間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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いくら好き同士だからって、寝込みを襲うのはマズいよな?

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 彫りの深い顔を包み込むように両手を添える。額を合わせ、すっと通った鼻に自分の鼻先が触れた途端にだった。

 ただでさえずっと、煩くて仕方がなかった心臓が一際大きく跳ねたのは、全身の熱が顔に集中していったのは。

 あと少し……もうちょっとだけ、顔を近づけることが出来れば、触れ合える距離にある薄い唇。静かな吐息を漏らす唇が、目に入った瞬間だった

 ……ちょっと待て。これじゃあ、俺がバアルさんを襲ってるみたいじゃないか? っていうか襲ってるよな完全に、寝込みを。

 だって、好き勝手撫で回したあげく……き、キスしようとしてるんだからさ。

 いくらなんでも、お互い……す、好き同士だからってマズくないか? マズい……よな、やっぱり。

 親しき仲にも礼儀ありっていうし、するんだったらちゃんと彼が起きている時に、許可をもらってからするべきじゃ……

 すんでのところで、少し冷静さを取り戻した俺は、一人勝手に思考の渦にハマってしまっていた。

「……して、頂けないのでしょうか?」

 形のいい唇が、穏やかな低音で俺に向かって尋ねてくるまで。

「え?」

「烏滸がましくも私めは、アオイ様から……」

 背に回されていたはずの骨ばった手が、長い指が、俺の頬をひと撫でしてから唇に触れるまで。

「大変可愛らしい、朝の挨拶を賜われるとばかり思っていたのですが……」

 いつの間にか開いていた、妖しい熱のこもった緑の瞳に捉われるまで。全く、気がつかなかったんだ。

 突然、頭から冷水を浴びせられたようだ。一気に、浮かれた熱が引いていく。口が、声が震えてしまう。

「い、いつから……起きてたんですか?」

 どこか嬉しそうに目を細めたバアルさんが、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「……貴方様が、私に触れてくださった時から、ですかね」

 いやいやいや……俺が触った時ってことは、最初っからじゃないかっ!

 ……ってことは、俺がこっそり……き、キスしようとしていたこともバレて……

「あっ……ぅ……ご、ごめん……なさい」

 恥ずかしさよりも、自分の身勝手な浅ましさに目の奥がカッと熱くなる。

「何故、お謝りになるのです?」

 額から生えた触覚を片方だけ下げたバアルさんは、不思議そうに長い睫毛を瞬かせている。

「え……」

 ……怒って、ないんだ……嫌な思いをさせちゃった訳でもないみたい……

 彼の反応に、俺の頭を宥めるみたいに撫でてくれる手つきの優しさに、安心したんだと思う。

「だって、俺……バアルさんが寝てるのをいいことに、好き勝手に撫でちゃいましたし……その…………」

 ぽろぽろと正直に胸の内を口にしていたのと同時に、視界がじわじわと滲みそうになってしまう。

「キスしようとしたから、ですか?」

 彼自身の口からハッキリと突きつけられ、罪悪感で胸が重くなる。今更だ。自業自得のくせに。

「……はい、俺からしたこと…………ないなって思ったら、したく…………なっちゃって……だからって……っ」

 俺の懺悔は遮られた。

 そっと口に触れてから、離れていった柔らかい温もりによって。

「申し訳ございませんでした。貴方様の愛らしさに抑えが効かず……」

 ほんのりと頬を染めている彼から、今度は目尻に優しく口づけられてようやくだった。彼にキスしてもらえたんだって気づけたのは。

 俺は現金な男だ。そんでもって単純な男だ。

 あっという間に晴れやかになった胸は軽やかに高鳴り、ぽやぽやした熱で頭の芯まですっかり蕩けてしまっていたのだから。

「ですが、これでおあいこ……ですよね?」

 甘ったるい響きを含んだ低音で、囁かれた言葉の真意が上手く飲み込めない。

「ふぇ…………あ、は……はい?」

「では、改めて貴方様から私に……していただけませんか?」

 思わず肯定していた俺の、だらしなく半開きになっていた口に再び、白く長い指先が伸びてくる。誘うようにふにふにと撫でられて、やっと先程の意味を理解出来たんだ。

 ……俺からキスして欲しいってこと、だよな……キスしていいって、許可をもらえたってこと、だよな……

 いやいや、良いことづくめ過ぎやしないか? ただでさえ、彼に勝手に触れてしまったお詫び? にキスしてもらえたのにさ。

「アオイ様……」

 戸惑う俺を、バアルさんが見つめてくる。

「して頂けますよね?」

 俺の手を握りながら、凛々しい眉を下げ、瞳を細めてお願いしてくる。

「ひゃい……させて頂きまふ」

 こんなの、断れない訳がない。

「し、失礼します……」

 彼が眠っている……いや実際は寝たふりだったんだが。とにかくその時は、あんなにも大胆にしようとしていた。

 なのに、いざ期待のこもった煌めく瞳に見つめられてしまうと震えてしまう。滑らかな白い頬に添えている手どころか全身まで、情けなく小刻みに。

「あ……ッ……ご、ごめんなさい……」

 挙げ句、ぶち当ててしまっていた。

 なけなしの勇気を振り絞り、勢いのまま彼に触れようとしたせいで、唇でなく歯を思いっきり彼の口にぶつけてしまったのだ。

 後にふと蘇っては、顔を熱くしたまま一人悶絶するだろう、とんでもない失態を冒してしまったんだ。

「ふふ、お気になさらず。上手に出来るように、これから時間をかけてゆっくり練習致しましょうね」

「は、はぃ……お願い、します……」

 じんじんと痛む口を手で覆う俺に対して、彼は平然と微笑んでいる。

 更には俺の頭を撫でてくれるもんだから、嬉しいんだけど、やっぱり情けなくて、恥ずかしくて。思わず、熱い顔を隠そうと彼の胸元にぐいぐい押しつけてしまっていた。

 お陰で、ますます彼からくすくすと笑われてしまった。甘やかすように頭や背を撫でてもらいながら、ぎゅうぎゅうと抱きしめてもらってしまったんだ。
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