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815 ルナの話し ④
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「この通路は研究者はあまり使わないんだ。外へ通じているけれど、施設の裏に出るだけだから、ゴミ捨てくらいでしか使われないからね。さぁ、行こう」
部屋を出た私とイリーナは、ロット様の後に付いて歩いた。
いつも実験室へ行くだけで、決まった通路を行き来する事しかしなかったから、ゆっくり回りを見る事なんてなかった。もっとも、見る程の物は何もないのだけれど。
それでもずっと同じ部屋、同じ通路だけを見て来た私には、道が一本違うだけでもとても大きな事なのだ。
「・・・ずいぶん殺風景よね」
私が辺りをきょろきょろ見ていると、隣を歩くイリーナが前を向いたまま話し出した。
「照明は明るいけれど、それだけよね。ずっと石壁ばかり。部屋があっても外からは中が覗けない。本当に研究のためだけの施設って感じだわ」
「うん、私も同じ事思ってた。ここは本当に冷たくて寂しい場所だよね・・・」
小さな声で話しているつもりでも、やけに大きく聞こえるのは、それだけ辺りが静まり返っているからだろう。通路を歩く自分達の靴の音でさえ、大丈夫だろうか?もし誰かに聞かれたらと心配になる。
そんな私の不安を察してか、ロット様は私に顔を向けて小さく笑った。
「今はほとんどの研究者と、軍の幹部が会議室に集まっているから、少しの物音くらいは大丈夫だろう。安心していいよ」
「あ、はい・・・すみません。怖がりで・・・」
「いや、怖くて当然さ・・・こんな場所・・・」
笑顔を作って見せたけど、弱弱しい感じだったのだろう。
ロット様は首を横に振って、私の肩に優しく手を置いた。こんな場所、そう呟いたロット様の表情は、本当にこの場所を忌み嫌っているように厳しいものだった。
外へはすぐに出る事ができた。
もし見つかったら・・・そう怖がっていた事がバカみたいにあっさりとだった。
「午後の三時か、日が暮れるまでにはまだ大分時間があるな・・・」
ロット様は空を見上げた。
この日も大雨が降りそうな曇り空だった。私がここに来た日と同じ暗い空・・・・・
この研究施設は城から少し外れた場所にあり、辺りは樹々に囲まれた静かで落ち着いた場所だった。
身を隠すには都合がいいけれど、見方を変えれば何か起きても誰にも気づかれない。
そんな隔離された場所だった。
「ロット様、私達はどこに行くのがいいでしょうか?」
逃げると言ってもあてがあるわけではない。
イリーナの言う通り、私達は身を寄せる場所がないのだ。
「・・・私も他国にあまり知り合いがいなくてね。唯一付き合いのある、アロル・ヘイモンという男がロンズデールにいたのだけれど、昨年亡くなってしまってね・・・・・クインズベリーに行きなさい。あそこは代替わりをして、今は女王が国を治めている。評判も良いから、帝国から来たというだけで無碍に扱われる事もないだろう。話しくらいは聞いてもらえるさ」
「クインズベリー・・・」
名前は知っている。けれど帝国から出た事の無い私達には、とても遠くて想像もできない国だった。
「ここから東に行きなさい。二日も歩けば、ラーウンドという大きな町に着くだろう。そこでクインズベリー行きの乗合馬車に乗るんだ。後は馬車を乗り継いで行けばクインズベリー国の首都、エバーラストに着くだろう。首都に着いたらすぐに城に行って保護してもらうんだ。大丈夫、キミ達には闇の巫女としての力がある。自分の存在価値を知らしめれば、きっと護ってくれるだろう」
そう言ってロット様は、イリーナに革の袋を握らせた。
「道中の費用が入っている。これだけあれば十分に足りるはずだ」
袋の中を覗いて、イリーナは目を丸くした。
その表情を見ると、相当な金額が入っているようだ。
一瞬返そうとしたように見えたけど、お金が無ければ逃げる事はできない。イリーナは目を伏せてそのまま皮袋を胸に抱いた。
「・・・ロット様、本当に何から何までありがとうございます」
今まで優しくしてくれた事、あの部屋から連れ出してくれた事、そして私達が困らないようにとお金まで出してくれた事、精一杯の感謝を込めて、私達は深く頭を下げた。
「・・・さっき、なんで自分達に親切にしてくれるのかって、聞いたね?」
私達はロット様の言葉に顔を上げた。それは外に出る前に、イリーナが聞いた話しだった。
ちゃんとした答えは聞けていなかったけれど、なぜ今この話しが出るのだろう?
ロット様は悲しみに染まった顔で私達を見つめていた。
「・・・私はね、これでも結婚した事があるんだ。娘も二人授かってね・・・双子でとても可愛かった」
初めて聞く話しだった
歴史の研究に人生を捧げた人という印象が強くて、勝手に独身だと思い込んでいた。
私達の驚きをよそに、ロット様は話しを続けた。
「娘達が10歳の時、馬車の事故にあってね・・・・・私は研究で家を空ける事が多くてね・・・報せを受けてから急いで帰ったんだが・・・死に目には会えなかった」
目を瞑って話すロット様の声は、少し震えて聞こえた。
本当なら思い出す事も辛い記憶のはずだ。けれどロット様がどんな想いでこの話しをしてくれるのか、私達は最後まで受け止めなければいけないと思い、言葉を挟まずに最後まで耳を傾けた。
「・・・妻には愛想を尽かされたよ。娘の最期にも駆けつけられないくらい、研究で忙しかったのかって・・・仕事を言い訳にするつもりはなかった。娘の最期を一人で看取った彼女には、感情をぶつける相手が必要だったんだ・・・・・それから私はずっと一人で研究に生きてきた・・・・・」
ロット様は少し膝を曲げて、私とイリーナに目を合わせると、とても悲しそうに、けれどとても優しく微笑んだ。
「もし娘達が生きていれば、今年で二十歳だった。キミ達を見ていると、娘達を思い出すんだ・・・あの時は間に合わなかった。だから今度は助けたい・・・キミ達を助けるのは、私の勝手な自己満足に過ぎない。だから、私の事は気にしないで行きなさい。いいかい、二度と帝国に戻って来てはいけないよ」
そう言って私達を送り出してくれた。
ロット様の目には、少しだけ涙が浮かんでいたように見えた。
自己満足と言っていたけれど、それだけでここまでできるなんて思えない。
娘さんと私達を重ねていたとしても、私達を救ってくれた事に変わりはない。
私達はこんなに大切に想われていたんだ・・・・・
「さぁ、行きましょうルナ」
「・・・うん!」
私達は何度も振り返った。少しづつロット様の姿が小さくなって離れていくけれど、ロット様は私達の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
辛くて悲しい思いでばかりの五年間だったけれど、ロット様に出会えた事は、私の心に温かい光となって残っている。
部屋を出た私とイリーナは、ロット様の後に付いて歩いた。
いつも実験室へ行くだけで、決まった通路を行き来する事しかしなかったから、ゆっくり回りを見る事なんてなかった。もっとも、見る程の物は何もないのだけれど。
それでもずっと同じ部屋、同じ通路だけを見て来た私には、道が一本違うだけでもとても大きな事なのだ。
「・・・ずいぶん殺風景よね」
私が辺りをきょろきょろ見ていると、隣を歩くイリーナが前を向いたまま話し出した。
「照明は明るいけれど、それだけよね。ずっと石壁ばかり。部屋があっても外からは中が覗けない。本当に研究のためだけの施設って感じだわ」
「うん、私も同じ事思ってた。ここは本当に冷たくて寂しい場所だよね・・・」
小さな声で話しているつもりでも、やけに大きく聞こえるのは、それだけ辺りが静まり返っているからだろう。通路を歩く自分達の靴の音でさえ、大丈夫だろうか?もし誰かに聞かれたらと心配になる。
そんな私の不安を察してか、ロット様は私に顔を向けて小さく笑った。
「今はほとんどの研究者と、軍の幹部が会議室に集まっているから、少しの物音くらいは大丈夫だろう。安心していいよ」
「あ、はい・・・すみません。怖がりで・・・」
「いや、怖くて当然さ・・・こんな場所・・・」
笑顔を作って見せたけど、弱弱しい感じだったのだろう。
ロット様は首を横に振って、私の肩に優しく手を置いた。こんな場所、そう呟いたロット様の表情は、本当にこの場所を忌み嫌っているように厳しいものだった。
外へはすぐに出る事ができた。
もし見つかったら・・・そう怖がっていた事がバカみたいにあっさりとだった。
「午後の三時か、日が暮れるまでにはまだ大分時間があるな・・・」
ロット様は空を見上げた。
この日も大雨が降りそうな曇り空だった。私がここに来た日と同じ暗い空・・・・・
この研究施設は城から少し外れた場所にあり、辺りは樹々に囲まれた静かで落ち着いた場所だった。
身を隠すには都合がいいけれど、見方を変えれば何か起きても誰にも気づかれない。
そんな隔離された場所だった。
「ロット様、私達はどこに行くのがいいでしょうか?」
逃げると言ってもあてがあるわけではない。
イリーナの言う通り、私達は身を寄せる場所がないのだ。
「・・・私も他国にあまり知り合いがいなくてね。唯一付き合いのある、アロル・ヘイモンという男がロンズデールにいたのだけれど、昨年亡くなってしまってね・・・・・クインズベリーに行きなさい。あそこは代替わりをして、今は女王が国を治めている。評判も良いから、帝国から来たというだけで無碍に扱われる事もないだろう。話しくらいは聞いてもらえるさ」
「クインズベリー・・・」
名前は知っている。けれど帝国から出た事の無い私達には、とても遠くて想像もできない国だった。
「ここから東に行きなさい。二日も歩けば、ラーウンドという大きな町に着くだろう。そこでクインズベリー行きの乗合馬車に乗るんだ。後は馬車を乗り継いで行けばクインズベリー国の首都、エバーラストに着くだろう。首都に着いたらすぐに城に行って保護してもらうんだ。大丈夫、キミ達には闇の巫女としての力がある。自分の存在価値を知らしめれば、きっと護ってくれるだろう」
そう言ってロット様は、イリーナに革の袋を握らせた。
「道中の費用が入っている。これだけあれば十分に足りるはずだ」
袋の中を覗いて、イリーナは目を丸くした。
その表情を見ると、相当な金額が入っているようだ。
一瞬返そうとしたように見えたけど、お金が無ければ逃げる事はできない。イリーナは目を伏せてそのまま皮袋を胸に抱いた。
「・・・ロット様、本当に何から何までありがとうございます」
今まで優しくしてくれた事、あの部屋から連れ出してくれた事、そして私達が困らないようにとお金まで出してくれた事、精一杯の感謝を込めて、私達は深く頭を下げた。
「・・・さっき、なんで自分達に親切にしてくれるのかって、聞いたね?」
私達はロット様の言葉に顔を上げた。それは外に出る前に、イリーナが聞いた話しだった。
ちゃんとした答えは聞けていなかったけれど、なぜ今この話しが出るのだろう?
ロット様は悲しみに染まった顔で私達を見つめていた。
「・・・私はね、これでも結婚した事があるんだ。娘も二人授かってね・・・双子でとても可愛かった」
初めて聞く話しだった
歴史の研究に人生を捧げた人という印象が強くて、勝手に独身だと思い込んでいた。
私達の驚きをよそに、ロット様は話しを続けた。
「娘達が10歳の時、馬車の事故にあってね・・・・・私は研究で家を空ける事が多くてね・・・報せを受けてから急いで帰ったんだが・・・死に目には会えなかった」
目を瞑って話すロット様の声は、少し震えて聞こえた。
本当なら思い出す事も辛い記憶のはずだ。けれどロット様がどんな想いでこの話しをしてくれるのか、私達は最後まで受け止めなければいけないと思い、言葉を挟まずに最後まで耳を傾けた。
「・・・妻には愛想を尽かされたよ。娘の最期にも駆けつけられないくらい、研究で忙しかったのかって・・・仕事を言い訳にするつもりはなかった。娘の最期を一人で看取った彼女には、感情をぶつける相手が必要だったんだ・・・・・それから私はずっと一人で研究に生きてきた・・・・・」
ロット様は少し膝を曲げて、私とイリーナに目を合わせると、とても悲しそうに、けれどとても優しく微笑んだ。
「もし娘達が生きていれば、今年で二十歳だった。キミ達を見ていると、娘達を思い出すんだ・・・あの時は間に合わなかった。だから今度は助けたい・・・キミ達を助けるのは、私の勝手な自己満足に過ぎない。だから、私の事は気にしないで行きなさい。いいかい、二度と帝国に戻って来てはいけないよ」
そう言って私達を送り出してくれた。
ロット様の目には、少しだけ涙が浮かんでいたように見えた。
自己満足と言っていたけれど、それだけでここまでできるなんて思えない。
娘さんと私達を重ねていたとしても、私達を救ってくれた事に変わりはない。
私達はこんなに大切に想われていたんだ・・・・・
「さぁ、行きましょうルナ」
「・・・うん!」
私達は何度も振り返った。少しづつロット様の姿が小さくなって離れていくけれど、ロット様は私達の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
辛くて悲しい思いでばかりの五年間だったけれど、ロット様に出会えた事は、私の心に温かい光となって残っている。
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