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【729 あなたの心を ②】
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レイラと同居するようになって半年が過ぎた。
村人達の半数は、相変わらず俺に対して厳しい目を向けている。
無理もない。日がな一日、閉じ籠っているだけの男なんて、不気味に思えるだろう。
村に溶け込みたいのならば、もっと外に出て顔を見せて、畑仕事を手伝うなり、山や川に行って獲物を狩りに行けばいいのだ。難しい事ではない。
昔の俺ならば積極的にそうしただろう。
だが今は、誰かのために何かしようという気はまるで起きなかった。
ただ一日一日をがむしゃらに、光魔法の研究だけを続けた。
光魔法が完成すればこの村を出ていく。
行き倒れていた俺を助けてくれた事には感謝しているが、必要以上に関わる必要はない。
それだけだった。
「バリオスさん・・・明日、お時間をいただけませんか?」
その日の晩、いつものように二人で食事をしていると、箸を置いたレイラがゆっくりと話し出した。
「・・・時間はあるが・・・」
レイラが俺に何かを頼む事は初めてだった。
「今日、村長の息子から呼び出されました。明日山に狩りに行くから、バリオスさんも同行するようにと。村に住んでいるのだから、村のために働くべきだと・・・」
「最初に渡した宝石を売れば、村もずいぶん潤うと思うが?」
俺はこの村に流れ着いた時に、身に着けていた装飾品の一つを村長に渡していた。
レイラの家に世話になっているが、村人達への挨拶とお礼を兼ねてだ。
俺一人の宿代で考えれば、一年分は軽く見積もれる。
しかしレイラは首を横に振った。
「多分、感情的な問題なんです。一日家に閉じこもっているバルデスさんが、気に入らないのでしょう。あの人は昔からそうでしたから・・・」
「俺が気に入らないのならば、いつでも出ていくぞ」
そう答えると、少しだけ空気が緊張して冷たくなった。
「・・・ここを出て、あなたはどこで羽を休めるのですか?」
いつ出て行ってもいい。この村には未練も情も何もない。
そう思っていた・・・・・
だが、俺をまっすぐに見つめるレイラを前にして、かすかな迷いが生まれた。
レイラはもう一度、ゆっくりと口を開いた。
「もう・・・あなたの傷は癒えたのですか?」
あまり感情の起伏の無いレイラの、黒い瞳が微かに揺れたように見えた。
心の内を読み取れるような器用な事はできないが、どこか寂し気に見えるその瞳に、俺も箸を置いてレイラを正面から見つめ返した。
「・・・・・そうだな・・・もう少しだけ、ここで雨宿りさせてもらうよ」
「・・・・・はい。それがいいでしょう。雨が止むには時間がかかりますから・・・」
俺はここに少しの間だけ、心と体を休めに来ただけだ。
いずれ雨が上がれば出ていく。
けれどまだ雨が止まないのだから、もう少しだけ屋根を借てもいいだろう。
だが・・・この雨は本当に止む日が来るのだろうか?
あの日から降り止まない雨に、心は冷え切っている。
なんの楽しみも無く、ただ魔法の研究だけをして疲れたら眠る。その繰り返しの生活だ。
生ける屍とは俺のような人間を指すのかもしれない。
「・・・それでは、私は後かたずけをして、休ませていただきます」
いつもと同じ言葉を口にして、レイラは食器を手に取り集める。
「・・・自分で片づけるよ」
ほんの気まぐれだった。
俺が自分の食器を持って立ち上がると、レイラはこちらに伸ばしかけた手を止めて、意外そうに目を開いた。
この半年の間、俺は自分の食器を片した事など一度もない。
居候の身で我ながら駄目人間だと思う。レイラがそんな俺をどう思っていたか分からないが、この表情を見る限り、予想外だったのは間違いない。
「・・・はい、ではお願いします」
ほんの少しだが、レイラの口元に笑みが浮かんだように見えた
俺は小さく頷いてキッチンへと食器を運んだ
たったこれだけの事だが、俺とレイラの距離が近づいたように感じられた
村人達の半数は、相変わらず俺に対して厳しい目を向けている。
無理もない。日がな一日、閉じ籠っているだけの男なんて、不気味に思えるだろう。
村に溶け込みたいのならば、もっと外に出て顔を見せて、畑仕事を手伝うなり、山や川に行って獲物を狩りに行けばいいのだ。難しい事ではない。
昔の俺ならば積極的にそうしただろう。
だが今は、誰かのために何かしようという気はまるで起きなかった。
ただ一日一日をがむしゃらに、光魔法の研究だけを続けた。
光魔法が完成すればこの村を出ていく。
行き倒れていた俺を助けてくれた事には感謝しているが、必要以上に関わる必要はない。
それだけだった。
「バリオスさん・・・明日、お時間をいただけませんか?」
その日の晩、いつものように二人で食事をしていると、箸を置いたレイラがゆっくりと話し出した。
「・・・時間はあるが・・・」
レイラが俺に何かを頼む事は初めてだった。
「今日、村長の息子から呼び出されました。明日山に狩りに行くから、バリオスさんも同行するようにと。村に住んでいるのだから、村のために働くべきだと・・・」
「最初に渡した宝石を売れば、村もずいぶん潤うと思うが?」
俺はこの村に流れ着いた時に、身に着けていた装飾品の一つを村長に渡していた。
レイラの家に世話になっているが、村人達への挨拶とお礼を兼ねてだ。
俺一人の宿代で考えれば、一年分は軽く見積もれる。
しかしレイラは首を横に振った。
「多分、感情的な問題なんです。一日家に閉じこもっているバルデスさんが、気に入らないのでしょう。あの人は昔からそうでしたから・・・」
「俺が気に入らないのならば、いつでも出ていくぞ」
そう答えると、少しだけ空気が緊張して冷たくなった。
「・・・ここを出て、あなたはどこで羽を休めるのですか?」
いつ出て行ってもいい。この村には未練も情も何もない。
そう思っていた・・・・・
だが、俺をまっすぐに見つめるレイラを前にして、かすかな迷いが生まれた。
レイラはもう一度、ゆっくりと口を開いた。
「もう・・・あなたの傷は癒えたのですか?」
あまり感情の起伏の無いレイラの、黒い瞳が微かに揺れたように見えた。
心の内を読み取れるような器用な事はできないが、どこか寂し気に見えるその瞳に、俺も箸を置いてレイラを正面から見つめ返した。
「・・・・・そうだな・・・もう少しだけ、ここで雨宿りさせてもらうよ」
「・・・・・はい。それがいいでしょう。雨が止むには時間がかかりますから・・・」
俺はここに少しの間だけ、心と体を休めに来ただけだ。
いずれ雨が上がれば出ていく。
けれどまだ雨が止まないのだから、もう少しだけ屋根を借てもいいだろう。
だが・・・この雨は本当に止む日が来るのだろうか?
あの日から降り止まない雨に、心は冷え切っている。
なんの楽しみも無く、ただ魔法の研究だけをして疲れたら眠る。その繰り返しの生活だ。
生ける屍とは俺のような人間を指すのかもしれない。
「・・・それでは、私は後かたずけをして、休ませていただきます」
いつもと同じ言葉を口にして、レイラは食器を手に取り集める。
「・・・自分で片づけるよ」
ほんの気まぐれだった。
俺が自分の食器を持って立ち上がると、レイラはこちらに伸ばしかけた手を止めて、意外そうに目を開いた。
この半年の間、俺は自分の食器を片した事など一度もない。
居候の身で我ながら駄目人間だと思う。レイラがそんな俺をどう思っていたか分からないが、この表情を見る限り、予想外だったのは間違いない。
「・・・はい、ではお願いします」
ほんの少しだが、レイラの口元に笑みが浮かんだように見えた
俺は小さく頷いてキッチンへと食器を運んだ
たったこれだけの事だが、俺とレイラの距離が近づいたように感じられた
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