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617 生き残った乗客 ②
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フランク達は機関室を抜けて、上の階へと進んでいた。
しかし転覆した船の足場は当然悪く、まともな方法では上がっていけない。
一人づつ階段の手すりにしがみ付き、足をひっかけながら這うようにして登っているため、数十人が登り切るのには、時間がかかっていた。
先頭に立って案内していたフランクだが、今回は列の最後に回った。
それは浸水しているため、誰もが我先に上に行きたがっていたためだ。
そして緊急時には乗客を優先する、船員としての責任感である。
「エマちゃんは、お兄ちゃんがおんぶして登ろうか?」
当初フランク、エマとその母親を優先して先に行かせようとしたのだが、エマが怖がってしまった事と、フランクの傍が安心するように見えたため、母親がフランクに一緒に行かせてほしいと頼み、三人は列の最後に並んだのである。
「うん、エマはお兄ちゃんと一緒に行く!」
ニッコリと笑って自分の手をぎゅっと握ってくるエマに、フランクも笑顔を返す。
エマは5歳と言っていた。自分にエマくらいの娘がいたとしても何もおかしくない。
「フランクさん、すみません。大丈夫でしょうか?」
「あはは、安心してください。これでも鍛えてるので大丈夫ですよ。じゃあ、エマちゃん、お兄ちゃんの背中にしがみ付いてね。よし、リリアさんはそのシャツで、エマちゃんが落ちないように、僕とエマちゃんを縛ってください」
遠慮がちに声をかけてくるエマの母親リリアにも、フランクは笑顔で言葉を返し、あらかじめ脱いで渡しておいたシャツを指した。
「はい。じゃあエマ、ちょっとキツいかもしれないけど、我慢するのよ?フランクさんにちゃんと掴まっててね」
リリアは、フランクの背中にしがみ付く愛娘に、優しく、けれど言い聞かせるように念を入れて話す。
エマは背中にしがみついていても緊張しているらしく、うん、と返事をするがその声は硬い。
フランクとエマの体を縛り、簡単には外れない事を確認すると、フランクはリリアに先に行くように促した。
「僕はリリアさんのすぐ後ろを行きますから、心配しないでください。もしなにかあっても、絶対にフォローしますから」
フランクの力強い言葉に、リリアもコクリと頷くと、肩の下まである長い金色の髪を首筋で結び、階段の手すりに掴まって足をかけた。
船が転覆した事により、当然階段も逆さまになっている。
石段に足を乗せる事はできないため、手すりをよじ登るしかない。
もし手を滑らせてしまったなら、十数メートル下まで、全身を打ちつけながら落ちていくしかないだろう。そしてその落ちた先は、水と共に侵入してきた鮫で溢れかえっている。
落ちれば、鮫(ヤツ)らによって一瞬にして食い散らかされるだろう。
また、いつ船が揺れるかも分からない状況の中、不安定な体勢で手すりをたよりに登る。
そしてもし落ちれば鮫の餌食となってしまう。その恐怖は想像を絶するものだった。
「リリアさん、落ち着いて登れば大丈夫です。まだここまで水は来てません。ゆっくりでいいんです」
「はぁ・・はぁ・・は、はい。わ、分かりました」
リリアは白魔法使いである。
魔法使いの体力ではただでさえ厳しいのに、生きるか死ぬかの状況では、精神的な負担がなにより大きかった。
リリアのすぐ後ろを、エマを背負ったフランクが励ましながら、ゆっくりと進んでいる。
声掛けの力は大きい。
一人で登っているのではない。すぐ後ろで自分を見守ってくれている人がいると感じられる。
それがリリアの支えになり、恐怖で固まってしまいそうな体を、なんとか動かしていた。
「おい!なにをモタモタしておるか!?さっさとせんと水が来るぞ!平民風情がこの俺をいつまで待たせるつもりだ!」
リリア達が上の階までの半分程登ったところで、すでに登り終えているマイクが、階上のフロアからリリア達を睨み付け、怒鳴り声を上げた。
「ひっ!」
恐怖心を押し殺しながら懸命に上っていたリリアは、大声で威嚇して来るマイク身を強張らせた。
「コラァッツ!なにを止まっとるか!俺はさっさと登れと言ってるんだ!フランク!お前がいないと道が分からんのだぞ!なんでそんな女を先に登らせた!早く追い越して道案内をし・・・うっ!?」
「おじさんさぁ、ちょーーーっと、うっさいね。すこし黙ろうか?」
陶器のように白く細いその手に握られているのは、その肌に負けず劣らず、雪のように真っ白な刃のナイフだった。
そしてそのナイフをマイクの首にあてがうのは、ラクエル・エンリケス。
濃い金色の髪をした魔道剣士の女は、ゴミでも見るような蔑みの目をマイクに向けた。
「き、貴様!こ、この俺を誰だ・・・っ!」
「アタシ、少し黙ろうかって言ったよね?おじさんさぁ、さっきから超うるさいんだよねぇー、マジ耳が痛いんですけど、おじさんこそどうしてくれんの?迷惑料払ってくれんの?一憶イエン」
ラクエルのナイフが食い込み、首筋から血が流れると、マイクはその口を閉ざさるを得なかった。
全身から汗が噴き出たのは、ラクエルの本気を直感で悟ったからに他ならない。
この女は自分を本気で斬ると・・・・・
もしマイクが、警告を無視してあのまま叫び続ければ、ラクエルはマイクの首を斬り裂いていた。
脅しではない本気の殺意を感じ取れたからこそ、マイクそれ以上言葉を発する事ができなかったのだ。
「・・・そうそう、やーっと分かってくれたみたいだね。迷惑料を払えないんならさ、これ以上騒がずに黙ってなよね?・・・次はマジで殺すからね?」
ナイフを下げると、ラクエルは邪魔だと言うようにマイクを突き飛ばす。
あっけなく尻もちを着かされるマイクを見て、周囲で成り行きを見守っていた乗客達も、ラクエルがただの女ではないと感じ取り、得体のしれないものでも見るように、恐れの混じった目を向けた。
見た目は普通の女性と変わらない。特に筋力がありそうな体付きには見えない。
しかし、ナイフを躊躇なく喉にあてがい、脅し文句さえ口にするさまは、絶対に普通ではない。
そう思われて向けられる視線に、ラクエルは小さく舌を打った。
あーあ、またこの目かよ・・・・・
どいつもこいつも、どうしてそんな目でアタシを見んのさ?
あんたらに迷惑かけた?
むしろうるさい親父を黙らせたんだから、感謝してくれてもよくない?
ムカツクなぁ、一階にボートがあるってのは分かったんだから、もうこいつらと一緒に行かなくてもいいかな?
そもそも、場所分かるヤツがいた方が楽かな?って程度の感じだし・・・うん、別にもういっか。
とりあえず、このムカツク目で見て来るヤツらから殺して・・・
「あ、あの・・・ラクエルさん、でしたよね?」
「うん?・・・なに?」
ふいに背中にかけられた声に振り返ると、汗で濡れた髪を額にはりつかせ肩で息をする、見るからに疲労根倍のリリアが、膝に手を着いてラクエルに目を向けていた。
「あぁ、子連れのママさんじゃん?なに?アタシになんか用?」
「はぁ・・ふぅ・・は、はい・・・あの、ありがとうございました」
「・・・え?なんて?」
「その、大きな声では言えませんが、マイクさんを怒ってくれて・・・それで私、今の内だって登ってこれたんです・・・だから、ラクエルさんは恩人です。ありがとうございました」
マイクや他の人に聞こえないように、口を隠すように手を当て、リリアはラクエルの耳元で気持ちを話した。
「・・・ぷっ、あはははははは!なんだよソレー!ママさん見た目大人しいくせに、けっこう言うじゃん!?おもしろ過ぎ!」
お礼を言われるなんて考えもしなかったラクエルは、両手を打ち合わせて高らかに笑った。
力を見せると怖がられる。ラクエルは昔からそれが腹正しかった。
乱暴者を懲らしめたが、そこまでしなくてもと、助けた相手に怯えられた。
泥棒を捕まえたが、ボコボコにしたため、やりすぎだと周りに責められた。
因縁をつけられたの返り討ちにすると、まるで自分が襲ったかのように怯えられた
そして今回・・・
あのままではリリアは落ちていただろう。
それにここで騒がれても、何も良い事などない。それを自分が諫めたのだ。
それなのに、なぜ怖がられなくてはならない?
確かに自分はやり過ぎてしまう事があったかもしれない。
だが、そんな目を向けられる事はしていない。
「え、ええ!?わ、私なにか変な事言いましたか?」
「あははは・・・いやいや、なんでもないよ。あ、ほら、後ろ、娘ちゃん来たよ」
「ママー!」
ラクエルの視線が自分の後ろに向いたので、リリアも釣られて振り返る。
すると一歩遅れて手すりを上がって来たエマが、両手を広げながら走って抱き着いてきた。
「エマ、大丈夫?怖くなかった?」
「うん!お兄ちゃんと一緒だったから、エマ怖くなかったよ!ママは怖くなかった?」
自分とそっくりの金色の髪をした娘の頭を撫で、リリアは優しく微笑んだ。
「エマは強いね。ママは少し怖かったけど、ラクエルさんが助けてくれたから大丈夫だったよ」
そう言ってリリアがラクエルに顔を向ける。エマも母の視線を追うと、こちらを見ているラクエルと目が合った。エマはにっこりと笑うと、ラクエルの前まで歩いて行った。
「そうなんだ!お姉ちゃん、ママを助けてくれてありがとう!」
「・・・え、と・・・」
子供の素直な感謝の気持ちを向けられて、ラクエルは目をパチクリさせた。
こんなに純粋で真っ直ぐなお礼を言われた事は初めてである。
何と言葉を返していいか分からず口ごもっていると、リリアがエマの一歩後ろに立ち、ラクエルに笑いかけた。
「ラクエルさん、もしよかったら、エマを抱っこしてあげてください。この子、抱っこされるの大好きなんです」
「え!?ア、アタシが!?だ、抱っこ!?」
「はい。エマもラクエルさんに抱っこしてほしそうですし・・・あ、ご迷惑でしたか?」
「い、いやいや!そ、そんなんじゃないけど、で、でも、アタシ・・・アタシの事、怖くないの?」
残念そうに眉尻を下げるリリアに、ラクエルは両手を振って否定する。
「え、だって私を助けてくださったじゃないですか?怖くなんかありませんよ。ね?エマ」
「うん、エマ怖くないよ!お姉ちゃん抱っこ!」
両手を伸ばして抱っこをせがむエムを見て、ラクエルはそれまでの堂々とした様子は鳴りを潜め、恐る恐る遠慮がちに、エマの両脇を手を差し入れて抱き上げた。
「わーい!抱っこー!」
「こ、こうで・・・いいの?」
「うふふ、ラクエルさん、それでいいんですよ。エマも喜んでます」
「そ、そう?そうなんだ・・・そっか、喜んでんだ・・・はは」
ぎこちなく笑うラクエル。
まだ戸惑いが大きいが、その胸には感じた事のない温かなものが広がっていた。
そしてそんな三人を、少し離れて見つめていたフランクは、ラクエルに対してある懸念を持った。
最初に会った時に感じた違和感・・・そう、ラクエルさん・・・彼女は身なりが綺麗過ぎたんだ。
僕達は水を被り、油やら何やらでとにかく汚れている。怪我をしてる人も多い。
だけど、船がひっくり返っているにも関わらず、彼女だけ何もなかったかのようなんだ。
それに、さっきマイクさんを脅した、慣れた動きと躊躇いの無さ・・・・・
彼女はいったい何者だ?
「フランクさーん、そろそろ行きましょうー!」
ぼんやりしてしまったようだ。リリアさんが呼んでいる。
ラクエルさんの事は気になるが、あまり悪い方には考えないようにしよう。
リリアさんを助けてくれて、エマちゃんだって懐いている。それでいいじゃないか。
今はこの船から脱出する事だけを考えよう。
「はい、お待たせしました。では皆さん、先へ行きましょう」
僕は先頭に立つと、みんなを連れて上の階へと足を進めた。
しかし転覆した船の足場は当然悪く、まともな方法では上がっていけない。
一人づつ階段の手すりにしがみ付き、足をひっかけながら這うようにして登っているため、数十人が登り切るのには、時間がかかっていた。
先頭に立って案内していたフランクだが、今回は列の最後に回った。
それは浸水しているため、誰もが我先に上に行きたがっていたためだ。
そして緊急時には乗客を優先する、船員としての責任感である。
「エマちゃんは、お兄ちゃんがおんぶして登ろうか?」
当初フランク、エマとその母親を優先して先に行かせようとしたのだが、エマが怖がってしまった事と、フランクの傍が安心するように見えたため、母親がフランクに一緒に行かせてほしいと頼み、三人は列の最後に並んだのである。
「うん、エマはお兄ちゃんと一緒に行く!」
ニッコリと笑って自分の手をぎゅっと握ってくるエマに、フランクも笑顔を返す。
エマは5歳と言っていた。自分にエマくらいの娘がいたとしても何もおかしくない。
「フランクさん、すみません。大丈夫でしょうか?」
「あはは、安心してください。これでも鍛えてるので大丈夫ですよ。じゃあ、エマちゃん、お兄ちゃんの背中にしがみ付いてね。よし、リリアさんはそのシャツで、エマちゃんが落ちないように、僕とエマちゃんを縛ってください」
遠慮がちに声をかけてくるエマの母親リリアにも、フランクは笑顔で言葉を返し、あらかじめ脱いで渡しておいたシャツを指した。
「はい。じゃあエマ、ちょっとキツいかもしれないけど、我慢するのよ?フランクさんにちゃんと掴まっててね」
リリアは、フランクの背中にしがみ付く愛娘に、優しく、けれど言い聞かせるように念を入れて話す。
エマは背中にしがみついていても緊張しているらしく、うん、と返事をするがその声は硬い。
フランクとエマの体を縛り、簡単には外れない事を確認すると、フランクはリリアに先に行くように促した。
「僕はリリアさんのすぐ後ろを行きますから、心配しないでください。もしなにかあっても、絶対にフォローしますから」
フランクの力強い言葉に、リリアもコクリと頷くと、肩の下まである長い金色の髪を首筋で結び、階段の手すりに掴まって足をかけた。
船が転覆した事により、当然階段も逆さまになっている。
石段に足を乗せる事はできないため、手すりをよじ登るしかない。
もし手を滑らせてしまったなら、十数メートル下まで、全身を打ちつけながら落ちていくしかないだろう。そしてその落ちた先は、水と共に侵入してきた鮫で溢れかえっている。
落ちれば、鮫(ヤツ)らによって一瞬にして食い散らかされるだろう。
また、いつ船が揺れるかも分からない状況の中、不安定な体勢で手すりをたよりに登る。
そしてもし落ちれば鮫の餌食となってしまう。その恐怖は想像を絶するものだった。
「リリアさん、落ち着いて登れば大丈夫です。まだここまで水は来てません。ゆっくりでいいんです」
「はぁ・・はぁ・・は、はい。わ、分かりました」
リリアは白魔法使いである。
魔法使いの体力ではただでさえ厳しいのに、生きるか死ぬかの状況では、精神的な負担がなにより大きかった。
リリアのすぐ後ろを、エマを背負ったフランクが励ましながら、ゆっくりと進んでいる。
声掛けの力は大きい。
一人で登っているのではない。すぐ後ろで自分を見守ってくれている人がいると感じられる。
それがリリアの支えになり、恐怖で固まってしまいそうな体を、なんとか動かしていた。
「おい!なにをモタモタしておるか!?さっさとせんと水が来るぞ!平民風情がこの俺をいつまで待たせるつもりだ!」
リリア達が上の階までの半分程登ったところで、すでに登り終えているマイクが、階上のフロアからリリア達を睨み付け、怒鳴り声を上げた。
「ひっ!」
恐怖心を押し殺しながら懸命に上っていたリリアは、大声で威嚇して来るマイク身を強張らせた。
「コラァッツ!なにを止まっとるか!俺はさっさと登れと言ってるんだ!フランク!お前がいないと道が分からんのだぞ!なんでそんな女を先に登らせた!早く追い越して道案内をし・・・うっ!?」
「おじさんさぁ、ちょーーーっと、うっさいね。すこし黙ろうか?」
陶器のように白く細いその手に握られているのは、その肌に負けず劣らず、雪のように真っ白な刃のナイフだった。
そしてそのナイフをマイクの首にあてがうのは、ラクエル・エンリケス。
濃い金色の髪をした魔道剣士の女は、ゴミでも見るような蔑みの目をマイクに向けた。
「き、貴様!こ、この俺を誰だ・・・っ!」
「アタシ、少し黙ろうかって言ったよね?おじさんさぁ、さっきから超うるさいんだよねぇー、マジ耳が痛いんですけど、おじさんこそどうしてくれんの?迷惑料払ってくれんの?一憶イエン」
ラクエルのナイフが食い込み、首筋から血が流れると、マイクはその口を閉ざさるを得なかった。
全身から汗が噴き出たのは、ラクエルの本気を直感で悟ったからに他ならない。
この女は自分を本気で斬ると・・・・・
もしマイクが、警告を無視してあのまま叫び続ければ、ラクエルはマイクの首を斬り裂いていた。
脅しではない本気の殺意を感じ取れたからこそ、マイクそれ以上言葉を発する事ができなかったのだ。
「・・・そうそう、やーっと分かってくれたみたいだね。迷惑料を払えないんならさ、これ以上騒がずに黙ってなよね?・・・次はマジで殺すからね?」
ナイフを下げると、ラクエルは邪魔だと言うようにマイクを突き飛ばす。
あっけなく尻もちを着かされるマイクを見て、周囲で成り行きを見守っていた乗客達も、ラクエルがただの女ではないと感じ取り、得体のしれないものでも見るように、恐れの混じった目を向けた。
見た目は普通の女性と変わらない。特に筋力がありそうな体付きには見えない。
しかし、ナイフを躊躇なく喉にあてがい、脅し文句さえ口にするさまは、絶対に普通ではない。
そう思われて向けられる視線に、ラクエルは小さく舌を打った。
あーあ、またこの目かよ・・・・・
どいつもこいつも、どうしてそんな目でアタシを見んのさ?
あんたらに迷惑かけた?
むしろうるさい親父を黙らせたんだから、感謝してくれてもよくない?
ムカツクなぁ、一階にボートがあるってのは分かったんだから、もうこいつらと一緒に行かなくてもいいかな?
そもそも、場所分かるヤツがいた方が楽かな?って程度の感じだし・・・うん、別にもういっか。
とりあえず、このムカツク目で見て来るヤツらから殺して・・・
「あ、あの・・・ラクエルさん、でしたよね?」
「うん?・・・なに?」
ふいに背中にかけられた声に振り返ると、汗で濡れた髪を額にはりつかせ肩で息をする、見るからに疲労根倍のリリアが、膝に手を着いてラクエルに目を向けていた。
「あぁ、子連れのママさんじゃん?なに?アタシになんか用?」
「はぁ・・ふぅ・・は、はい・・・あの、ありがとうございました」
「・・・え?なんて?」
「その、大きな声では言えませんが、マイクさんを怒ってくれて・・・それで私、今の内だって登ってこれたんです・・・だから、ラクエルさんは恩人です。ありがとうございました」
マイクや他の人に聞こえないように、口を隠すように手を当て、リリアはラクエルの耳元で気持ちを話した。
「・・・ぷっ、あはははははは!なんだよソレー!ママさん見た目大人しいくせに、けっこう言うじゃん!?おもしろ過ぎ!」
お礼を言われるなんて考えもしなかったラクエルは、両手を打ち合わせて高らかに笑った。
力を見せると怖がられる。ラクエルは昔からそれが腹正しかった。
乱暴者を懲らしめたが、そこまでしなくてもと、助けた相手に怯えられた。
泥棒を捕まえたが、ボコボコにしたため、やりすぎだと周りに責められた。
因縁をつけられたの返り討ちにすると、まるで自分が襲ったかのように怯えられた
そして今回・・・
あのままではリリアは落ちていただろう。
それにここで騒がれても、何も良い事などない。それを自分が諫めたのだ。
それなのに、なぜ怖がられなくてはならない?
確かに自分はやり過ぎてしまう事があったかもしれない。
だが、そんな目を向けられる事はしていない。
「え、ええ!?わ、私なにか変な事言いましたか?」
「あははは・・・いやいや、なんでもないよ。あ、ほら、後ろ、娘ちゃん来たよ」
「ママー!」
ラクエルの視線が自分の後ろに向いたので、リリアも釣られて振り返る。
すると一歩遅れて手すりを上がって来たエマが、両手を広げながら走って抱き着いてきた。
「エマ、大丈夫?怖くなかった?」
「うん!お兄ちゃんと一緒だったから、エマ怖くなかったよ!ママは怖くなかった?」
自分とそっくりの金色の髪をした娘の頭を撫で、リリアは優しく微笑んだ。
「エマは強いね。ママは少し怖かったけど、ラクエルさんが助けてくれたから大丈夫だったよ」
そう言ってリリアがラクエルに顔を向ける。エマも母の視線を追うと、こちらを見ているラクエルと目が合った。エマはにっこりと笑うと、ラクエルの前まで歩いて行った。
「そうなんだ!お姉ちゃん、ママを助けてくれてありがとう!」
「・・・え、と・・・」
子供の素直な感謝の気持ちを向けられて、ラクエルは目をパチクリさせた。
こんなに純粋で真っ直ぐなお礼を言われた事は初めてである。
何と言葉を返していいか分からず口ごもっていると、リリアがエマの一歩後ろに立ち、ラクエルに笑いかけた。
「ラクエルさん、もしよかったら、エマを抱っこしてあげてください。この子、抱っこされるの大好きなんです」
「え!?ア、アタシが!?だ、抱っこ!?」
「はい。エマもラクエルさんに抱っこしてほしそうですし・・・あ、ご迷惑でしたか?」
「い、いやいや!そ、そんなんじゃないけど、で、でも、アタシ・・・アタシの事、怖くないの?」
残念そうに眉尻を下げるリリアに、ラクエルは両手を振って否定する。
「え、だって私を助けてくださったじゃないですか?怖くなんかありませんよ。ね?エマ」
「うん、エマ怖くないよ!お姉ちゃん抱っこ!」
両手を伸ばして抱っこをせがむエムを見て、ラクエルはそれまでの堂々とした様子は鳴りを潜め、恐る恐る遠慮がちに、エマの両脇を手を差し入れて抱き上げた。
「わーい!抱っこー!」
「こ、こうで・・・いいの?」
「うふふ、ラクエルさん、それでいいんですよ。エマも喜んでます」
「そ、そう?そうなんだ・・・そっか、喜んでんだ・・・はは」
ぎこちなく笑うラクエル。
まだ戸惑いが大きいが、その胸には感じた事のない温かなものが広がっていた。
そしてそんな三人を、少し離れて見つめていたフランクは、ラクエルに対してある懸念を持った。
最初に会った時に感じた違和感・・・そう、ラクエルさん・・・彼女は身なりが綺麗過ぎたんだ。
僕達は水を被り、油やら何やらでとにかく汚れている。怪我をしてる人も多い。
だけど、船がひっくり返っているにも関わらず、彼女だけ何もなかったかのようなんだ。
それに、さっきマイクさんを脅した、慣れた動きと躊躇いの無さ・・・・・
彼女はいったい何者だ?
「フランクさーん、そろそろ行きましょうー!」
ぼんやりしてしまったようだ。リリアさんが呼んでいる。
ラクエルさんの事は気になるが、あまり悪い方には考えないようにしよう。
リリアさんを助けてくれて、エマちゃんだって懐いている。それでいいじゃないか。
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