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洗濯の変態編5章:頑張ったあなた、旅に出ろ

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「寛一さん、駅弁食べます?」


平日でも、やはり東京駅は人でいっぱいだった。そわそわして周りを見ていた寛一さんがびくっとしてこっちを見た。


「え?あ、いいえ、その…すみません、こんな人が多いところはやはり苦手で…」

「まあ、東京はどこも人多いですよね」

「俺のような田舎者は一生慣れない…かと思います」

(そうか、寛一さんは田舎出身なのか…)


そういえば、入居家政夫として働き始めてしばらく経つのに、プライベートな部分に付いては何も知らなかった。もしかしたら、これは少し彼と親しくなるチャンスかもしれない。


(ついでだし…なんか質問して見ようかな)

「寛一さんって、いつ青森から東京に来ましたか?」

「東京に出たのは…約3年前です」

(3年前か…)


その時期は武宏と結婚の準備をしていた頃だ。当時は自分が一番幸せな人だと思っていたけど…今になると思い出にすらならない出来事だ。彩響が引き続き質問した。


「毎年里帰りしていました?」

「今までは丁度この時期に仕事がなくなって…ついでに帰っていました。でも今年は彩響さんのおかげで入居家政夫になれたので、仕事に専念したいと…」

「まあ、青森遠いですからね」


寛一さんが肯定の意味で頷く。新幹線の中で指定席に座ると、彼のカバンの中からおにぎりとペットボトルが出てきた。いつ用意したのか、彩響はそれを見て笑ってしまった。


「ありがとう。なんか、遠足みたいですね」

「そうですね」


答える寛一さんの顔に薄い微笑が浮かんだ。普段あまり見ることの無い、とてもやさしい笑顔だった。

他愛のない話をしたり、おにぎりを食べたり、ちょっと寝たりすると、やっと青森に着いたと案内放送が車内に流れた。そのまま新幹線から降りると、寛一さんが懐かしそうに駅を見回した。


「これからどうします?」

「そうですね…まずは電車に乗りましょうか」


言われるまま、彩響は寛一さんに付いて行った。東京に比べると多少空いている駅で電車に乗り換え約20分、外の風景を見ながら電車に揺られていると、とある駅で寛一さんが立ち上がった。一緒にその駅で降りると、彼が突然歩き始める。どこに向かうのか、しばらく黙ってあとを追いかけていた彩響がふとそのまま立ち止まった。


「あの、寛一さん。一つ確認なんですけど」

その言葉に寛一さんがこっちを振り向いた。


「今、もしかしてご家族のところへ向かってますか?」

「そうです、父のところへ向かっています」

(若い青年が、同い年くらいの女性を連れて実家へ戻る…)

この状況は、間違いなく…

(…これはまさに、「婚約者を紹介します」のやつ?!絶対私のこと彼女だと思うでしょう?!)
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