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バアルさんの言動に一喜一憂
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普通はさ、自分のすぐ側に他人が居るとなんだか落ち着かないよな。たとえその人が家族や親しい友達であってもさ。
なんだっけこういうの…………ええっと……ああ、そうだ。パーソナルスペース? ってやつ。それだ。
だからさ、それを踏まえると、ある人の近くに居れば居るほど落ち着くなって思っちゃうのは、おかしいんだよな。おかしいはず……だよな?
「…………さむい」
夢と現の狭間で微睡んでいた俺の、自分勝手な独り言。我儘でしかない訴えに応えてくれる声なんて、本来ならいないハズなのだが。
「畏まりました。では、失礼致します」
耳障りのいい低音が、すぐさま了承の言葉を紡ぐ。側で聞こえた、その穏やかな声の持ち主が、毛布でも掛けてくれたんだろう。
俺の身体を、まるで人肌のような心地のいい温もりが包み込んだ。
「いかがでしょうか?」
「ん……あったかい…………ありがとう」
「それは、何よりでございます」
それにしてもこの毛布、いい匂いがするな……ハーブみたいな。なんだかスゴく安心する。
優しい香りに釣られて顔を寄せる。すると頭の上の方から擽ったそうな、クスクスと声を抑えて笑う声が降ってきた。
そして、ごく自然に俺は、その声の正体を確かめるべく、顔を上げてしまっていたんだ。
「おや、起こしてしまいましたか……すみません」
勝手に毛布だと思い込んでいた、温かいもの。もとい、きゅっと引き締まったバアルさんの腰に、俺は腕をしっかり回してしまっていた。
「無防備にすり寄ってくる貴方様が、あまりにも可愛らしくて、つい」
至近距離でふわりと綻ぶ口元に、重たい瞼によって狭まっていた視界がパチリと開く。
目の前に映る彼の姿は、普段の絵に描いたような、理想の執事である彼の印象と随分違っていた。
見ているだけで、妙に胸の辺りがそわそわしてしまうのに、どうしても目を離すことが出来ない。それどころか食い入るように、じっと見つめ続けてしまっていた。
いつもカッチリと撫でつけられているオールバックは緩んでいる。綺麗に整えられている白い髭も、なんだか少し伸びている。
さらりと下ろされた前髪と渋さを増した彫りの深い顔立ちは、朝っぱらから心臓に悪くて仕方がない。
なのに、シャツの襟元まで開いているせいだ。くっきり浮かんだ鎖骨に、つい目が行ってしまう。ますます顔が熱くなってしまう。
「よくお休みになられていたようで、安心致しました」
彼の生え際から生えた触覚が、機嫌良さそうに揺れている。六角形のレンズで構成された緑色の複眼。まるで宝石みたいに美しい瞳が、ゆるりと細められた。
俺には欠片もない大人の男の色気にあてられ、頭の中は完全にとっ散らかってしまっている。
なんで彼と添い寝させてもらっているんだ? なんて、愚かな疑問まで浮かぶ始末だ。
しかし、それは、ものの数秒であっさり解決されることになる。苦々しげに口元を歪めた、彼の言葉によって。
「昨日は私の不注意で、アオイ様に大変心細い思いをさせてしまいましたので」
瞬間、ぱっと蘇った光景は、俺にとって思わず顔を覆いたくなるほど恥ずかしくて、なかったことにしたいもので。彼の視線から逃げるように俯き、手のひらに力を込めてしまった。彼のカッターシャツにシワを作ってしまっていた。
「……その節は、大変申し訳ありませんでした」
そうだった、俺のせいだった。
起きた時、隣に居なかった彼に。ただ、お風呂の準備をする為に、眠っている俺を起こさないように浴室へ行っていただけの彼に。
ずっと側に居てくれるんじゃなかったのか、なんて、子供みたいな文句を言って泣き喚いた、俺のせいだった。
「どうか、お気になさらないでください。私の配慮が足らなかっただけのことですから……それに」
いつもは、白い手袋に覆い隠されている大きな手。大きくて、白くてキレイだけれど骨ばった大人の手が、俺の頬をそっと撫でる。
白く細長い指が顎に触れた。ゆっくり持ち上げられて、目線が合う。
「お慕い申し上げております御方から頼りにされることほど、男冥利に尽きることはございませんので」
スゴく丁寧な口ぶりで、さもなんでもないような顔をして、淡々と告げられてしまった。ド直球な好意を。
すでに高鳴り始めていた心臓が、ますます暴れ出す。
「ふぇ……」
半開きになっていた俺の口からは、喉の奥から無理矢理押し出されたような情けない声が、勝手に漏れてしまっていた。
「ところでアオイ様、今朝のお食事はいかがなさいますか?」
「へ? えっと……」
スイッチが切り替わったみたいにパッと消える。ほんのり漂い始めていた、気持ちがそわそわ落ち着かなくなる空気が。
目の前に居る彼はもう、胸がくすぐったくなるようなことを囁いてくれる彼ではない。いつもの、俺の世話なんかに尽力してくれる彼に戻ってしまっていた。
「すぐに召し上がりますか?」
やっぱり人生経験の差なんだろうか。常に彼の言動に一喜一憂、いっぱいいっぱいな俺と違って、さらりとああいうことを言ってのけてしまうのは。
埋められない、これから先も埋まることのない、積み上げた時間と言う名の彼との距離。途方もないそれの片鱗を見せつけられた気がして、胸の内がもやっと沈んでしまう。
それは、その寂しさは、一度込み上げてしまうと、こびりついたシミみたいにしつこく取れない。ハズだったんだが。
「それとも、今しばらく、この老骨めとの戯れにお付き合い頂けますか?」
いとも簡単に、たった一言で吹き飛ばしてしまうのも、その経験値ってヤツの差なんだろうか。
なんだっけこういうの…………ええっと……ああ、そうだ。パーソナルスペース? ってやつ。それだ。
だからさ、それを踏まえると、ある人の近くに居れば居るほど落ち着くなって思っちゃうのは、おかしいんだよな。おかしいはず……だよな?
「…………さむい」
夢と現の狭間で微睡んでいた俺の、自分勝手な独り言。我儘でしかない訴えに応えてくれる声なんて、本来ならいないハズなのだが。
「畏まりました。では、失礼致します」
耳障りのいい低音が、すぐさま了承の言葉を紡ぐ。側で聞こえた、その穏やかな声の持ち主が、毛布でも掛けてくれたんだろう。
俺の身体を、まるで人肌のような心地のいい温もりが包み込んだ。
「いかがでしょうか?」
「ん……あったかい…………ありがとう」
「それは、何よりでございます」
それにしてもこの毛布、いい匂いがするな……ハーブみたいな。なんだかスゴく安心する。
優しい香りに釣られて顔を寄せる。すると頭の上の方から擽ったそうな、クスクスと声を抑えて笑う声が降ってきた。
そして、ごく自然に俺は、その声の正体を確かめるべく、顔を上げてしまっていたんだ。
「おや、起こしてしまいましたか……すみません」
勝手に毛布だと思い込んでいた、温かいもの。もとい、きゅっと引き締まったバアルさんの腰に、俺は腕をしっかり回してしまっていた。
「無防備にすり寄ってくる貴方様が、あまりにも可愛らしくて、つい」
至近距離でふわりと綻ぶ口元に、重たい瞼によって狭まっていた視界がパチリと開く。
目の前に映る彼の姿は、普段の絵に描いたような、理想の執事である彼の印象と随分違っていた。
見ているだけで、妙に胸の辺りがそわそわしてしまうのに、どうしても目を離すことが出来ない。それどころか食い入るように、じっと見つめ続けてしまっていた。
いつもカッチリと撫でつけられているオールバックは緩んでいる。綺麗に整えられている白い髭も、なんだか少し伸びている。
さらりと下ろされた前髪と渋さを増した彫りの深い顔立ちは、朝っぱらから心臓に悪くて仕方がない。
なのに、シャツの襟元まで開いているせいだ。くっきり浮かんだ鎖骨に、つい目が行ってしまう。ますます顔が熱くなってしまう。
「よくお休みになられていたようで、安心致しました」
彼の生え際から生えた触覚が、機嫌良さそうに揺れている。六角形のレンズで構成された緑色の複眼。まるで宝石みたいに美しい瞳が、ゆるりと細められた。
俺には欠片もない大人の男の色気にあてられ、頭の中は完全にとっ散らかってしまっている。
なんで彼と添い寝させてもらっているんだ? なんて、愚かな疑問まで浮かぶ始末だ。
しかし、それは、ものの数秒であっさり解決されることになる。苦々しげに口元を歪めた、彼の言葉によって。
「昨日は私の不注意で、アオイ様に大変心細い思いをさせてしまいましたので」
瞬間、ぱっと蘇った光景は、俺にとって思わず顔を覆いたくなるほど恥ずかしくて、なかったことにしたいもので。彼の視線から逃げるように俯き、手のひらに力を込めてしまった。彼のカッターシャツにシワを作ってしまっていた。
「……その節は、大変申し訳ありませんでした」
そうだった、俺のせいだった。
起きた時、隣に居なかった彼に。ただ、お風呂の準備をする為に、眠っている俺を起こさないように浴室へ行っていただけの彼に。
ずっと側に居てくれるんじゃなかったのか、なんて、子供みたいな文句を言って泣き喚いた、俺のせいだった。
「どうか、お気になさらないでください。私の配慮が足らなかっただけのことですから……それに」
いつもは、白い手袋に覆い隠されている大きな手。大きくて、白くてキレイだけれど骨ばった大人の手が、俺の頬をそっと撫でる。
白く細長い指が顎に触れた。ゆっくり持ち上げられて、目線が合う。
「お慕い申し上げております御方から頼りにされることほど、男冥利に尽きることはございませんので」
スゴく丁寧な口ぶりで、さもなんでもないような顔をして、淡々と告げられてしまった。ド直球な好意を。
すでに高鳴り始めていた心臓が、ますます暴れ出す。
「ふぇ……」
半開きになっていた俺の口からは、喉の奥から無理矢理押し出されたような情けない声が、勝手に漏れてしまっていた。
「ところでアオイ様、今朝のお食事はいかがなさいますか?」
「へ? えっと……」
スイッチが切り替わったみたいにパッと消える。ほんのり漂い始めていた、気持ちがそわそわ落ち着かなくなる空気が。
目の前に居る彼はもう、胸がくすぐったくなるようなことを囁いてくれる彼ではない。いつもの、俺の世話なんかに尽力してくれる彼に戻ってしまっていた。
「すぐに召し上がりますか?」
やっぱり人生経験の差なんだろうか。常に彼の言動に一喜一憂、いっぱいいっぱいな俺と違って、さらりとああいうことを言ってのけてしまうのは。
埋められない、これから先も埋まることのない、積み上げた時間と言う名の彼との距離。途方もないそれの片鱗を見せつけられた気がして、胸の内がもやっと沈んでしまう。
それは、その寂しさは、一度込み上げてしまうと、こびりついたシミみたいにしつこく取れない。ハズだったんだが。
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