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二章

二十一話

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「なぁ、知ってるかRAIN」


 得物である刀で竜もどきを斬りつけながら、夕凪が問う。
 舞う血しぶき、飛沫が上がる。


 もう何十回倒したか。
 数えるのがバカらしくなる程に周囲には血が蔓延している。
 鼻が曲がるような鉄臭い強烈な異臭。
 それでも俺と、夕凪。楓とレクスは敵を倒し続ける。


「何を?」
「このヘンテコな世界になってから新しくギルドが立ち上がったらしいぜ」
「へぇ……」
「ギルド名は【救済の手】。痛覚云々で戦うのが怖くなったり、早くログアウトをしたい。そんな人らの為に作られたギルドなんだとよ」
「……どうしてそんな話を俺に?」


 竜もどきの体内に含まれる核を破壊し、再びモンスターが血に沈む。
 ギルドを始めとしてパーティーすら嫌う夕凪がまさか、そのギルドに入れと勧めるわけはないだろうしと、意図を計りかねていた。


「いや、なに。【血濡れ】のヤツとひと月くらい前に会ってな。強い者は救済する事が義務なんだと【救済の手】のヤツに説かれ、腹が立っちまったらしく血祭りにあげたらしい」
「あの人らしいな」
「で、そのせいでほかの【sacred】メンバーに逆恨みしてくるヤツが出てくるかもしれねえって事で注意勧告だな」
「そりゃどーも」
「お前も一応気をつけとけよ、ちょっときなくせえ」


 ピクリと片眉が跳ねる。
 普段は色々と抜けているところがある夕凪であるが、人生経験故か、なんだかんだと勘が鋭い。


「【血濡れ】の話を聞くに、最早連中は宗教に近いナニカになりつつある状態だったらしい。しかも、そこのギルドマスターは〝ティルナ討伐〟にも参加してたとか。信頼はそこそこ厚いらしいぜ」
「ふむ……」
「杞憂ならいんだけどな。どうにも胸騒ぎがする。何か起こるんじゃねえかって。つーわけで、これを渡しとく」


 インベントリから取り出したのか。
 虚空から現れる2つのスクロール。
 使い魔とは少し形状が違う。恐らくこれは、


「居場所探知のスクロール、か」
「そ、俺と【血濡れ】の分だ。今後、何かあるかもしれねえし一応持っとけ」
「……助かる」


 居場所探知のスクロール。
 【イニティウムオンライン】時代に使われていた、本来の所有者の居場所を明らかにする少し変わったスクロール。
 【sacred】のメンバーは一匹オオカミ状態の者が大半を占めているはずなのでこういった事は重要だろう。


 俺は受け取った2つのスクロールをインベントリに納め、代わりにとばかりに俺の居場所探知スクロールを3つほど取り出し、夕凪に差し出す。


「そう言う事なら俺の分も持っててくれ。余分な2つは出会った誰かに渡してもらえると助かる」
「はいよ、任された」


 そんな会話をしてる間にも、竜もどきは再生を再び繰り返す。


「コイツ、どんだけストックあるんだよ……ん?」


 しかし、普段とは何かが違った。
 詳しく言うなら再生具合が。
 今までであれば竜を象るように変形していたはずが、球体へと変わっていく。
 明らかに今までとは異なっていた。


「レクスッ!! コイツさっきので何回死んでた?!」
「ちょうど150です!」


 時間にして1時間と少し。
 難しいクエストと噂されていた割に個体個体の強さは弱く、疑念を抱いていた。が、球体に象っていく様子を眺め、先程までのは前哨戦だったと判断し、気を引き締める。
 それと同時に押し寄せる不安。
 身に覚えのある不安が脳裏をよぎる。


「なぁ、夕凪さん」
「おいやめろ。フラグ立てんじゃねえ」


 おそらく、夕凪も気づいている。
 あの球体に見覚えがあるという事に。
 だけど俺の口は止まらない。


「あの球体、俺見た事あるような気がするんだよねえ」


 目にしたのは1年ほど前か。
 防御する時は球体のようなものを一瞬で創造し、攻撃する際は少年のような姿で戦っていたどこかの闘神さま。


 五分おきにHPや攻撃力といった基本ステータスが1.5倍に跳ね上がるといったチート機能持ちのボス。
 いや、でも流石にアレは倒したし、しかもこれはパーティークエスト。あんなぶっ壊れ性能のボスを4人で倒すなんて無理極まり過ぎる。俺の中の記憶はあの球体を知っているものと捉えているが、感情は冷静に分析し、その結論を否定していた。


「気のせいだ。逃げる準備始めるぞRAIN」
「その言い方、アンタもめっちゃ心当たりあるんだろおい……」
「とりあえず逃げるに限る。37人でもいっぱいいっぱいだったってのに4人で挑むとか無謀過ぎんだろ。さっさと転移アイテム出しとけ」
「……いや、少しだけ待ってくれ」


 考えが巡る。
 このクエストはパーティー用。
 難しいと噂するだけあって難しいんだろう。
 だが、本当に1月ストーリーボスであった〝闘神バラン〟討伐クエストなら難しいどころの話じゃない。しかも4人で。
 無理ゲーも良いとこだ。
 とすれば、目の前の球体は〝闘神バラン〟であって〝闘神バラン〟出ない可能性も生まれてくる。


 たとえば、パーティー用に弱体化した〝闘神バラン〟、とか。
 しかし、その考えに賭けて違いました。では逃げるタイミングを失いバッドエンド一直線。
 であるならば。


「おいおい、アルカナム爆弾取り出してんじゃねえよ危ねえだろうが……」
「本当にこれが〝バラン〟ならまだ時間はある。一応、少しでもダメージ与えておいた方が良いだろ」


 インベントリから取り出したのは【イニティウムオンライン】随一の爆薬アイテム。
 アルカナム爆弾。


 半径50mの物体を粉々にぶっ飛ばすといった効果を持ち、無差別に破壊するといった短所ゆえにそれを補う為もあって威力は相当。
 それがぎっしりと敷き詰められた一辺50cm程の木箱を球体に変形しつつある物体周囲に数十と設置していく。
 加えて、毒ガス効果を持つアイテムが詰め込まれた木箱も同様に複数個配置。


「あ、悪魔が此処に居るぞ……」


 夕凪が何かを言っていたがあえて無視し、火炎瓶を追加で設置。
 現実世界で言うならば、ガソリンのような役割を果たすのが火炎瓶である。アルカナム爆弾と一緒に使用すれば効果は約1.5倍と公式のお知らせにも書いてあった。
 それは間違いない。


「さ、準備は整った。転移するぞ夕凪さん」
「……なんかさ。俺わかった気がするわ。silkyがお前を気に入った理由。その容赦なさが琴線に響いたんだろうな。うん」


 転移前に設置魔法を行使し、転移後数秒後に爆発する仕組み。
 しかも、アルカナム爆弾数十もの量に加え、威力upの為に火炎瓶を追加。さらに毒ガスが込められた木箱すら数個設置。
 仲間がいる際は行うことが出来ない爆発オンパレードであるが、転移するならば問題はない。


 しかも、アルカナム爆弾は決して安いアイテムではない。
 それを迷わず使用するそこに夕凪はsilkyが惹かれたのであろう容赦なさを見ていた。


 ボコボコと沸騰するように肉片が集約し、球体に変形していた物体の動きがやがて収まっていく。


「ほらっ、楓とレクスもこれ使え」


 インベントリから3つ転移クリスタルを取り出し、内2つを2人に向けて投げ渡す。


「わわっ、と…」


 危なげに楓が落としかけるも、キャッチ。
 その際にも夕凪は既に転移クリスタルを使用したのか、クリスタルは砕け、身体を薄い水色の膜が包み込んでいる。


 続くように、俺も楓とレクスが転移クリスタルを使った事を確認してから設置魔法を展開。
 十数秒後に引火させるようにスキルを発動させてからクリスタルを砕き割る。


 夕凪が一番に、楓、レクスと転移していく。
 そして俺の番になる直前。
 球体が割れ、懐かしい顔があらわとなる。


「ふぅー。やっと出てこられたっての。お前らまじ、前回はアホみたいにスタン気絶状態にしやがって!! 卑怯者共め!! まじで許さねえかんな!! 全員ぶっ殺す!! 皆殺し!! 温厚なボクでもテメエらだけは許さねえかんな!! 手始めに肢体爆散!! いくぜぇ……!! ……あ、あれ、ナニコレ。アルカナム爆弾? ちょ、数多過ぎ、冗談キツくね? ボク、パーティー用に弱体化されてんだけど。さすがにこれは耐えれないっていうか……おいいいいいいいぃぃ?!!」


 悪ガキのような容姿をした小柄な少年。
 間違いなく〝闘神バラン〟だった。
 慌てて防御の構えを取ろうとするも、球体状態になるには10秒程度のディレイがあるんだったか。


 やはり読み通りだったかと安心すると同時、あまりの〝バラン〟の慌てっぷりに薄ら笑いが浮かぶ。


「ふっ」
「あっ! てめえくそッ!! 今鼻で笑ったな!! 顔は覚えたからな!! ぜってえテメエだけはぶっ殺す!! あのへんてこギルドのドSコンビ片割れがッ!!!」
「はぁっ!? 俺をsilkyなんかと一緒にすんな!!」
「目しか狙わなかった鬼畜は何処のどいつだよ!! クソッ!!」


 下らない言い合いをする間にもアルカナム爆弾を爆発させる為の魔法が発動。
 俺の姿は次第に薄れていき、〝バラン〟の言葉も次第に遠くなっていく。


 上手くいった事にほくそ笑むと同時。
 あまりに不自然さがなかったが為に疑問に思わなかった当たり前の疑問を口にしてしまう。


「……あれ、なんで〝闘神バランアイツ〟喋れてたんだろ」


 ストーリーボスとして存在していた頃はニタニタと人を小馬鹿にするような笑みを浮かべていたものの、言葉は1つとて話すことはなかった。


 それに、アイツは俺の事をドSコンビの片割れとも言う。
 要するに、〝闘神バラン〟には【イニティウムオンライン】時代の記憶が頭の中にあるという事になる。


「ちょ、おまっ、そうだよ! なんで喋れてんだよおおおおおおぉッ?!」


 ふと思い立ったかのように声を上げるも、視界は既にブレ、転移クリスタルが効果を発動してしまっていた。
 聞こえるのはピカリと赤く光る木箱と。
 ふざけんなよおおおおおぉッ?!!などと絶叫する見た目幼い子供の悲鳴だけだった。
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