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24話

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 ◆◇◆◇◆◇

 間違いなく、一片の偽りなく、この一連の騒動を引き起こした張本人は帝国の人間である。

 それは、エスターク公爵家に赴いたダークエルフの少年の言葉。
 そして、ヴァン・エスタークが帝国軍人と見抜いた男の存在こそがこれ以上ない証明だった。

 だが、決してそれは総意ではなかった。
 帝国に籍を置くある人間の策謀。

 故に、拙速を重視しなければならなかった。
 そのせいで、完璧とは言い難い結果に見舞われるとしても。

 そして、案の定とも言える結果に落ち着いた。

 その最たる例が、腫れ物扱いを受けていた無才の王子────レオン・アルバレスに計画が露見する羽目になった事だろう。

 だが、彼らにとってそれは許容の範囲内の事柄であった。
 想定範囲外だった事は、碌に力のないレオンが首を突っ込んできたという事実。

 レオンでは止められないと分かっているだろうに、どうしようもないと理解しているだろうに、それでも食らい付き、あまつさえ〝大図書館〟へ無謀にもあえて踏み込みここまでやって来てしまったという事だった。

 何より、そうまでした理由が、

「────……こんな事は、間違ってる」

 止められる力など欠片すら無いにもかかわらず、真っ当な倫理観による感情故というのだ。

 ……一体誰が、予想出来ようか。

 尤も、絶望的に人を騙す事に向いていないと評したリキ・マグノリアであれば僅かの可能性くらいはあったのやもしれないが。

 芯の通った声音。
 声の主たる青年は、不退転の決意に似た熱量を銀の瞳の奥に湛えながら口にする。

 周囲には、彼にとって見覚えのある生徒が複数人見受けられた。
 その足下には、妖しく光る紫色の魔法陣。
 その中心部に鎮座し、異様な雰囲気を漂わせるソレが〝聖遺物〟であり、意識を失った生徒達から魔力を。生命力を吸い上げた陣より、動力となるエネルギーを供給されていた。

 青年は、どうにかしてこの現状を食い止めたかったのだろう。
 しかし、それは叶わない。

 制服の上からでも分かる生傷は酷い有様で、力尽くが出来る状況でない事は一目瞭然であった。

「……こんな事は間違ってる、か」

 反芻する。
 一字一句違わずに口にする男は、嘲りとも呆れともつかない様子で青年に視線を向けた。

「確かに、殿下の仰る事はよく分かる。これは真っ当な人倫からは外れた行為です。彼ら彼女らを動力に使えば、少なくとも無事で済むという事はあり得ない」

 〝聖遺物〟を起こすのだ。
 それには、莫大なエネルギーを必要とする。
 如何に、将来有望な魔法師の卵だろうと、十数人程度の魔力などものの数秒で根こそぎ奪う事だろう。
 生気すら奪われ、絶命に至る未来など少し考えれば子供でも分かる。

 そして、〝聖遺物〟が起きてしまったが最後、その動力となるエネルギーを吸い上げる役割を負った〝吸魔の陣〟がディアナ王国全域にまで広がり、両国を蹂躙する事になる────これはその、準備段階。

 始まってしまえば、もうどうにもならない。
 だから、力がなくとも止めなければならなかった。無謀でしかない行為をレオンが敢行した理由は、それ故。
 彼に選択肢はこれしか残されていなかった。

 幸か不幸か、本来ならば〝大図書館〟に踏み込んだ時点で魔力を吸われ、常人ならば時の経過と共に気絶するところ────魔力の一切を持たない無才の王子故に、そもそも吸われるものがないが為に中心部にまでたどり着けてしまった。

「ですがこれは────仕方がないのです。世の中には、必要犠牲というものがあるのですよ。……ぬるま湯に浸かっていた殿下には分からないでしょうが」

 言葉の節々に、侮蔑の言葉が入り込む。
 ここで、発言の主である男がレオンの息の根を即座に止めなかった理由は、彼に助けを呼べる程の伝手を持ち得ていないと知っているからでも、、、、あったのだろう。
 もしくは、時間潰しでもあったのだろう。

 ただ、それだけではなかった。
 彼の言葉の裏に宿っていた憎悪を、感情の変化に聡い人間ならば気付いた事だろう。
 それが、「ぬるま湯」から始まる発言に込められ、レオンに向けられている事も。

 少なくとも男は、レオンにいい感情は抱いていなかった。言うなればこれは、嫌がらせなのだろう。
 無力な彼に対する、最大の恥辱を叩きつけてやる為の嫌がらせだったのだ。

 そして、当人であったレオンも、流石にそれに気付いたのだろう。

「……ボクに恨みがあるなら、ボクだけを巻き込めばいいだろう────デュナン侯爵」

 レオンが名を呼んだ人物は、帝国において弱冠ながら侯爵の爵位を賜った天才。
 帝国への忠義も深く、次代の帝国を担う人間として、誰もが疑いを持っていない人物であった。

 何故、彼がこんな真似をという疑問がある。
 だが、目の前の光景こそが現実だ。
 逃避したところでどうにもならない。

「……ええ。殿下にも恨みはありますとも。才がないにもかかわらず、皇子だからと〝魔法学園〟へと留学。苦労らしい苦労も知らず、何不自由のない生活を送っている。当たり前の幸せすら享受出来ずに朽ちていった人間の屍の上で成り立っている事も知らずに。これに憤りを覚えるなと言う方が無理でしょう」

 愚痴のような嫉妬だった。
 けれど、違和感が残る。

 侯爵位を賜るまでに、苦労があったのだろう。しかし、彼自身もまた、貴族出だった筈だ。
 王家でないにせよ、出自は負けず劣らず裕福な家であったとレオンは記憶している。

 だからこそ、筆舌に尽くしがたい違和感があった。
 そんなレオンの表情を読み取ったのだろう。

「分からない、とでも言いたげですね」

 帝国という大国で、侯爵という地位を賜った人間が、こんな危険な真似をする理由がないのだ。
 寧ろ、操られていると言われた方がまだ納得が出来るというもの。

 けれど、デュナンにそんな様子は見受けられない。何より、魔法師としての腕を広く認められていたデュナンを操れる人間がいるとは思えない。

「そもそも、ワタシにとって帝国、、の侯爵などという地位に微塵も価値などないのですよ。あるとすれば、少し立ち回りやすいと思える程度のもの」

 最中、聞こえてきた言葉は、思案するレオンの前提を土台から粉々に壊すものだった。

「全ては、この日の為のものでしかなかった。全ては、何もかもを巻き込んで帝国を破滅へと追いやるこの日の為のものでしかなかった。故にこそ、彼らは必要犠牲なのです。我らの悲願の為の、礎に必要なのです」

 理解した。
 ここにきて、レオンは漸く理解した。

 デュナンの目的とはそれ即ち────戦争を引き起こす事。
 それも、帝国が世界相手に引き金を引くという前提で以ての戦争を。

 だが、分からない。


 国の中には、戦争を歓迎する人間が一部、存在している事をレオンも知っている。
 領土を広げる為。武功を上げる為。
 英雄になりたいが為。
 闘争という欲求を満たす為。

 理由は人それぞれだ。

 けれど、如何に大国と呼ばれる帝国だろうと、世界を相手に戦争を起こせばまず間違いなく無事では済まない。
 それどころか、勝算も低いだろう。

 破滅の可能性しかレオンは浮かばない。
 だから、こうして強行する理由が分からなかった。
 ましてや、彼が戦闘狂などという話もこれまで一度として聞いた事がなかった。

 デュナンは、〝大図書館〟に封じられていた〝聖遺物〟を使う事が出来ればどうにかなるとでも思っているのだろうか。

「違いますよ。そもそも、前提が違うのです。殿下」

 否定の言葉が一つ。

 魔窟のような宮中にて、己の欲求を満たす為、様々な策謀張り巡らされる政治的な駆け引きを繰り返してきたデュナンにとって、レオンほど手玉に取りやすい相手もいないだろう。
 レオンの頭の中など、デュナンからすれば筒抜けもいいところだった。

「そもそもワタシは、帝国の人間ではないのですから」
「────……は?」

 レオンから、表情が抜け落ちた。

「今から百余年前。北東に、ムエリダと呼ばれる小国が存在しました。決して裕福な国ではありませんでしたが……王は優しく、真っ当な統治が行われていた。差別もなく、決して裕福ではなかったが、平和な国だった────ワタシは、そう聞いています」

 百余年ともなれば、デュナンはこの世に生を受けてすらいない。
 故に、人伝でしか知りようがない事実。

「だが、そんな平和はある日、唐突に崩れ去った。他でもない、悪辣極まりない帝国の姦計によって」
「…………」

 帝国は、他の国を併合して大きくなった国である。そこには勿論、戦争による侵略も存在した。歴史として当時の記録は残っているが、それが本当であるという確かな証拠は最早、得ようがない。

 それこそ、百余年前に生きていた、、、、、生き証人を連れて来ない限りは。

 だが、レオンが知る限り帝国は国の方針としてそんな事をした事は一度としてない。
 財政の破綻した国へ手を差し伸ばした事はあれど、併合してきた理由も、その根本にいつもあったのは民が豊かになる為という「優しい」理由だった。だからこそ、帝国は反乱らしい反乱もなく、ここまで大きくなった。

 勿論、多少の反発や、反対も存在する。
 けれど、姦計などと、卑劣な行いを帝国が許容する筈がない。
 何かの間違いだ。

 レオンがそう叫ぼうとした瞬間、無情にも言葉を被せられる。
 元より、引き返せないところまで来てしまったデュナンに、今更レオンの言葉は届く筈もなかった。

「ですから、ワタシは。ワタシの父も、祖国を滅ぼした帝国に身を寄せ、〝草〟と生きていく事を決めた。いつの日か、帝国を破滅へ追いやり、祖国の仇を取る為に」
「……〝草〟、だって?」

 繰り返す。
 それは、知らないが為に言葉にしたものではない。
 その言葉と、目の前のデュナンが結びつかなかったが故に繰り返していた。

 〝草〟とはつまり、何者かに装い、何年、何十年と敵国の情勢を知る為に溶け込んだ者。
 その通称。

 そんな人間が、何故、侯爵位を賜るほどのことが出来たのか。
 疑問符で頭の中を埋め尽くされる。

「だからこそ、今回のこれは実に都合が良かった。ディアナ王国は勿論、〝魔法学園〟に通う多くの貴族子弟子女。その祖国を纏めて敵に回せるのだから。流石の帝国も、こればかりはどうしようもないでしょう」
「……何かの、間違いだ」

 辛うじてレオンが絞り出した言葉は、あまりに小さく震えていた。
 ここまでするのだ。
 何かしらの確証があっての事だろう。

 腕っ節でも遠く及ばない相手に対して残されたのは言葉による説得だけであったというのに、今ではそれすらも揺らぎかけていた。

 そして、逡巡する今この時も、刻々と無情に時間は経過をしている。
 最早、どうしようもない。

 どうにもならない。

 自分が────。

 帝国の皇子であり、才がないからと孤立を選んだ自分に、少し人望があれば。
 頼れる人間がいたならば、こんな結果にはならなかったのではないのか。

 そんな後悔をした────その時だった。

「──────」


 ぴしり、と壊音が響く。

 単なる空耳で、気の所為か。
 はたまた、自分一人ではどうにもならないこの現状をどうにかして欲しいと願う己の願望による幻聴か。

 レオンがそう考える中。
 しかしその壊音は、辺り一帯に伝播し、ぱらぱらと明確な崩落の音となってやってくる。

 そして、人の声が聞こえた。



「─────わり。加減を間違えた」
「リキさんを信じた私が馬鹿だったぁぁぁぁあ!!!」


 それは、人を責め立てる怒声とも悲鳴ともつかない叫び声であった。




 ◆◇◆◇◆◇

 遡る事数分前。


「────聞いてくれ。おれに名案がある」

 私とヴァンが頭をフル回転させ、なんとか〝吸魔の陣〟の大元となる場所を見つけ出した。

 そして、私達を追い回してくれたあの幽霊もどきは〝吸魔の陣〟の副産物だったようで、途中、襲われる事もあったが、〝大図書館〟に設置されていた陣を念入りに粉々に壊してやるとその姿は跡形もなく霧散した。

 が、一つ重大な問題があった。

「……却下だ。俺には碌でもない案にしか思えない」

 付き合いの長さ故か。
 内容を一文字も聞いていないのに、複雑な表情を浮かべてヴァンはにべもなく冷静に却下した。

「だが、どうしようなくねえか? 〝大図書館〟にある陣はぶっ壊した。でも、〝吸魔の陣〟の効果は未だ健在。恐らくはまだ何処かにあるぜこれ」

 陣を壊したにも関わらず、効果は未だ続いている。
 けれど、ラバンさんとも協力して、〝大図書館〟中の場所は網羅した。
 だからこそ、あの幽霊もどきに何度も追いかけられていたのだから。

「そこで、おれは仮説を立ててみた」
「……言ってみろ」
「本命の陣は、コッチにあんじゃねえのかってな」

 そう言って、リキさんは足下を指差す。

「そもそも、この建物の作り自体が歪なんだ。元より、地下を想定してたかのような作りだしな」
「そうなんですか?」
「魔導具の為に粗方、いろんな技術は頭ん中に叩き込んでんのよ。間違いねえ」

 リキさんとはいえ、腐っても技術者の発言だ。
 無視はできないし、何より一応、筋は通っている。

 だけど問題は、

『……問題は、その地下に空間があるとして、そこに続く道が散々探し回ったのに誰も見つけられてないって事だね』

 ハクの言う通りだった。

「そこでおれの名案なんだよ。恐らく、失踪した生徒達もかなり危ない状況だろう。時間はあまりねえ。だから、きっとこれが最善。聞いて驚け────それはな」


 だから俺は聞く気もないし、そもそももう却下しただろうがと小言を口にするヴァンに構う事なく、リキさんが発言をする。
 後の私は言う。

 如何に残された時間が少なかろうと、案は採用してもリキさんは信用するな、と。



 ────真正面から、床をぶち抜く。

 リキさんの名案とは、そんな脳筋極まりないものだった。
 そして、現在進行形で私達は落下していた。

「た、っ、たっ、たすけてハク!!」
『ぐぇっ!? ぐ、ぐるしい! 締まってる!! ぼぐの首がしまっでる!!』

 羽根があるハクにしがみつけば何とかなる。
 逼迫したこの状況で、頭の中がそれで埋め尽くされていた私は無我夢中でハクにしがみついた。
 私よりもずっと小柄なその体躯故に、身体ではなく首付近をがしっ、と掴んでしまう。
 申し訳程度にパタパタと羽根が動いていたが、私の落下速度が緩やかになる事はなくて。

「死んだら化けて出てやる!! 絶対にリキさんの枕元に化けて出てやる!!」
『そ、その前に僕の方が死にそうな事に気づい、で、ノア……』

 たかが地下室の筈が、なぜか全く底が見えず、不安を煽る深い黒色と浮遊感が「死」を予感させる。
 最中、誰かに抱き寄せられる。

「……〝精霊〟に死の概念があるのかは疑問だが、離してやれノア。ハクが死ぬぞ」
「え? ぁ、っ、は、ハク!?」
『し、死ぬかと思った』

 慌てて手を離す。

 危ない危ない。ハクを窒息死させてしまうところだった……。

 やがて、数秒にもわたる落下が終わり、魔法によって衝撃を緩和させたヴァンのおかげで私は緩やかに着地。
 ラバンさんも問題なく着地し、しかし一つ。「ふべっ」と締まらない声でやや大きめの衝突音が響き渡った。

 どうやら、リキさんだけが調整を間違えたらしい。おれ、魔法苦手な事知ってんだろ。助けろよと責め立てるような視線を向けていたが、ヴァンは勿論、ラバンさんも取り合う様子はなかった。

「ご存じでしたか、殿下」

 ヴァンが言う。
 それは、目の前の光景に対しての疑問。

 知識人であるラバンさんに問い掛けるのが一番、手っ取り早いと考えたのだろう。

 しかし、その問いに対してラバンさんは「はい」でも「いいえ」でもなく、どちらともつかない答えを漏らす。

「ん。そういう噂がある事は知っていたとも。尤も、ここまでのものとは聞いていなかったがね」

 ラバンさんが歩く。
 足下には、妖しく輝く魔法陣が広がっている。

 先程までとは比べ物にならない脱力感があった。が、それでも「多少」で済む程度だった。

 その理由は、私達の足下に転がっている────

「嗚呼、良かった。ちゃんと効果、発動してるみてえですね」

 ────リキさんによる即席の魔導具。

 大元に向かうならば、対策が必要だろう。


 そう言って、〝吸魔の陣〟の効果をラバンさんとハクから聞いたリキさんが、即席で手持ちの道具を解体バラして作り上げていたのだ。

 色々と信用出来ない人ではあるが、こと魔導具においてのみ、信用はしていい人。
 私の中でリキさんの人物像はそれで固まっていた。

「ところで、あれが〝聖遺物〟って事は何となく分かるんですけど────これは一体、どういう状況なんですかね」

 倒れ伏す者達に見覚えはないが、身につけている服に見覚えはある。
 恐らく、〝魔法学園〟の生徒達。

 奇妙なのは、この〝吸魔の陣〟の傍にいながら、意識を保つ青年と、こちらを鋭い目つきで見据える男の姿。

 高貴な服装に、胸当たりに付けられた勲章のようなバッジ。
 私の記憶が正しければあれは、

「随分な大物が出てきたな、帝国の若き天才。確かそう謳われていたと記憶しているんだが、若き天才が何故、こんな事を起こしたのか。実に気になるところではあるな、デュナン・レジナ侯爵?」
「……噂に違わぬ、好奇心旺盛なお方だ。ラバン・ノーレッド王子殿下。普通、ここに辿り着ける筈がないんですがね」

 『魔女』であっても、気付けないように細工をしていたというのに。
 という呟きが聞こえた。

「ですが、ワタシの人生が予定通りに進んだ試しなど、一度もなかった」

 不敵に笑う。

「何より、あなた方を殺せば間違いなく帝国は終わる。少なくとも、ノーレッドは死ぬ気で帝国と事を構える事でしょう。それは、ワタシにとっても都合がいい。丁度、殿下が人払いをしてくれたお陰で、奪うエネルギーが足りていませんでしたしね」
「成る程。貴公の目的は帝国の破滅か」
「さて。どうでしょうか」

 誤魔化しにすらならない形ばかりの誤魔化しを最後に、ラバンさんからデュナンと呼ばれた男は〝聖遺物〟だろうものに手を触れさせる。

「────〝骸屍錫杖クシャーナ〟────」

 〝聖遺物〟の形状が変化する。
 髑髏を模った趣味の悪い錫杖へ。

 やがて、しゃらん、と音が鳴ると同時、何処からともなく湧き出る────無数の骸骨。

 正常な人間ならば、真っ先に忌避するであろう、魔気に満ちた異空間が出来上がる。

「……戦争の絶えない動乱期故、聖者は民を守る為に死者すらも使役した、などという文献を目にした時は何をふざけた事をと思ったものだが、成る程。こういうことであったか」
「何を冷静に分析してるんですか、ラバン王子殿下……っ!!」
「あの『魔女』が大仰な箱を造り、こんな地下室に封じ込めていた理由がよく分かる。見る限り、魔力が許す限り屍を召喚出来そうだ」

 ────その代償と条件はまだ分からんが。


 窮地に陥りながらも分析を止めないラバンさんに、現実を見てくれと告げてみたが、右の耳から左の耳状態だった。

 ……わ、私達だけで何とかするしかない。

「……先に生徒を助けるべきだろうな。が、数が多すぎる上、守りながらはまず無理だ」

 ヴァンの言う通りだ。
 どう、する。
 どうすればいい。

「加えて、あいつが味方かどうかも分からない」

 唯一、傷だらけながらも意識を保っていた青年。デュナンと敵対していたようだが、ここで味方と決めつけて行動するのは危険すぎる。

 あまりに障害だらけ。

 考えている間にも、屍は刻々と増えていく。
 地面から這い出るように、奇声をあげながら更に、更に、更に。

「────す、ぅっ」

 その時だった。
 不意に、息を大きく吸い込む音が聞こえた。

 発生源を探すより先に、続く大声量が私達の鼓膜を揺らした。

「ボクはどうなっても構わないッ!! だから、せめてこの人達だけでも助けてくれッ!!」

 なりふり構わない懇願だった。

「この陣は四隅に配置された宝玉によって維持されてる……ッ!! だから、まずはそれを壊ッ、ぃ、ぐぁっ」

 デュナンの片腕で首を掴まれ、青年は苦悶の声を上げる。

 演技には見えなかった。
 しかし、真面に言葉を交わしてすらいない相手を信じるのは如何なものだろうか。

 そんな考えが脳裏に一瞬だけ過った。

 でも私は、彼の言葉が嘘とは思えなかった。

 だから────馬鹿だという事は自覚してるけど、今は信じる事にした。

「わか、り、ました……!!」
「正気か?」

 ラバンさんの疑問は尤もだ。

 しかし、

「分かった。おれは右をいく。殿下は左を頼みます」
「……貴公もか、リキ・マグノリア」
「レオンを疑う気がないと言い出したのはおれです。なら、少なくともおれはその意見を貫く責がある。それだけですよ」

 言葉に従うように駆け出した。
 ……あの人が、レオン・アルバレスさんなのか。

お人好し馬鹿が多過ぎる。が、理屈自体は通っている。とはいえ、時間がない。今は……信じる他ないのだろう。まあ、偶にはそういう賭けをするのも悪くはなかろうて」

 続くようにラバンさんも、王子殿下らしくない俊敏な動きで駆け出した。

 陣を壊す役割を二人が負ってくれるというならば、私達がやる事は決まったようなもの。

「それじゃあ、まずはあの人達を」

 助けなきゃだね。
 と言おうとして、言葉が止まる。
 油断をしていた私に、屍が襲い掛かってきたことで中断されていた。
 だけど、ヴァンがすんでのところで剣を差し込んでくれた事で無事だった。

「助けると言っても、ノアが死んだら意味がない」
「ご、ごめんなさい」

 ……油断しすぎてた。

 だめだ。こんなんじゃ。

 ヴァンの背中を守るんだから、ちゃんとしなきゃいけないのに。
 でも、魔法も精霊術も使い辛い現状、私にはどうしようも────ぃ、や、ある。
 あった、、、

「ノア?」

 一人、時間が止まったように無防備に停止する私を見て、ヴァンが不思議そうに声を掛ける。

「ハク」
『まーた、変なこと考えてる顔してるよ』
「ちょっと、力を貸して欲しいのハク」

 あくまで今は、使い辛いだけ。
 厳密には使えない訳じゃない。

 それに、デュナンを止めるには既にエネルギーを蓄えに蓄えた〝聖遺物〟もどうにかしなくちゃいけない。

 だったら────。

「ここからさ、」

 視線は〝吸魔の陣〟へ。

「魔力を、私も奪えないかな、、、、、、
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