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 アイツは世界中から追われている。だから俺が隔離します。そういうことで話はついてるはずだ。

 アイツというのは俺の弟であるせいのことだ。アイツはこの世の「音」が聞こえるという。「音」なんてものはこの世に存在しない。昔々の神話か何かには書き記されているそうだが、所詮は作り話にすぎない。
 始まりは特殊な力を持つ子供として、ある面白半分のメディアに紹介されたことだった。しばらくは「不思議少年」として興味を持たれた程度だった。しかし、頑なに「音」の存在を主張し続ける弟はだんだん周囲に反感を持たれたり不気味がられたりするようになる。
 そして弟が「音」を使って慈善活動を始めるようになってからは色々なものから目をつけられるようになった。警察、メディア、研究者。
 弟に賛同するものも(それも熱狂に)少なからずいた。けれど、それが余計に反感を買うことになるのだ。
 結局今は俺が共同生活という名の監視生活を送っている。アイツが余計なことさえしなければ万事うまくいくのだ。アイツが余計なことさえしなければ。
「兄ちゃん! 兄ちゃん! おい、れん!」
「『声』で話しかけんなって言ってるだろ! それに呼び捨てすんなっ」
「急いで行かなきゃなんだよ! ひょうに呼ばれたんだ。兄ちゃんも早くっ」
「だからもう人助けはやめろ! 大体なんで俺まで。俺がお前を監視してるってことになってるのわかってんのかよっ」
「だからだよ。監視してる兄ちゃんが一緒なら怪しまれにくいだろ? それに兄ちゃんだって『音』が聞こえるんだから手伝ってくれよ」
『何してる? 早く来て』
 氷からの連絡らしきものが星の端末に届いたのがちらと見えた。俺は舌打ちをしてボディバッグを引っ掴むと
「これで最後だぞっ!」
と叫んで戸を押し開いた。
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