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ベッドに残された微かな温もり
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……身体が寒い。
おぼろげな記憶が確かなら、俺は落ち着くハーブの香りと、とても心地のいい温もりに包まれて眠りについたはずだ。はずだった。
「何処、だっけ……ここ?」
まだしっかりと開ききっていない目に映っているのは、晴れ渡る空のように真っ青な天井。
少し身を捩れば、触り心地のいいシーツと羽のように軽く柔らかい掛け布団が。ぼんやりとしたままの意識を、再び眠りへ誘おうとしてくるせいで、中々現状を把握することが出来ない。
なんとかフカフカの誘惑を振りきろうと、鉛のように重たくなっている身体に気合いを入れ、上体を起こす。
眠る前までの記憶を、無理矢理掘り起こそうとしているせいだろうか。
金属の輪っかにでも締めつけられているみたいに、キリキリと頭の前と横側が痛んだ。
えっと……確か試験前に一夜漬けしてて……
気がついたら、すぐ側に真っ赤な池がいくつもあって。地面の所々から火が噴き出してるわ、絶えることなく人の悲鳴が聞こえるわっていう、すげぇ怖いところにいて……それで……
「あ……そうか、俺…………死んじゃったんだ」
たまたまその日、病気で亡くなる予定だった、俺と同姓同名の見も知らぬ誰か。性別どころか、年齢までも一緒っていう、全く有り難くない奇跡的な一致のせいで間違えられて、そして。
魂を刈られてしまったんだった。挙げ句に、何故か地獄に落とされたんだったわ。
ぽろりとこぼれたのは、あまりにも平坦な声と他人事のような物言い。自分でも驚いてしまう。
別に、悲しくないわけじゃない。自棄になったわけでも。
実際、昨日の出来事と一緒に芋づる式に、あの嫌な感覚を。真っ暗な穴の中へと、自分の存在が落ちて消えていくような。内臓全体が浮き上がるような不快感を思い出してしまった。そのせいで、心臓とか、胃の辺りが痛い。でも……
不安で仕方がなかった俺に向けられた、柔らかいあの人の微笑みが、温かい光を帯びた緑色の瞳が。
俺を労るように、ゆるゆると撫でてくれた骨ばった大きな手の温もりが、ずっと一緒に居てくれるという約束が。
ぐらぐらと折れそうになっている俺の心を支えてくれている。昨日よりはまだ、冷静さを保つことが出来たんだ。
「……バアルさん」
俺が眠りにつくまでずっと、頭や背中を優しく撫でてくれていた彼。その姿は隣にはなく、真っ白なシーツにそっと触れるとほんの少しだけ、その温もりが残っているだけだった。
途端にぐるぐると暗いものが、胸の中を渦巻き始める。が、気づかないフリをして、大きなベッドから降りた。整然とした部屋を見回す。
青い水晶で造られたシャンデリア。そして、大きな窓から入り込む、朝の日射しが照らす室内。
広々としたそこは、彼を呼ぶ俺の小さな声なんて、空気に溶けて消えてしまいそうなほど、静けさに満ちていて。
ふわふわの絨毯が床一面に広がっているというのに、足の先どころか背筋まで寒くなってきてしまう。思わず自分の身体を抱き締め、擦った。
「バアルさん?」
呼び掛ければ直ぐに、あの聞き心地のいい低音が応えてくれると思っていた。なのに。
銀の装飾が施されたテーブルの上は、ぽつんと真ん中に花瓶が、小さな白い花が、咲きこぼれているだけ。彼との和やかなティータイムなんて、夢だったみたいだ。
部屋のどこを見回しても、すらりと伸びた彼の姿どころか、その痕跡すらなにもなくて。胸の上に重たい石が乗ったように突然、息が苦しくなった。
「バアルさんっ……」
じわじわと腹の奥から滲み出る気持ち悪さに、頭の天辺から冷や水を浴びせられたような肌寒さに。震える喉から引きつった声が出て、身体に力が入らなくなってくる。
静まり返った部屋が、余計に広く感じる。俺だけが、ただ一人世界から切り離されてしまったような。
そんな心もとなさに、そのまま膝から崩れ落ちそうになった俺を、長い腕がすんでのところで抱き止めてくれた。
「アオイ様っ」
ぼやけかけた視界に、探し求めていた彼の姿が映る。
「どこかお加減が悪いのですか? こんなに震えて……お顔も真っ青ではありませんか……」
整えられた白い髭に、きっちり撫でつけられたオールバックの髪。
額から生えている触角は心なしかしょんぼりと下がり、その背に見える半透明の羽も元気がなさそうに縮んでしまっている。
宝石みたいに綺麗な、いくつもの六角形のレンズで構成された複眼の瞳には、不安気な色が宿っていた。
「何処に……行ってたんですか? 側に、居てくれるって……言ってたじゃ、ないですか……」
頬に添えられた手の温かさに、つっぱっていた心が緩んでいく。必死に抑えていたものが、目から勝手に溢れ出す。
「申し訳ありません……大変、心細い思いをさせてしまって……」
抱き寄せられ、鼻先にふわりと香ったハーブの匂い。安心する香りに、強ばっていた身体から力が抜けていく。
つい甘えるように額を、幅広の肩に擦りつけてしまった。大きな掌が、俺の背中を優しい手つきで何度も何度も撫でてくれる。
「バアル、さん……バアルさん……」
とにかく不安で不安で仕方がなくて。目の前に彼がいると分かっているのに、確認せずにはいられなくて。震える喉から絞り出した情けない声で、ひたすら彼の名前を呼び続けてしまった。
「もう、大丈夫ですよ……私がずっと貴方様のお側におります」
耳元でそっと囁かれた柔らかい響きを持った声に、全身を包み込んでくれる温かさに。
ようやく、ぐらついていた気持ちが安定してきて自然と口から安堵の息が漏れていた。
おぼろげな記憶が確かなら、俺は落ち着くハーブの香りと、とても心地のいい温もりに包まれて眠りについたはずだ。はずだった。
「何処、だっけ……ここ?」
まだしっかりと開ききっていない目に映っているのは、晴れ渡る空のように真っ青な天井。
少し身を捩れば、触り心地のいいシーツと羽のように軽く柔らかい掛け布団が。ぼんやりとしたままの意識を、再び眠りへ誘おうとしてくるせいで、中々現状を把握することが出来ない。
なんとかフカフカの誘惑を振りきろうと、鉛のように重たくなっている身体に気合いを入れ、上体を起こす。
眠る前までの記憶を、無理矢理掘り起こそうとしているせいだろうか。
金属の輪っかにでも締めつけられているみたいに、キリキリと頭の前と横側が痛んだ。
えっと……確か試験前に一夜漬けしてて……
気がついたら、すぐ側に真っ赤な池がいくつもあって。地面の所々から火が噴き出してるわ、絶えることなく人の悲鳴が聞こえるわっていう、すげぇ怖いところにいて……それで……
「あ……そうか、俺…………死んじゃったんだ」
たまたまその日、病気で亡くなる予定だった、俺と同姓同名の見も知らぬ誰か。性別どころか、年齢までも一緒っていう、全く有り難くない奇跡的な一致のせいで間違えられて、そして。
魂を刈られてしまったんだった。挙げ句に、何故か地獄に落とされたんだったわ。
ぽろりとこぼれたのは、あまりにも平坦な声と他人事のような物言い。自分でも驚いてしまう。
別に、悲しくないわけじゃない。自棄になったわけでも。
実際、昨日の出来事と一緒に芋づる式に、あの嫌な感覚を。真っ暗な穴の中へと、自分の存在が落ちて消えていくような。内臓全体が浮き上がるような不快感を思い出してしまった。そのせいで、心臓とか、胃の辺りが痛い。でも……
不安で仕方がなかった俺に向けられた、柔らかいあの人の微笑みが、温かい光を帯びた緑色の瞳が。
俺を労るように、ゆるゆると撫でてくれた骨ばった大きな手の温もりが、ずっと一緒に居てくれるという約束が。
ぐらぐらと折れそうになっている俺の心を支えてくれている。昨日よりはまだ、冷静さを保つことが出来たんだ。
「……バアルさん」
俺が眠りにつくまでずっと、頭や背中を優しく撫でてくれていた彼。その姿は隣にはなく、真っ白なシーツにそっと触れるとほんの少しだけ、その温もりが残っているだけだった。
途端にぐるぐると暗いものが、胸の中を渦巻き始める。が、気づかないフリをして、大きなベッドから降りた。整然とした部屋を見回す。
青い水晶で造られたシャンデリア。そして、大きな窓から入り込む、朝の日射しが照らす室内。
広々としたそこは、彼を呼ぶ俺の小さな声なんて、空気に溶けて消えてしまいそうなほど、静けさに満ちていて。
ふわふわの絨毯が床一面に広がっているというのに、足の先どころか背筋まで寒くなってきてしまう。思わず自分の身体を抱き締め、擦った。
「バアルさん?」
呼び掛ければ直ぐに、あの聞き心地のいい低音が応えてくれると思っていた。なのに。
銀の装飾が施されたテーブルの上は、ぽつんと真ん中に花瓶が、小さな白い花が、咲きこぼれているだけ。彼との和やかなティータイムなんて、夢だったみたいだ。
部屋のどこを見回しても、すらりと伸びた彼の姿どころか、その痕跡すらなにもなくて。胸の上に重たい石が乗ったように突然、息が苦しくなった。
「バアルさんっ……」
じわじわと腹の奥から滲み出る気持ち悪さに、頭の天辺から冷や水を浴びせられたような肌寒さに。震える喉から引きつった声が出て、身体に力が入らなくなってくる。
静まり返った部屋が、余計に広く感じる。俺だけが、ただ一人世界から切り離されてしまったような。
そんな心もとなさに、そのまま膝から崩れ落ちそうになった俺を、長い腕がすんでのところで抱き止めてくれた。
「アオイ様っ」
ぼやけかけた視界に、探し求めていた彼の姿が映る。
「どこかお加減が悪いのですか? こんなに震えて……お顔も真っ青ではありませんか……」
整えられた白い髭に、きっちり撫でつけられたオールバックの髪。
額から生えている触角は心なしかしょんぼりと下がり、その背に見える半透明の羽も元気がなさそうに縮んでしまっている。
宝石みたいに綺麗な、いくつもの六角形のレンズで構成された複眼の瞳には、不安気な色が宿っていた。
「何処に……行ってたんですか? 側に、居てくれるって……言ってたじゃ、ないですか……」
頬に添えられた手の温かさに、つっぱっていた心が緩んでいく。必死に抑えていたものが、目から勝手に溢れ出す。
「申し訳ありません……大変、心細い思いをさせてしまって……」
抱き寄せられ、鼻先にふわりと香ったハーブの匂い。安心する香りに、強ばっていた身体から力が抜けていく。
つい甘えるように額を、幅広の肩に擦りつけてしまった。大きな掌が、俺の背中を優しい手つきで何度も何度も撫でてくれる。
「バアル、さん……バアルさん……」
とにかく不安で不安で仕方がなくて。目の前に彼がいると分かっているのに、確認せずにはいられなくて。震える喉から絞り出した情けない声で、ひたすら彼の名前を呼び続けてしまった。
「もう、大丈夫ですよ……私がずっと貴方様のお側におります」
耳元でそっと囁かれた柔らかい響きを持った声に、全身を包み込んでくれる温かさに。
ようやく、ぐらついていた気持ちが安定してきて自然と口から安堵の息が漏れていた。
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