クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜

アルト

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3話

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「でっっ、か」

 外観はゲームの中で幾度となく見ていたから知っていた。
 でも、こうして実際に見るとその壮大さに驚きの言葉を隠しきれなかった。

「……ですが、お嬢様。どうして急に王子殿下に会おうなどと」

 馬車の御者を務め、私を王城まで連れて来てくれた使用人である初老の男性、セバスが不思議そうに尋ねてくる。

 モブ中のモブなだけあって、原作を見た私でさえもカレン・ルシアータの性格、口調、見た目。それら全ての知識が欠けていた。
 ただ、私が成り代わったから記憶ごと丸ごと入れ替わった訳ではなく、カレンとして生きた記憶は頭の片隅に残っている。

 だが、本来の性格である引っ込み思案で、周囲からの噂に影響されやすいこれといって特徴のないカレン・ルシアータとして生きていく訳にはいかない。
 そんなの、あまりに難易度が高過ぎる。

 だから、王子殿下の婚約者になった今をきっかけに、頑張って一歩踏み出した健気な少女を演じる必要があった。

「折角、王子殿下の婚約者になれたんだもの。だったら私も、王子殿下の婚約者として相応しくならなきゃいけないかなって。それに、お父様の顔に泥を塗る訳にもいかないでしょう?」
「お、お嬢様……! 爺は、爺は嬉しゅうございます……!」

 セバスはめちゃくちゃ涙ぐんでいた。
 これまでのカレンはどんだけ酷かったんだよと言いたくなると同時、セバスに対して申し訳ないという感情が押し寄せた。

「でも、お父様もよく王子殿下との縁談を纏められたわね」

 ゼフィール・ノールドは、原作開始八年前の現時点では、表舞台に一切姿を見せていない王子殿下である。だから、よく縁談が纏まったなあというのが本音だった。

 表舞台に出てこなかった理由は、生母である王妃が魔法使いを忌避していたから。
 原作プレイ済みの私は、その事情をよく知っていた。


 王妃には一人の兄がいた。
 その兄は魔法使いであったのだが、ある時、魔法の制御に失敗し、暴走を起こした。
 暴走の際に王妃は実の兄に殺されかけている。それ以来、魔法使いを忌避するようになったのだが、己の実の息子が魔法使いとして生まれた事を知り、王妃はゼフィールを半ば軟禁状態にし幽閉した。

 確かそれがちょうど今、十歳の時まで続いていた筈。だから、ゼフィールはこれまで一度として表舞台に出る事はなかったのだ。

「私にも旦那様から事情を聞き及んでいませんので、詳しくは分かりかねるのですが……どうにも、バレンシアード公爵が関わっていたようで」
「バレンシアード公爵が?」

 覚えのある家名過ぎて、素で聞き返してしまった。

 バレンシアード公爵とは、ゼフィールの叔父が当主を務める御家で、〝クラヴィスの華〟のヒーローの一人も、バレンシアード姓であった筈だ。

 だが、原作ではスタート時よりバレンシアードとゼフィールの関係は最悪とも言えるものだった。
 だから、主人公であるユリアが二人に板挟みになるシーンが度々あった事を記憶している。


 ……陰謀、だろうか。


 ふと頭に浮かんだ可能性。
 しかし、王妃が忌避している王子殿下を陰謀でどうにかする理由はないように思える。
 何より、現時点においてゼフィールには何の権限も与えられていない上、この婚約だって原作開始時に当然のように破棄されている。

 特別これに意味があるとは思えなかった。

「……しかし、これはまた随分な」

 セバスは何かを言おうとして────けれど、途中でその言葉を言うのをやめた。

 理由は────あえて言葉に変えて言われずともよくわかった。というより、隠す様子も一切なく周囲の反応があまりにあからさま過ぎた。

「殿下の扱いは、あまり良いものではないのかもしれないわね」

 私────ルシアータ公爵家の人間が王城に訪ねてきた事を知るや否や、使用人やメイド、貴族の公子らしき人間があからさまに私に視線を向けてくる。
 耳を澄ませば、あれが王子殿下の────。
 可哀想に────。

 そんな憐憫の言葉が次々と聞こえてくる。
 どうにも、八年前の現時点でもゼフィールの立場は散々なものであるらしい。

 セバスが私を心配そうに見詰めていたが、私としてはまあ別に、予想は出来てたから微塵の動揺もない訳なのだけれど。

「……というより、お嬢様。一つ気になっていたのですが、本当にこんなに荷物がいるのでしょうか」

 ルシアータ公爵家を出る際、私は大荷物を抱えて家を出ていた。
 目的地が比較的近い王城であった事もあるが、使用人が一人である理由は今しがたセバスが抱える大荷物を積む為に御者であるセバス以外の同行者が乗れなかったという事情もあった。

「王子殿下への贈り物と聞いておりますが、一体これは、」
「あ、ごめんなさい。それ嘘なのセバス」
「う、嘘でございますか……?」
「ええ。だって、そうでもしないと私の着替えとか色々な私物を持ってこれないと思ったんだもの」

 セバスの頭の上に疑問符が浮かぶ。
 どうして私の私物を持ってくる必要があったのか。そもそもなんで、持ち出すのにゼフィールへの贈り物などと嘘をついたのか。

「お父様も、セバスも、他のみんなも、当分私が王城で生活するって言ったら反対するでしょう?」
「…………」

 セバスは隣で絶句していたが、私も考えなしに行動を起こした訳ではない。

 これは押しかけであって押しかけではないのだ。
 予め、言葉巧みにお父様に仕事で王城に数週間ほど留まる際、どうしているのかと聞き出したところ、城にはルシアータ公爵家の為に用意された私室があるらしい。

 ルシアータ公爵家の人間ならば、いつであっても使う事を許されたその部屋で暮らせば問題はないだろう。たぶん。

「貴族の娘として生まれたからには、政略結婚にケチをつけるつもりはないわ。でも、相手がどんな人物であるかくらい、知っておきたいじゃない?」

 顔も、声も、性格も。
 何もかもを知らずに決まった縁談。

 恋愛結婚がしたかったと駄々をこねる気は毛頭ないものの、ならばせめて、どんな人物なのか。それを知り、理解しようとするくらいいいと思わない?
 そう私が告げると、一理あると思ったのか、セバスはむぅ、と唸る。

「ですが、旦那様は」
「あぁ、うん。大丈夫。お父様にはちゃんと置き手紙してきたから」
「置き手紙、でございますか」
「そう。王子殿下とじっくり話してくる────一ヶ月くらいって書いた手紙を」

 ゼフィールの性格を考えれば、一ヶ月はあまりに短過ぎる。
 だが、今の私の年齢を考えて、それ以上親元から離れて過ごすのは色々とまずいかなと思って、取り敢えず一ヶ月。
 許可が出れば、また一ヶ月と王城もとい、ゼフィールと共に過ごしてみるつもりだ。

 少なくとも、原作開始時点までに両者円満で婚約破棄に持ち込まなくてはいけない。

「お父様も、殿下との婚約には乗り気だったし、きっと許してくれる筈よ。うん、きっとね……」

 許してくれるような、許してくれないような。だいぶ甘く見積もってこの感触。
 多分、怒ってるんだろうなあと思いながらも、私は父の懐の深さを期待してそう信じることにした。

「……ですが、お変わりになられましたね。お嬢様」
「そう?」
「ええ。これまでのお嬢様であれば、こんな真似はなさらなかったでしょうから」
「あー……うん。ええ、そうね」

 引っ込み思案で、パーティーの際も父の背中に隠れるような、本来のカレン・ルシアータはそんな性格だった。

 綺咲葵だった頃の自分も、間違っても積極性のある人間ではなかった。
 だが、行動を起こさなければ自分自身がとんでもない不幸に見舞われると知っていれば人は変われるものだ。
 実際に私がこうして変わる事が出来ている。

「なんだろう。王子殿下の婚約者になったからには、しっかりしなきゃって気持ちがあるんだと思う」

 当たり障りのない理由。
 ルシアータ公爵家の事を思えば、この解答がベストアンサー。
 でも、私の口はそこで止まる事をよしとしなかった。

「あとは……そうね。後悔したくないから、かな」
「後悔、ですか」
「うん。後悔だけはしたくないから、たとえ無駄かもしれない事だろうと、私は出来る限りのことをやっておきたいの」

 ゼフィールの事も、何か一つでも多くの事を知っていれば。知ろうと努力していたならば、原作のような不遇キャラにはならなかったかもしれない。

 だから、不幸になりたくないからという自分のための目的を根底に据えながら、私は行動を起こすことに決めた。

「……分かりました。そういう事であれば、爺は反対いたしません」
「本当?」
「ですが、週に一度、旦那様にお手紙をお送りになられて下さい。恐らく今頃、屋敷は大変な事になっているでしょうから……」
「あ、あははははは」

 流石に引っ込み思案だった筈の娘が、急に一ヶ月も親許を離れて王城で暮らす。
 なんて言い出したのはやり過ぎだったかなあと自覚していたので、セバスの言葉に渇いた笑いしか出てこなかった。

「さてと。じゃあ、王城に着いたことだしさっそく殿下に会いに行こっか」


 そう言って私は、当たり前のように王城の出入り口を────横に通り過ぎる。

「お嬢様?」

 原作を知っている私だから、ゼフィールがいる場所はよく知ってる。
 王妃を含めた一部から忌避されているゼフィールに、城での居場所はない。
 それもあって、彼は王城にはいない。

 ゼフィールがいるのはそのすぐ側。

 ゼフィールを軟禁する為に造られた無骨な別塔にて、彼は生活しているのだ。

「私達の目的地はここじゃないわよ、セバス。私達の目的地は、あそこだから」

 隔離するように、それなりに離れた場所に位置する塔を指差す私の行動に、セバスは「は、はぁ」と胡散臭いものでも見るような視線を向ける。
 だが、セバスは勝手にゼフィールと手紙のやり取りをした際に説明をうけた、とでも自己解釈してくれたのだろう。
 先行する私の後を、ついてきてくれた。

 それから十数分ほど歩いた後、私達はそこへ辿り着いた。
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