上 下
2 / 3

2

しおりを挟む
 「声」。それは俺たちきょうだいが幼い頃からお互いとやりとりするためだけに使った特別なツールだ。
 喉の奥から出てくる空気を口の中で震わせるようにすると出てくる。口の形を変えたり舌の位置を変えることでさまざまなバリエーションが生まれる。
 「声」を使って色々な言葉を作り出し、伝え合うのが小さい頃の俺たちの遊びだった。今では「声」を使って会話ができるまでになった。もちろん二人の間にしか通じないし、他人がいる時には使わない。
 「声」の存在など誰にも知られてはいけないのだ。事実誰にも知られてはいない。この人物以外には……。
〝遅い〟
 氷は俺たち二人を見つけると手振りと表情でそう表した。この世界では手振りや体の動き、顔の表情でコミュニケーションをとるのが一般的だ。
 氷の迫力のこもった切れ長の目で睨まれると、俺たちよりも二十センチ近く身長が低いにも関わらず威圧感がある。
〝悪い〟と星が応えた。
 氷は研究者だ。「音」の存在を信じ、存在を証明しようとしている。もちろん研究者たちの間では、異端扱いだ。
 氷にとって星は生きた研究資料なのだ。それで度々つまらない慈善活動と称して星を呼び出しては観察結果を研究材料にしているというわけだ。危険を冒してまでこんなことに付き合うなんて本当に星はどうかしている。
〝また連もきたのか〟
 いかにも厄介者がというような表情をされる。俺だってお前の研究対象なんだぞと言い返してやりたい。しかし言えない。もちろん俺のことはこいつにも秘密なのだ。
〝当たり前だろっ。 そもそもこんな怪しげな活動自体、いい加減やめろ〟
 氷は俺の言葉を見ると、フンと顔を背け、星に向き直る。
〝このマンションでペットが逃げたらしい〟
と氷が表した。
〝またペットかよ! アンタが持ってくる話、七割ペット探しじゃねーか! 俺たちは保健所の職員じゃねぇっつーの!〟
 俺は盛大に抗議する。
〝どんな動物?〟と星は俺の抗議に構わず淡々と尋ねる。
〝ヤマカガシだ〟と氷が答えた。
〝ヤマカガシ?〟
〝毒蛇だ〟


しおりを挟む

処理中です...