クラヴィスの華〜BADエンドが確定している乙女ゲー世界のモブに転生した私が攻略対象から溺愛されているワケ〜

アルト

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9話

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 †

「……ウェルバ・ハーヴェンがいそうな場所に、心当たりがあります」

 城にたどり着き、ウェルバとゼフィールの姿がなかった事を確認した私は、バレンシアード公爵にそう打ち明けた。

「なら、そこに向かうぞ……!!」
「……ですが、心当たりのある場所が一つだけじゃないんです」
「……成る程、そういう事か」

 可能性があるであろう場所は、二つ。
 しかも、その場所は全くの逆方向。
 どちらかに向かえば、もう一方はさらに時間を要してしまう事になる。私はそう、口にする。

「なので、手分けして探しませんか」
「……だめだ。魔法使いであるならまだしも、カレン嬢を一人にする訳にはいかねえ。それに、相手は魔法使いを暴走に追い込んだウェルバだ。何をしでかすか分からねえ」

 当然の反応だと思った。

 だけど。

「時間がないんです。バレンシアード公爵閣下。魔法使いの暴走は、使用者を正気に戻せさえすれば、止められます」
「……なんだと。おい、その話、本当かよ……!?」

 原作の中盤あたりで判明する事実。
 つまりは、今から八年以上後に生まれる常識。これを口にすれば、少なからず未来に影響が生まれると分かっていた。
 だが、この知識を言わないとバレンシアード公爵を納得させられる気がしなかった。
 だから私は口にした。

「だ、が、その確証が」
「私に、ゼフィールを助けさせて下さい」

 危険なのは承知の上。
 ここから先は、原作では語られなかった出来事だ。

 でも、ここで行動を起こさなければ本来の八年後と同じ未来になってしまう。
 それはだめだ。
 私はそれを、認めたくなかった。
 認めるわけにはいかなかった。

「……あぁ、っ! くそ! いいか、カレン嬢。ウェルバを見つけても、下手な事はするな!? それが条件だ」

 ここで言い合いをする事が一番不毛で、一番愚かであると理解してか、バレンシアード公爵が折れてくれる。

 そして、それだけ口にしてバレンシアード公爵は私が告げる場所へと向かっていった。

「……申し訳ない事しちゃったかな」

 やがて、声が聞こえなくなるくらいに距離が離れた事を確認して、私は呟く。

 心当たりのある場所というのは、夢で見た火の海に包まれるあの光景。
 そこに映っていた場所。
 だから私は、可能性がある場所を一つ、、しか知らない。
 なのにあえてバレンシアード公爵に嘘をついた理由。
 直前まで、彼の協力を仰ごうとしていたのに変更した理由。
 それは、

「でも、バレンシアード公爵に死んで貰う訳にはいかないから」

 バレンシアード公爵を死なせる訳にはいかなかったから。
 あの場所に連れて行けば、彼が死んでしまう。
 そんな予感に見舞われた。
 それもあって、私は嘘をついた。

 彼はゼフィールの心の支えだ。
 カレン・ルシアータとは比べるまでもなく、失う訳にはいかない。


「って、本来の目的はどうしたよ私」


 自分自身に呆れる。

 カレン・ルシアータとしての自分の不幸な未来をどうにかしたい。
 その一心だったはずなのに、気付けばゼフィールの為に自分自身を犠牲にして頑張ってる。

 多分、ゼフィールが〝クラヴィスの華〟の中で一番の推しキャラだった事も関係してるんだろうけど……

「まぁ、いっか」

 考えるのは後にしよう。
 兎に角、今はゼフィールを助ける事が先決。

 そう自分に言い聞かせて私は走った。

 夢に見たあの光景が、未来を示唆するものであると信じ、その場所へ。


 やがて息を切らしながらたどり着いた場所に、ゼフィールと記憶よりもずっと若いウェルバがいた。


「ゼフィール!!」


 原作で嫌というほど目にした鉱石。
 確か名前を、〝魔晶石〟。
 魔法使いに対して、暴走を誘発させる鉱石。

 あの鉱石を目にしてはいけない。
 そんな想いでゼフィールの名前を力強く呼ぶ。だけれど、その声に反応したのはゼフィールではなく、ウェルバだけだった。

「まるで、十五年前の焼き増しだの」

 ウェルバが呟く。

「十五年前もそうであった。小娘のいる場所に、バレンシアードの小僧がいた」

 かちり、と足りなかったパズルのピースが埋まったような幻聴が聞こえた気がした。

 ……あぁ、そうか。
 だから、だからバレンシアード公爵はゼフィールの伯父の暴走が何者かに仕組まれたものだと知っていたのか。
 その現場を、実際に目にしていたから。

「だが、十五年前と同様に手遅れよ小娘。ゼフィールは、程なく暴走を起こし、王都を火の海に変えるわい。婚約者であるお主も、バレンシアードの小僧すらも殺して王族の権威は地に落ちる」

 まるで、燃料の失われたロボットのように立ち尽くすゼフィールは、原作でも幾度となく目にしてきた魔法使いの暴走状態。
 その初期段階と酷似していた。

 暴走を引き起こして尚、ウェルバがこの場を後にしない理由は……私がいるからか。
 ルシアータの人間である私が、ゼフィールに殺される必要があるからこの場を後にしないのか。それを見届ける為に……全く、悪趣味に過ぎる。

「あと少し早ければなんとかなっておったかもしれんが……運がなかったの、小娘」
「それは、どうでしょうね」
「……なに?」

 確かに、ウェルバの言う通りベストなタイミングは暴走を引き起こす前に私がゼフィールの下に辿り着く事だった。
 でも、まだ間に合う。


 この状態ならば────まだ声は届く。


「ゼフィール」

 名を呼ぶ。
 反応はない。

 一縷の希望に賭けているように見える私の行動を嘲笑うウェルバの声が聞こえるが、そんなもの関係ないと切り捨てて私は反応のないゼフィールの手を掴む。

「……っ、」

 直後、鋭利な刃物で切り裂かれたような痛みが私の腕に走った。
 これは、暴走状態にあるゼフィールの腕を掴んだ事による余波のようなもの。

 痛みに怯みかける己自身どうにか奮い立たせ、気にするなと言い聞かせて痛みから強引に目を逸らす。

 時間がない。
 今は、痛みにどうこう言ってる場合じゃない。だから私は、本来の主人公────ユリア・シュベルグが暴走状態にあった魔法使いを助けた時のように、立ち尽くすゼフィールを抱き寄せた。

「……気が狂ったか? 小娘」

 触れるだけで本人の意思に関係なく、皮膚を切り裂くような今のゼフィールを抱き寄せる。
 それは、自殺志願者にしか見えない事だろう。

 だけど、私はやれる事は全てやるつもりだった。


 私はカレン・ルシアータであって、ユリア・シュベルグでも、主人公でもない。
 私が主人公になれると思い上がる気はない。だからこそ、出来る事は全てやるつもりだ。

 主人公が命を投げ捨てる覚悟で行った行為も、それがゼフィールを助ける事に繋がるのであれば、私はそれを敢行する。

「私、ゼフィール王子殿下に黙ってた事があるんです」

 身体中に鋭い痛みが走る。
 それを隠すように、見え見えの作り笑いを浮かべながら私は頑張って言葉を口にする。

「王子殿下がどうして自分に関わろうとするのか。そうお尋ねになるたびに、友達になりたいからだとか、婚約者だからだとか、そんな理由を口にしてたと思うんです」

 決してそれらは嘘の理由ではない。
 紛れもなく本当の理由だ。

「でも本当は、もう一つ、一番重要な理由があったんです」

 軽蔑されると思ったから。
 言っても、どうしてだってなると思うから説明しなかった一番の理由。

「私は、自分の未来が怖かった。だから、浅ましくも貴方と良い関係を築きたいと思った。本当は、自分の為だったんです。貴方の為ではなく、自分自身の為。ただの自己中だったんです、私」

 でも、自分でも自覚しないうちにその考えは変わっていった。
 今がいい例だ。
 生き延びる為とはいえ、ここまで原作に介入する必要はなかった。
 もっと上手くやれる方法はあった。

 ゼフィールの為に、バレンシアード公爵をあえて遠ざける必要はなかった筈だ。

「だけど、気づけば貴方と話すのが楽しくなってて。自分の未来と同じくらいに、貴方にも幸せになって欲しいと思うようになってた」

 不遇なヒーロー達が救われればいいと思っていた。
 だけどそれは、私の未来をどうにかする事よりも重要度が高いものではなかった。

「多分、そう思うようになった理由は、貴方が昔の私に似てたからなんだと思います」

 カレン・ルシアータとしての私ではない。
 〝クラヴィスの華〟を画面越しにプレイしていた一人の人間、綺咲葵としての昔の自分とゼフィールはよく似ていた。

 一人で抱え込んで。誰にも頼ろうとしないで。意地張って。でも、本当は寂しがり屋で。
 正直になれなくて。そのせいで苦しんで。後悔して。泣いて。

 ……そんな昔の私に、ゼフィールはよく似ていた。まるで、昔の自分を見ているようだった。多分、放って置けなかったのはそんな理由なんだと思う。

「だから、こうして命知らずにも厄介ごとに首を突っ込んじゃったのかもしれません」

 笑う。

 正直、この状況は絶体絶命だし、ゼフィールを抱き寄せているせいで痛みに今にも意識を手放してしまいそうだ。

 奇跡的に私が魔法使いとして目覚める訳もない。どうしようもなかった。

 死にたくないと願っていた自分が、こうして死に一直線で突っ込んでしまった現状に笑いを隠しきれない。
 何馬鹿な事をやってるんだ、私って笑ってやりたかった。
 でも、これが不思議と後悔はなかった。

「聞いてください、ゼフィール。貴方は、一人じゃない。これから、心優しい主人公に出会うし、犬猿ながらもきっと分かり合える友人とも出会います。そこにはバレンシアード公爵閣下もいて、口煩い聖者に、石頭だけどすごく優しい勇者も、寂しんぼの王様もいます。みんな、みんな、いい人で、きっと貴方の良き理解者になってくれる人達です」

 暴走状態のゼフィールの耳に届いてるかは分からない。
 それでも伝えようと思った。

「だから、その、」

 こんな事を言えるような立派な人間じゃないって自覚してるから少しだけ気恥ずかしくて。
 だけど、頑張って言ってみる。

「────貴方は、幸せになるべきだ。貴方は一人じゃない」

 これから先の原作がどうなるのか。
 それは分からない。

 私という人間は、ここで命を落としてしまうかもしれない。だけど、ゼフィールという人間の行く道に救いがありますようにと願いながら、私は意識を手放そうとして。



「……どうやら、そうらしいな」



 私の身体から力が抜ける瞬間、逆に抱き寄せられる。

「……ゼフィール?」
「────あり得ん」

 私の声と同時に、ウェルバの声までもが聞こえてきた。

「暴走状態にありながら、正気に戻るだと……? あり得ん。あり得んあり得んあり得んあり得んあり得ん!!! そんな事があり得て堪るか……っ!!」

 かくなる上は────!!
 そう言って、再び暴走を引き起こさせるべく、ウェルバが鉱石を取り出そうとするが、見え見えの攻撃ほど対処しやすいものもない。

「俺はこいつと話してるんだ。その煩い口は閉じろよ、ウェルバ・ハーヴェン」

 殺到する無数の魔法。

 それはまるで、私の知る────八年後のゼフィールの技量と遜色のないもののように見えた。

 懐から取り出された鉱石は呆気なく砕かれ、ウェルバの身体に魔法の刃が無数に突き刺さる。因果応報であるけれど、その惨状には哀れみの感情を抱いてしまう。


「カレン・ルシアータ。貴女、、は馬鹿だ。救えないくらい、底なしの馬鹿だ」
「そう、ですかね?」
「こんな俺の為に、命を投げ捨てようとしたんだ。馬鹿と言わずして、何という」

 馬鹿、馬鹿と言われているけれど、彼が私の事を心配してる事はよくわかった。
 だから、笑う。

 でも、力無く笑ってしまったのが失敗だった。今の今まで隠し通せてた筈の、身体の傷にゼフィールが気付いてしまう。

「……あぁ、でも、よかったです。貴方が無事で」
「おいこれ、」
「ちょっとだけ、転んじゃって」

 頭が回っていない。
 血を失い過ぎているのだろうか。
 自分の身体には出来るだけ目を合わさないように気をつけてたから分からないけど、そんな気がした。

 それもあって、子供でももっとマシな嘘をつくだろと言いたくなるような取り繕いの嘘しか出てこなかった。

「だから、その、ゼフィールのせいじゃありませんから」
「……っ、もう喋るな。体に障る。黙ってろ」
「なんだかんだ言っても、やっぱりゼフィールは優しいですね。でも、私の事なんかより、今は、ウェルバを」
「いいから黙ってろ!!」

 怒られる。

 でも、今は私なんかよりもウェルバをどうにかしなきゃいけない。
 これからのことを考えれば、今、ウェルバをどうにかしておかなきゃいけない。

 そう伝えたいのに、視界が歪んでいく。
 意識が保てない。

 やがて私は、そのまま意識を手放した。
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