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1094 宴会 ③

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「ジーン君、ケイトちゃん、本当におめでとう!」

リンジーは二人が結婚するという話しを聞いて、まるで自分の事のように表情を輝かせた。

「リンジーさん、ありがとう。なかなかふんぎりがつかなくて、ケイトをずっと待たせてたんだけど、戦争が始まる前に一緒になりたいって思ったんです」

ジーンは少し照れたように指先で頬を掻いた。
そして隣に座るケイトが向けてくる、ジっとした視線に気が付いて顔を向けた。


「ジーン、結婚決めてくれたのはすごく嬉しいよ。それでね、一つだけ言っておきたいんだ。これからはあれこれ難しく考えないで。ジーンはアタシがジーンに依存してるって思って、結婚を先延ばしにしてたでしょ?」

「え、いや・・・」

「隠さなくていいよ。実際最初の頃はそうだったと思う。ロンズデールにいた二年間は正直辛かったし、毎日ジーンとの思い出ばかり夢に見てた。クインズベリーで再会して、レイジェスで雇われても、ずっとジーンにくっ付いてたし、確かに依存だよねって自分でも思うし・・・」

そこまで話すと、ケイトはトレードマークの黒い鍔付きのキャップを脱いだ。
押さえられていたベージュ色の髪がふわっと飛び出し、ケイトは軽く頭を振った。

「あ~、やっぱクセになっちゃてる」

そして手櫛で髪を掻き分けて形を整えると、あらためてジーンの顔を見つめた。


「ジーン・・・アタシはもう大丈夫だよ。依存なんてしてない。レイジェスで働いてさ、みんなと仲良くなれたからね。最近は楽しい事ばっかりで、あの頃の夢も見なくなったんだよ。だからさ、アタシは純粋にジーンが好きなだけなの。ジーンにも、ちゃんとアタシを見てほしい。変な同情はいらないからね?」

宣言するように、右手の人指し指をジーンに向けて、ケイトはニコリと笑った。


「・・・ケイト」


そうか・・・いつの間にかケイトは、過去を乗り越えていたんだ。

ケイトの言う通り、僕はケイトがずっと僕に依存していると思っていた。
僕がケイトを護らなければと思っていたのも、確かにケイトの過去が関係している。
それが理由で、結婚を躊躇していた事は否定できない。
弱っている心に漬け込むようで、嫌だったからだ。

これは僕が悪い。僕がケイトにちゃんと説明していなかったからだ。
結婚しようって言葉だけじゃ、伝わらない事もある。ケイトが望んでいる関係はもっと対等なものなんだ。


「ケイト・・・聞いてほしい。僕は同情や義務で、ケイトとの結婚を決めたわけじゃないよ。確かに以前そういう気持ちもあった事は否定できないけど、今は違う。明るくて、料理が上手で、いつも笑顔で元気をくれるケイトが好きなんだ。だから結婚してずっと一緒にいたいって思ったんだよ。ケイト、あらためて言わせてくれ・・・僕と結婚してください」

ケイトの手を両手で包み込み、真っ直ぐに目を見て気持ちを伝えた。


「嬉しい・・・嬉しいよ、ジーン。もちろんだよ、これからもずっと一緒にいようね」


大輪の花を咲かせたような、心からの笑顔でケイトはジーンを受け入れた。

もう過去は振り返らない。過去には縛られない。
ケイトはジーンと共に、新しい人生を歩むと決めた。


「フフフ、なんだか妬けちゃうな・・・二人とも、本当にお似合いだね」

すっかり二人の世界に入ったジーンとケイトを、リンジーは微笑ましく眺めていた。






「ねぇ、あんた、ファビアナでいいんだよね?ロンズデールのお姫様なんだって?」

「あ、えっと・・・はい、一応そうです。王位継承権は放棄しましたし、王女教育もほとんど受けていないので、お姫様なんて呼ばれるものでもないですけど・・・父は国王なので、王女には間違いありません」

あちこちのグループを回ったアゲハは、最後にまだ一度も話していないファビアナと向き合っていた。

ファビアナも以前は誰ともあまり話せなかったため、今は交流を広めようと、レイジェスの面々と話して回っていた。

そして二人は最後にばったりと遭遇したのだった。


「ふ~ん・・・ねぇ、よかったら話さない?」

ファビアナの説明を聞いて、アゲハは腕を組んで頷くと、視線を脇のテーブルに向けた。

「あ、はい、もちろんです。えっと、では座りましょうか」

アゲハが誘うと、ファビアナも二つ返事で応じ、二人は同じタイミングで腰を下ろした。


「ん~・・・あ、これまだ栓抜いてない。グラスは・・・あったあった。ファビアナ、レモン水飲める?」

「あ、はい、飲めます。すみません、ありがとうございます」

透明の液体が入ったグラスを手渡され、ファビアナはお礼を言って受け取った。


「・・・いい国だよね、ここ」

「はい、私もそう思います。ロンズデールは水の精霊の加護を受けているから、綺麗な海と海産物に恵まれています。でもこのクインズベリーは土の精霊の加護があるから、緑豊かだし、栄養たっぷりの土で育った作物がとても美味しいですよね」

「そうそう、ロンズデールの水、クインズベリーの土、どちらもお互いの国を豊かにしてくれる。精霊の加護は本当に素晴らしいよね。でもさ、帝国の火の精霊はちょっと違う・・・」

「火の、精霊・・・」

アゲハはグラス一杯のレモン水を半分程飲むと、前を向いたまま話しを続けた。

「・・・そう、火の精霊・・・私は帝国にいたからね、よく知ってるよ。火の精霊の加護で、帝国は燃料資源や鉄が本当によく採れる。土の精霊の加護があるから、クインズベリーもそこそこ採れるみたいだけど、帝国とは比べ物にならない。使い放題使っても、まだ余りある・・・そのくらいの量だよ。だからこそ、兵士の訓練に使う鉄にも事欠かなかった。そしてそれが、帝国が大陸最強の軍事国家として栄えている理由でもある」

「・・・はい、そして火の精霊は、非常に好戦的です。一般人にはあまり関係はありませんが、軍に入った兵士達は、その影響から攻撃的になります。だからまず退く事は無いし、死を恐れずに向かって来るから気迫が違う。帝国の兵士は一人一人が精鋭という事ですね」


「うん、その通り。説明は不要だったね」

「あはは、勉強しました。帝国と戦うんだから、帝国についても知っておかなきゃって・・・今までなんとなくでしか知らなかった事も、しっかり学ぶとその本質がよく分かる。だから帝国の強さの理由も、分かったつもりです」

ファビアナはクルーズ船での戦いの後、帝国との戦争に備えて、一から魔法を学び直し、帝国の歴史や状勢についても調べていたのだ。
人の顔色を伺い、おどおどとしていたあの頃とはもう違う。
ファビアナは国の未来を想う一人の民として、帝国と戦う覚悟を決めていたのだ。


「・・・お姫様だって聞いてたから、帝国とどう立ち向かうつもりなのかなって思ったんだけど、何も心配いらなかったみたいだね。ごめん、ちょっとあんたの事見くびってた。箱入りかと思ったら、全然そんな事なかった」

アゲハはファビアナの紫色の瞳を見つめ、そこに一切の迷いがない事を見て取ると、瞳を閉じて小さく頭を下げた。

「いえ、そんな事ありますよ・・・だって、少し前まで私は本当に憶病でダメダメでしたから。でも、変わらなきゃって思ったんです。もう甘えてばかりいられないから・・・アゲハさん、お互い頑張りましょうね」

アゲハが元帝国軍だという事は聞いているのだろう。
過去を振り返らず今を見て戦おう、そう言われているような気がして、アゲハは笑った。

「あはは、そうだな・・・帝国の裏切り者と、臆病者、お互い頑張らなきゃだよね・・・」

「ありがとうございます。あ、お腹いっぱいかもしれませんが、飲んでるだけなのもなんですし、少し食べませんか?」

ファビアナの空いたグラスに、アゲハがレモン水を注ぎ足すと、ファビアナは大皿に残った料理を取り始めた。

「ん、そうだね~・・・あ、じゃあそこの、きゅうりの漬物ちょうだい」

「あ、はい、これですね。私は・・・だし巻き卵にしよっと」


それから二人は他愛のない話しも交えながら、国の事やこれからの戦争の事など、多くを話し合った。

帝国を抜け、新しい国で一から生き方を探しているアゲハ。

過去の自分と決別し、国を護るために戦い始めたファビアナ。


どこか他人と思えない。

そしてどこか通じるものがある二人は、夜が更けても話しこんだ。
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