【完結】間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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お相手から直々にってのは、どうなんだろうか?

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 気になっている人に少しでも自分をよく見せたくて、肌の手入れをしたり、髪型を変えてみたり。

 普段は着ないような、おしゃれな服にチャレンジしてみるのは、まあ、普通だよな?

 それも、初デートだったら、余計に気合いが入り過ぎちゃうのも仕方がないと思うんだ。思うんだけどさ。


「……お相手から直々に手伝ってもらうってのは、どうなんだろうか?」

 うっかり漏れていた俺の小さな困惑の声は、ふかふかの絨毯の上に落ちて消えた。

 目の前の姿見に映っている自分の肌は、エステにでも行ったのかってくらいに白くすべすべ。短めの髪の毛は、大きな窓からこぼれる朝の日差しを浴びて、つやつやに輝いている。なんかちょっといい匂いもするし。

「アオイ様、どうぞこちらへ」

 いつもの数十倍、念入りに磨かれてしまった俺に呼び掛ける穏やかで聞き心地のいい低音。その声の持ち主こそが、今日のデートのお相手である。

 そんでもって、ほんの少し前に、俺の身体を丁寧に隅々まで洗ってから、何種類もの液体やクリームを、おでこから足の指の間まで、満遍なく塗りたくった張本人でもある。

 ちなみに顔だけじゃなく、髪にもヘアパックなるものがあると教えくれたのも彼である。俺の髪を使った実演つきで。

「っはい」

 柔らかい光を帯びた緑色の、いくつもの六角形のレンズで構成された複眼に促され、いつも彼と二人、並んで腰掛けているものとは違う一人用のソファーに座る。

 先程の動きやすそうな黒いベストに、長い黒のエプロンを腰に巻きつけた姿から、普段の仕事着である執事服へと、いつの間にか着替えていた彼。バアルさんは、律儀に俺の前で胸に手を当て、綺麗な角度のついたお辞儀を披露してから跪いた。

「失礼致します」

 白い手袋に覆われた一回り大きな手が、壊れ物でも扱うかのように俺の手を優しく取る。

 ぽんっと音を立て現れた、緑に光る粒。もとい、彼の召し使いであるハエのコルテから、小さな彼の体長の十倍はあろうかという、長い金属の薄い板を受け取り、爪の先端を磨き始めた。

 整えられた白い髭が似合う口元は、真剣そうにキュッと引き結ばれている。けれども、なんだか機嫌がよさそうだ。

 カッチリと撫で付けられた、オールバックの生え際。そこから生えている二本の触覚と背中にある半透明の羽が、小さく揺れている。

 もしかしたら、彼は元から人のお世話をするのが好きなのかもしれないな。

 最初に湯あみを手伝ってもらった時、俺が悪い気はしないってうっかり口走ったら喜んでたし。

 ……だからといって、身だしなみを一から十まで彼任せにしてしまうってのは、いかがなもんだろうか?

 ふと、慎重に先端を板で削っている彼から、視界の端に映っている銀色のハンガーラックに目を向ける。

 そこには大量の、多分俺がこれから着せ替えられる予定であろう服がズラリ。

 サタン様やヨミ様が着ていたようなファンタジーの貴族っぽい服。俺に配慮してくれたのか、ファッション雑誌に載ってそうな、シンプルなジャケットやカーディガン等が、コーディネート別に並んでいる。

 今まで、マネキンが着てるんだからまぁ、おかしくはないだろうと、適当に服を選んできた俺にとっては、頭が痛くなるというか。見ているだけで目がチカチカしてくるというか……途方にくれてしまいそうなラインナップの多さだ。

 …………やっぱり一番大事なのはさ、バアルさんに気に入ってもらえるかどうかなんだからさ。

 だったら下手に俺が選ぶより、彼に選んでもらった方がいいよな? うん。それがいいに決まってる、絶対。

 俺の中でポッキリと何かが折れた音を聞かなかったことにして、懸命に言い訳を並べ、自分を無理矢理納得させる。

 俺がうんうんと背中に変な汗をかきながら一人頷いている間にも、作業は淡々と進んでいたよう。

 プラスチック……いや、スポンジかな? これまた薄い板状になっているもので、今度は爪の表面を優しく擦っている。

 まだ途中みたいだけど、おしゃれのおの字も知らない俺でも分かるくらい。まだ磨かれていない左手に比べて右手の爪は、ぴかぴかと青いシャンデリアの明かりを受け輝いていた。

「スゴいですね……これ、何か塗ったってわけじゃないんですよね?」

「はい。表面を軽く削って整え、艶出しを行わせていただきました」

 まじまじと眺めていた爪の先に、ぴぴぴとガラス細工のように透明な羽をはためかせ、近寄ってきたコルテが、得意気に全身を瞬かせる。

「ですが……少し気持ちが入り過ぎてしまいましたね……」

 申し訳ありません、と軽く頭を下げたバアルさんの頬は、ほんのりと染まっている。照れくさそうに微笑むその表情に、きゅっと胸の奥が締めつけられた。

「あまり艶が出ない方がお好みでしたら、以後は控えますが……どう致しますか?」

 どうやら、先程の謝罪は磨きすぎてしまったのではと、気にしてのことだったらしい。

 バアルさんの珍しい表情につい、心を持っていかれていたから、自分の爪のぴかぴか具合なんて、頭から完全に吹き飛んでしまっていたんだけどさ。

「……バアルさんはどっちが、その、す、好き……ですか?」

 単に爪の光具合について聞いているだけだ。だというのに、好きっていうたった二文字を彼に対して使うことに、少し、いや大分勇気がいるのは、勝手に声が震えてしまうのは、何故だろう。

「私、ですか?」

 引き締まった首を傾げ、きょとんと俺を見つめる緑の瞳に、ますます自分の顔が熱くなっていくのを感じる。

 それと同時に、何故か胸の奥がじくじくするような寂しさが湧いてきてしまう。思わず彼の視線から逃げるように、目を伏せていた。

「そうですね……見た目の好み云々というよりは、少し私情を挟んだ意見にはなりますが……」

 そんな、自分でもよく解らない、胸の内を渦巻くもやもやした気持ちを。

「貴方様により長く触れていられますので、こちらの方が私は好きですね」

 思いがけない言葉で、あっさりと吹き飛ばしてしまうもんだから。期待していたものより嬉しい言葉を、何の気なしにくれるもんだから。

 単純な俺は、舞い上がってしまっていた。つい、勢いよく顔を上げてしまっていた。

「お、俺もバアルさんに、もっといっぱい触って欲しいですっ」

 また、後から思い出せば顔を覆いたくなるようなことを、口走ってしまっていたんだ。
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