妹に婚約者を奪われた私が、身分を隠していた親友(隣国の王子)と婚約する事になったお話

アルト

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四話

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「……イグナーツ、王子殿下」
「ん?」

 至近距離でごにょごにょと内緒話をする中。
 そんな私達の様子を見兼ねてか、閉口しながらジッと此方を見詰めていたナターシャが不意に声を上げた。

 ————納得がいかない。

 そんな不満の感情がたっぷりと乗せられた声音で紡がれたのはイグナーツの名であった。
 次いで、

「もし、ルーカス公爵家と縁を結びたいのでしたら、姉ではなく、わたくしという事も——」

 お前にはカルロスがいるだろうが。
 と、思わずツッコミを入れたくなる発言が一瞬ばかし鼓膜を掠めるも、

「————あぁ、そうだ。別に王子殿下なんて他人行儀な呼び方でなくとも義兄上とかでもいいぞ?」
「…………。ご冗談を」

 快活な笑みを浮かべながら、まさかの聞こえないフリ。もしかすると本当に聞こえてないのかもしれないけれど、お前の義兄になる事は確定だから、などと言ってまたしても地雷を踏み抜いていた。

 ……ここまでくるとワザとやってるんじゃないかって思えてくるけど多分、天然なんだろうなあって学院での三年の付き合いから答えを導き出す。

 カルロスの婚約者としての立場が私からナターシャに移って以来。
 何かにつけて、妙に勝ち誇った表情というか。
 どこか憐れんだ様子でお姉様にもきっと素敵な殿方が現れるでしょうから。

 とかなんとか言われ続けてたから私だから分かる。

 先の距離を詰めようとする年長者的気遣いのようなイグナーツの発言は十中八九、単なる嫌味としてしか届いてない。

 ……自分の妹がちょっと性格に難があって。
 と言って一から十まで説明をするわけにもいかなくて、黙ってる事しか出来ないのが堪らなくもどかしい。

「……あの、どうして、お姉様なのでしょうか?」

 やがて、至極当然とも言える疑問がナターシャの口から告げられる。
 それは、私も疑問に思っていた内容であった。

「随分と変な事を聞くんだな、レラの妹は」
「変、でしょうか?」
「いや、だってそうだろ。こうしてわざわざ出向いてまで迎えに来る理由なんざ、コイツが良いから。以外に理由があるわけないだろ」

 ……イグナーツのやつ、絶対婚約者を自分の遊び相手か何かと勘違いをしてるよ。

 つい、反射的にそんな感想が胸の内に湧き上がる。

「……男女の好きであるかどうかまでは分からねえっすけど、殿下の貴女に対する好感度はすんげえ高えっすよ。オマケに家格もそれなりにつり合いが取れてる。何かと理由をつけて縁談を拒んでいた殿下に、側にいて楽しいと思える数少ない友人を迎えれば全てが丸く収まるという選択肢が湧いて出た。飛びつくなって言う方が無理な話っす」

 感情が顔に出ていたのか。
 ダミアンが捕捉するように、側で言葉を付け足してくれる。

 イグナーツが私に惚れている。
 なんて自惚れる気が無かったが故に出てきていた感想だったんだけど、どうやらダミアンには見透かされていたらしい。

「……よく分かったね」
「三年も一緒にいればそれなりに分かるっすよ。きっと、アイリスの奴もこの場にいたんなら、僕と同じ事を言った事でしょう」

 アイリス・ユースティル。
 『王立魔法学院』時代の私達のパーティーメンバーの最後の一人であり、ユースティル公爵家の次女。

 本来、『王立魔法学院』でのパーティーは、貴族であれば己のお家に属する子飼いとも言える貴族の子弟を組み込んだり、特例で従者を参加させるのが常識、だったのだが、好き勝手一緒に楽しめそうなヤツを集めてみた!!
 と、公言していたイグナーツはあろう事か、自身と、公爵家の人間を二人。更には隣国の侯爵家嫡男を組み込むという暴挙に出ていた。

 しかも、イグナーツは王子殿下であったという。今なら教師達が事あるごとに私達に目を向けていた理由がもう少し理解出来たような、そんな気がした。

「————で、貴女は妹さんに嫌われでもしてんすか?」
「……あ、あは、あはは……いや、そうだよね。普通は、分かっちゃうよねえ」
「気付かねえのは普段、、の殿下くらいっすよ」
「あー、うん。それはそうだと思う」

 勘違いじゃない?
 とは、口が裂けても言えなかった。
 そのくらい、あからさまに私は嫌われてると思うから。というか手紙で言い訳出来ないレベルで愚痴っちゃってるし……。

 などと、そこまで考えたあたりで思い至る。


 そう言えば私、カルロスは勿論、両親も、妹に対しても色々とイグナーツに愚痴っちゃってなかったっけ……?

「…………」

 そこで慌てて再びイグナーツから渡して貰った両親が書いたであろう手紙に視線を落とす。
 よくよく読んでみると、心なしか、それは縁談に対する受け答えの返信というより謝罪文に近いように思えてしまった。

 程なく、ある可能性にたどり着く。

 そもそも、王子殿下であるならば、わざわざ出向く必要なんてこれっぽっちもない筈なのだ。
 なのに、あえて出向いた理由。

 加えて、私が手紙で色々と表では言えないような事を愚痴ってしまっているという事実。

 更には全く以て貴族らしくないイグナーツの性格。それら全部を加味してみるととある嫌な予感が脳裏を忙しなく過り始める。

「ねえ、ダミアン」
「なんすか?」
「もしかしてなんだけど、イグナーツがわざわざこっちにきた理由って」
「ああ、それはっすね————」

 寡黙で、感情をあんまり顔に出さないダミアンが、心底面白そうに破顔をしながら声を弾ませる。
 その時点で私の中の嫌な予感センサーはゲージを軽く振り切ってしまっていた。

「————折角だから、自分の足で迎えに行くついでに、俺の親友を蔑ろに扱ったヤツに軽く嫌がらせをしとくって言ってたっすね」

 ……無性に頭を抱えたくなった。
 というか、現実を直視したくなくなった。

 それで良いのか、王子殿下。

「とはいえ、心配せずともイグナーツ王子殿下も学院時代とは違って常識は弁えてるっすよ」

 だから、大事に発展する事はないと。

「それに、折角殿下がわざわざ来たってのにそんな顔してると可哀想っす」
「……いや、だってさ」

 愚痴っちゃったのは私だけど、そんな事をする必要はないと思うし……。

「一応、あくまで今回貴女に会いに来たのは、王子としてでなく、同じ釜の飯を食べた友人のイグナーツとしてレラ・ルーカスを心配したから来てるんすよ。殿下の立場がこっそり会いにいく事を許さないんで、そう捉える事はどうしても難しくなっちゃうんすけどね」

 嫌がらせとか、そんな事をする必要はないよ。
 なんて言おうとしてた私の口が、閉口してしまう。

 褒められた事ではないと自覚はしてるけど、その上で、ダミアンから聞かされたその言葉は、どこか照れ臭く感じてしまうものであった。

「なんで、ええ。そういう表情をしてくれた方が殿下も報われるってもんす」
「……うるさい」

 少しだけ照れてる私を見て、ダミアンがそう言うものだから、ぷいと顔を背ける事にした。
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