡らなければならないのだ。

その手段だが、風魔法で空を飛べる黒魔法使いがいれば、何とかなるかもしれない。
全員を風で運ぶのだ。
だが、本来自分の足に風を纏って、自分だけ飛ぶという使い方なのに、複数人を同時に飛ばす事ができるだろうか?飛ばすだけなら不可能ではないだろう。だが制御できなければどうしようもない。
他者の動きを風で操るというのは、非常に繊細な技術が要求されるのだ。

迅速にかつ正確に、大勢を陸まで運べる技量を持つ魔法使いでなければ、仲間全員を助ける事はできないだろう。

その理由として、タイムリミットがあるからだ。
夜は闇の主トバリの支配する世界である。
日が暮れる前に脱出し陸まで飛ぶ。これができなければ、船と一緒に沈んで死ぬか、トバリに喰われて死ぬかの二択になる。


「・・・気に入らねぇが、あいつ、バルデスなら・・・」

シャクール・バルデスならば、仲間全員を正確に飛ばす事が可能なのではないか?
それがディリアンの考える脱出プランであり、それ以外にないと思えるものだった。

「バルデスか・・・あいつらも無事だと思うが、早く合流しないとな」

ディリアンは独り言のように話しているが、ビリージョーは話しに相槌を打った。

「あぁ、あの野郎がそう簡単に死ぬわけねぇよ。この七日間うんざりするくらい稽古つけられてよく分かった。生きてりゃ上に向かってんだろ・・・俺らもそろそろ行こうぜ」

立ち上がったディリアンを見て、歩ける程度には回復していると判断し、ビリージョーは頷いた。





「・・・なぁ、ビリージョー、あんたは国に戻る気は無いのか?」

二階から三階へと続く足場渡り、しばらく黙って並んで歩く。

タイミングを伺っていたのだろう。
ディリアンは平静を装っているが、意を決したように少しだけ固い口調で尋ねた。

「ん?・・・えっと、つまり、また城に戻って働かないのかって事か?」

ディリアンが答えない事を受け、ビリージョーは少し考えて言葉を続けた。


「・・・そうだなぁ・・・俺が城を出て、ナック村へ行った理由は知ってるだろ?今の暮らしも気に入ってるし、今更戻る事はないかな」

「・・・うん、そうか・・・」

ディリアンもベナビデス家である。当然ビリージョーの境遇は知っている。
ディリアンが直接関わったわけではない。
だが、自分の兄が追い詰め、居場所を奪った事に変わりはない。

ディリアンはロンズデールに来て、一番自分を気にかけてくれたビリージョーに、少しづつ心を開いていった。

初めは何とも思わなかった。悪いのは兄であり自分は無関係である。

だが、今は違う・・・・・

「・・・ビリージョー・・・その・・・」

「ん?・・・・・なぁ、ディリアン」

ディリアンが何かを言葉にしようと、しかし言いづらそうに口ごもるのを見て、ビリージョーはディリアンの気持ちを察し、その肩に腕を回した。

「なぁ、ディリアン・・・ありがとうな」

「あ?なんだよ?」

眉を寄せるディリアンに、ビリージョーは優しく語り掛けた。

「いや、けっこう優しいとこあんだなって思ってよ」

「んだよそれ?・・・あぁ~、もういいや。おら、さっさと先行こうぜ」


肩に回された腕を面倒そうにどかし、ディリアンは頭を掻いてスタスタと前を歩き出した。

「ははは、おい、ちょっと待っ・・・!?」


軽い口調で声をかけ、前を進むディリアンを追いかけようとしたその時、ビリージョーの視界に入ってきたのは、ディリアンの頭に落ちて来た、小さな黒い球だった。


あれはなんだ?

どこから落ちて来た?なぜ急に・・・・なにかヤバイ・・・!

「ディリアーーーーンッツ!」

直感だった。
一瞬の思考の後にビリージョーは駆け出し、ディリアンの背中を突き飛ばした。

「うっ、ぐあぁぁぁぁーーーッツ!」


突き飛ばされて正面から床に倒れ込んだディリアンは、何をするんだと瞬間的に怒りにかられたが、背中に聞こえるビリージョーの声に振り返り絶句した。


「ビ、ビリー・・・ジョー・・・こ、これは・・・」

立ったまま全身を黒い灰で固められたビリージョーが、苦痛に顔を歪め叫び声を上げていた。


「あ~、まさか庇うとはなぁ~、お前を狙ったんだけどな。まぁいっか、まだ時間はあるし遊んでやるよ」

「・・・なっ、なに!?」

軽薄そうな声が頭上から聞こえ顔を上げると、ディリアンは驚きの声を上げた。

クルクルとしたボリュームのある茶色の髪の男が、上の階の天井に足を付け、逆さまになって自分を見ているのだった。

歳は三十手前というところだろう。
黒い長袖シャツの上に、ポケットの多い革製のベストを着ており、茶色のカーゴパンツの腰には、手斧が下げられていた。

ディリアンはその男に見覚えがあった。

「・・・てめぇは確か・・・」

「お?俺の事を覚えててくれたのかい?」

天井に足をくっつけているかと思えば、今度は突然頭から落下して、一回転して足から床に着地した。

正面に立つと、ディリアンよりも10cm以上は背が高い事が分かる。
180cmはあるだろう。

「城でほんの短い時間会っただけだが、覚えててくれたのは嬉しいねぇ。名乗ろう。俺はカーン様直属の魔道剣士四人衆、カレイブ・プラットだ。お前らにはここで死んでもらうぜ」

食事に誘うくらいの軽い調子でそう言葉にした。
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