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いきなり、パウンドケーキ大作戦!
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穏やかな昼下がりの日差しが、室内を柔らかく照らす。
俺は、逞しい膝の上で、大きな手に余すことなく全身を撫でてもらい、甘やかされていた。彼の前だというのに、だらしのない顔を晒してしまっていた。
あんまりにも、のんびりしまくっている俺に、穏やかな声が呼びかける。
「……アオイ様が、私の好みを聞かれたということは、何かお可愛らしいサプライズがあると……期待しても宜しいのでしょうか?」
「あ、はい。その……バアルさんの誕生日に、ケーキを手作りしたいなって思ってまして……だから今の内に、好きな種類を聞いておこうかなって……ちゃんと当日までに、作れるようになっておきたいから……」
すっかりぽやぽやと緩みきっていた俺の頭は、ずっと一緒にいるんだから、練習中にバレてしまうだろうと、あっさり結論を出していた。素直にまるっと白状していた。
この時の俺は、きっと彼も喜んでくれるだろうと思っていた。気づいていなかったのだ。たった一つだけある、俺の計画がつゆと消えてしまう可能性に。
「私の…………誕生日……」
それは、俺がいまだかつて見たことのない彼の姿だった。はにかんだような微笑みは瞬く間に消え、ほんのりと染まっていた頬は、見る見るうちに真っ青になっていく。
暑くもないのに、汗が滲む額から生えている触覚は力なく、折れてしまいそうなくらいに垂れ下がっている。パタパタとはためいていた羽も、元から生えていなかったように縮んでしまっている。
「……バアル、さん……?」
期待に煌めいていたハズの緑の眼差しが暗く沈み、俺を静かに見つめる。その瞳は、迷子になってしまった子供のように弱々しく見えたんだ。
普段は冴えない俺の頭でも、この時ばかりはさすがにピンときた。眉間に深いシワを刻んだ彼のひどく申し訳なさそうな表情と、言い辛そうに薄い唇を何度も開いては閉じている様に。
「……もしかして、今日……ですか? バアルさんの誕生日」
固まってしまっていた彼の全身が、大きくビクッと跳ねる。それだけでも、答えとしては十分だった。
が、ますますぺたんと垂れてしまった触覚と、しおしおと縮んでしまった羽によって、俺の推測は確信に変わったんだ。
「お、おめでとうございますっ」
「…………ありがとうございます……本当に申し訳ございません」
兎にも角にも、まずはお祝いしたいという強い気持ちが、すぐさま言葉として口から出ていた。
少しだけ背中の羽がはためいたものの、事前に教えていなかったことを気にしているんだろう。バアルさんは頭を下げたまま、一向に俺の方を見てくれない。
「いえ、そんな、気にしないでください……今まで聞いてこなかった、俺も悪いんですから」
しょんぼりと沈んでしまっている彼に対して、俺の胸中は穏やかだった。
震える両手で俺の手を握り締め続けている彼は、してくれてもいいのに、弁解の一つもしなかった。けれど、普段のスマートな姿からは想像できない動揺っぷりに、ただ忘れていただけなんだろうなと、はっきり分かっていたからだ。
寂しいという気持ちも特になく、むしろ今日中に知れて良かったという安堵感に満ちていた。
そもそも彼の落ち込みっぷりの方が心配で、折角の誕生日なんだから笑っていて欲しい、なんとかしなければっていう気持ちの方が、強かったのもあるけどさ。
「あー……因みに、おいくつになられたんですか?」
「……今年で丁度820、ですね……」
「ふへぇ……き、キリがいいですねっ」
予想以上に離れてい、た俺と彼との積み重ねてきた時間という名の距離に、間の抜けた変な声を、ため息と共に漏らしてしまっていた。それどころか、フォローにも励ましにもなっていない言葉まで一緒に。
……そりゃ忘れてても仕方がないわ。俺だったら4、50歳くらいで、俺って今何歳だっけ? ってなる自信があるな。なんなら30くらいで、もうなってそうだし。
ここで突然だが、一つ訂正させて欲しい。今日の俺は、珍しく冴えていた。
何故なら、料理番のスヴェンさんからいただいた、お手軽焼き菓子レシピの中に、今の俺でも作れるケーキが有ったことを、思い出したからだ。
おまけにチョコ味にも、紅茶味にも、簡単にアレンジ可能なピッタリのヤツを。
「……そうだ、パウンドケーキっ……バアルさん、お祝いしましょう? お誕生日の。俺、今から頑張って作りますからっ」
「アオイ様……」
ようやくかち合った瞳に微笑みかけながら、彼の手をそっと握り返す。途端に項垂れていた触覚が、ぴょこっと元気を取り戻す。
ぱちぱちと瞬いていた緑の瞳は、少しずつ元の煌めきを取り戻し、真っ白だった頬が赤味を帯びていく。
ぱたぱたとはためき始めた、透き通った水晶のような羽も、いつの間にかぶわりと大きく広がっていた。
「まだ明日まで、時間は十分あります。俺にバアルさんの大切な日を、一緒にお祝いさせていただけませんか?」
「…………ありがとうございます……是非、宜しくお願い致します」
「はいっ任せてください! 二人で、素敵な誕生日にしましょうね」
頷き、口元を綻ばせた彼の長い腕が、俺を抱き締める。瞬間、白く淡い光が俺達を、整然とした広い室内を包み込む。
部屋全体が塗り替わるように、普段俺達が過ごすソファーやテーブルが消え、代わりに銀色に輝くキッチン、背の高い冷蔵庫、大きなオーブンが現れる。
いつものように深い緑色のエプロンを着せてもらった俺は、彼が見守る中、気合を入れるべく三角巾を締め直した。
俺は、逞しい膝の上で、大きな手に余すことなく全身を撫でてもらい、甘やかされていた。彼の前だというのに、だらしのない顔を晒してしまっていた。
あんまりにも、のんびりしまくっている俺に、穏やかな声が呼びかける。
「……アオイ様が、私の好みを聞かれたということは、何かお可愛らしいサプライズがあると……期待しても宜しいのでしょうか?」
「あ、はい。その……バアルさんの誕生日に、ケーキを手作りしたいなって思ってまして……だから今の内に、好きな種類を聞いておこうかなって……ちゃんと当日までに、作れるようになっておきたいから……」
すっかりぽやぽやと緩みきっていた俺の頭は、ずっと一緒にいるんだから、練習中にバレてしまうだろうと、あっさり結論を出していた。素直にまるっと白状していた。
この時の俺は、きっと彼も喜んでくれるだろうと思っていた。気づいていなかったのだ。たった一つだけある、俺の計画がつゆと消えてしまう可能性に。
「私の…………誕生日……」
それは、俺がいまだかつて見たことのない彼の姿だった。はにかんだような微笑みは瞬く間に消え、ほんのりと染まっていた頬は、見る見るうちに真っ青になっていく。
暑くもないのに、汗が滲む額から生えている触覚は力なく、折れてしまいそうなくらいに垂れ下がっている。パタパタとはためいていた羽も、元から生えていなかったように縮んでしまっている。
「……バアル、さん……?」
期待に煌めいていたハズの緑の眼差しが暗く沈み、俺を静かに見つめる。その瞳は、迷子になってしまった子供のように弱々しく見えたんだ。
普段は冴えない俺の頭でも、この時ばかりはさすがにピンときた。眉間に深いシワを刻んだ彼のひどく申し訳なさそうな表情と、言い辛そうに薄い唇を何度も開いては閉じている様に。
「……もしかして、今日……ですか? バアルさんの誕生日」
固まってしまっていた彼の全身が、大きくビクッと跳ねる。それだけでも、答えとしては十分だった。
が、ますますぺたんと垂れてしまった触覚と、しおしおと縮んでしまった羽によって、俺の推測は確信に変わったんだ。
「お、おめでとうございますっ」
「…………ありがとうございます……本当に申し訳ございません」
兎にも角にも、まずはお祝いしたいという強い気持ちが、すぐさま言葉として口から出ていた。
少しだけ背中の羽がはためいたものの、事前に教えていなかったことを気にしているんだろう。バアルさんは頭を下げたまま、一向に俺の方を見てくれない。
「いえ、そんな、気にしないでください……今まで聞いてこなかった、俺も悪いんですから」
しょんぼりと沈んでしまっている彼に対して、俺の胸中は穏やかだった。
震える両手で俺の手を握り締め続けている彼は、してくれてもいいのに、弁解の一つもしなかった。けれど、普段のスマートな姿からは想像できない動揺っぷりに、ただ忘れていただけなんだろうなと、はっきり分かっていたからだ。
寂しいという気持ちも特になく、むしろ今日中に知れて良かったという安堵感に満ちていた。
そもそも彼の落ち込みっぷりの方が心配で、折角の誕生日なんだから笑っていて欲しい、なんとかしなければっていう気持ちの方が、強かったのもあるけどさ。
「あー……因みに、おいくつになられたんですか?」
「……今年で丁度820、ですね……」
「ふへぇ……き、キリがいいですねっ」
予想以上に離れてい、た俺と彼との積み重ねてきた時間という名の距離に、間の抜けた変な声を、ため息と共に漏らしてしまっていた。それどころか、フォローにも励ましにもなっていない言葉まで一緒に。
……そりゃ忘れてても仕方がないわ。俺だったら4、50歳くらいで、俺って今何歳だっけ? ってなる自信があるな。なんなら30くらいで、もうなってそうだし。
ここで突然だが、一つ訂正させて欲しい。今日の俺は、珍しく冴えていた。
何故なら、料理番のスヴェンさんからいただいた、お手軽焼き菓子レシピの中に、今の俺でも作れるケーキが有ったことを、思い出したからだ。
おまけにチョコ味にも、紅茶味にも、簡単にアレンジ可能なピッタリのヤツを。
「……そうだ、パウンドケーキっ……バアルさん、お祝いしましょう? お誕生日の。俺、今から頑張って作りますからっ」
「アオイ様……」
ようやくかち合った瞳に微笑みかけながら、彼の手をそっと握り返す。途端に項垂れていた触覚が、ぴょこっと元気を取り戻す。
ぱちぱちと瞬いていた緑の瞳は、少しずつ元の煌めきを取り戻し、真っ白だった頬が赤味を帯びていく。
ぱたぱたとはためき始めた、透き通った水晶のような羽も、いつの間にかぶわりと大きく広がっていた。
「まだ明日まで、時間は十分あります。俺にバアルさんの大切な日を、一緒にお祝いさせていただけませんか?」
「…………ありがとうございます……是非、宜しくお願い致します」
「はいっ任せてください! 二人で、素敵な誕生日にしましょうね」
頷き、口元を綻ばせた彼の長い腕が、俺を抱き締める。瞬間、白く淡い光が俺達を、整然とした広い室内を包み込む。
部屋全体が塗り替わるように、普段俺達が過ごすソファーやテーブルが消え、代わりに銀色に輝くキッチン、背の高い冷蔵庫、大きなオーブンが現れる。
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