【完結】間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
147 / 1,566

俺だってバアルさんを独り占めにしたい

しおりを挟む
 よっぽどご心配をかけてしまったんだろう。

 いつもの執事服に着替えたバアルさんは、俺が落ち着きを取り戻した今でも、離しくてくることはない。俺を膝の上に乗せ、ソファーに腰かけ、ぎゅうぎゅうと抱き締めてくれている。

 おまけに頭や頬、背中に手と……絶えずどこかしらを撫でてくれるもんだから、嬉しいんだけど……恥ずかしい。ヨミ様の前だしさ。

 まぁ、当のバアルさんは一切気にしていないどころかむしろ、機嫌良さそうに微笑んでいるんだけど。

「うむ、大分落ち着いたみたいだな。よかったよかった」

「すみません、折角用意していただけたのに……」

「なに心配するな、十分楽しませてもらったからな。それに腰を抜かすほど喜んでくれるとは……こちらも贈った甲斐があったというものだ。まぁ、次回は最後まで楽しめるように対策をしよう。こまめに休憩を取るとかな」

 向かいのソファーの真ん中で、すらっと長い足を組み、白い陶器のティーカップを優雅に傾けていたヨミ様が「一応、私の撮った分もコピーしておいたからな」とテーブルの上にある小箱を。俺がずっと握り締めていた、投影石が収められている箱を指し示す。

「ありがとうございます」

「なに、同志として当然のことをしたまでだ」

 お礼を言って頭を下げれば、綺麗な微笑みをいただいてしまった。

 どうやらいつの間にか俺は、恐れ多くもヨミ様の同志に、バアルさんのファン友になっているらしい。いや、とっても嬉しいし、とんでもなく有り難いことなのだが。

「……アオイ殿の仮装を見られなかったのは、少し残念だが……まぁ、元々無難な吸血鬼だけ見させてもらってから、さっさとお暇するつもりだったがな」

 きっと顔に出てしまっていたんだろう。なんで、お暇する必要があるんだろう? と。

 確かに男の俺が着るのはどうなんだ? という衣装もあったにはあったが……それ以外もまともというか、ハロウィンらしくていいなと思ったんだが。

「いや……ほら、アオイ殿は、私と一緒にバアルの魅力を共有してくれるだろう? 基本的には」

「ああ、はい。そうですね」

「だろう? だが……バアルは出来るだけ、アオイ殿のことを独り占めしたいと思ってるから……」

「ヨミ様」

 独り占めしたい……その言葉だけで、すっかり落ち着いていた俺の胸を高鳴らせるには十分だったのに。

 引き締まった腕に込められた力が、続く言葉を遮った彼の少し慌てた様子が、余計に真実味を帯びる要因になっていて。

 ますます心臓がお祭り騒ぎを始めたどころか、浮かれた熱で頭がぽやぽやしてきちゃったじゃないか。

「ふふ、後は本人からゆっくり聞いてくれ。まぁ……すでに答えは出ているようなものだがな」

 静かにティーカップをソーサーへと戻し「ご馳走さま」と立ち上がったヨミ様が、はたと瞳を瞬かせる。思い出したかのように、指先を弾いて音を鳴らす。

 それが合図だったかのよう。突然ぽふんっと俺達の前に、とびきりのスマイルを浮かべたオレンジ色の小ぶりのかぼちゃが現れ、テーブルの上へと着地した。

 どうやら本物ではなく、プラスチックで出来た容器らしい。黒い手袋に覆われた手で促されて蓋を開ければ、白いお化けやコウモリにかぼちゃ。それから黒猫に星と様々な形をしたクッキーが詰まっていた。鮮やかにアイシングされた見た目が、とても可愛らしい。

「そちらは父上からだ。ハロウィンにはお菓子が付き物なのだろう? では、またな」

 黒いマントをはためかせ「衣装は私からの贈り物だ、引き続き二人で楽しんでくれ」と颯爽と部屋を後にする後ろ姿に慌ててお礼を言う。振り返らずに片手だけを挙げて、出て行ってしまった。立ち振る舞いは勿論だが……去り際も優雅だ、カッコイイ。

 ふと、手の甲が温かいものに包まれて、ぎゅっと握られる。バアルさんの手だ。

 そっと見上げれば、口をきゅっと結んで、額の触覚をしょんぼり下げたバアルさんと。恥ずかしさと少しの寂しさが混じっているような、複雑な表情をしている彼と目が合った。

「あの、バアルさん……」

「……見苦しいと思われますか?」

「……え?」

 絡んだ視線から熱を感じた。繋いだ手にも。どこか切ない響きを含んだ低音が、俺の鼓膜を静かに揺らしていく。

「出来ることならば、愛らしい貴方様の御姿を……誰の目に止まることなく、私だけの物にしてしまいたいという我儘を」

 音が、聞こえた気がしたんだ。高鳴るような、締めつけられるような……そんな淡い音が胸から。

 だからかもしれない。あふれてしまいそうな彼への想いが、ぽろぽろと言葉になって自然とこぼれていったのは。

「いえ、そんな……嬉しいですよ、とても」

「アオイ様……」

「それに……俺だって、バアルさんのこと……独り占めしたいですよ。柔らかい笑顔も、いつも優しく撫でてくれる大きな手も、ぎゅって抱き締めてくれる逞しい腕も……」

 ゆるりと彼に向かって手が伸びる、素直な気持ちに背中を押されて。

 彼は何も言わずに好きにさせてくれている。好き勝手に目尻を、頬を、手の甲を、腕を。順番に撫でていく俺の指先を、じっと見つめたまま。

「それから……キス、してくれる唇も……俺だけのものにしたいって、ずっと思ってます……だから」

 最後に形のいい唇に触れようとして、触れられずにいた俺の指先に、花が咲いたように微笑むバアルさんがそっと口づけてくれる。

 思わず変に上ずった声が漏れそうになったが、叶わなかった。瞬きの間に塞がれてしまったからだ。ことさら笑みを深くした彼によって。

「ん…………えっと……お菓子、食べます? 折角ですし……」

「はい」

 触れるだけのものだったけど、あっという間に甘ったるい漂い始めていた。背中の辺りがそわそわするそれに落ち着かず、切り替えようとしたがダメだった。

 なんせ、あーんと口を開けて待っているのだ。水晶のように白く透き通った羽をぱたぱたとはためかせ、当然俺が食べさせてくれるもんだと信じて。

「ど、どうぞ……」

 慌てて掴んだクッキーは、よりにもよってハートの形だった。

 なんか気恥ずかしいけれど、別のに変える訳にも。覚悟を決めて透明な個別の包装を破って、雛のように開いた口へと近づける。

 近づけたんだが……直前で何故か、拒まれてしまった。あからさまに閉じた唇が、思っていたのと違う……って言いたげに寂しく歪んでいる。

 かわいいな……こんな時に考えている場合じゃないんだけれど。

 さてさて、指がダメならば、自ずと答えは一つに絞り込まれてしまう訳で。

「ん、どうほ……」

 どうやら正解だったらしい。まだ渡す前なのに、よしよしと頭を撫でてもらってしまった。

 ご機嫌そうに煌めく緑の瞳を細めている彼との距離を、クッキーを咥えたまま詰めていく。

 ピンクのアイシングを施されたハートがちょこんと当たって、一口で持っていかれてからすぐに。甘いバニラの香りが、俺の口にそっと触れた。

「……っ……バアル、さ……」

「……ありがとうございます、とても美味しかったですよ」

「……よ、良かったです……」

「……次は私が、アオイに食べさせて差し上げますね」

 ほっと息を吐いたの束の間。今度はコウモリの形のクッキーを咥えた彼が、ゆっくりと俺に近づいてくる。

 さっきから頭の中にお花が咲き乱れまくっている俺はドキドキしっぱなし。また腰を抜かしそうなくらいにいっぱいいっぱいだったが、断れる訳がない。

「は…………ん……」

「……美味しいですか?」

「……お、美味しい……です……」

「左様でございますか……大変嬉しく存じます」

 あふれてしまいそうな喜びを唇に湛えたバアルさんが、俺の手のひらにちょこんとかぼちゃのクッキーを乗せる。

 こうなったらとことんだと、クッキーの端を軽く噛んだ俺を、穏やかに微笑む彼が抱き締め、迎えてくれた。

 そうして、口も胸の中も甘さでいっぱいになってしまうまで、俺は好きな人との初めてのハロウィンを、めいいっぱい楽しんだ。

 因みに日暮れ前、バアルさんにも手伝ってもらってかぼちゃのマフィンを作って。お揃いの吸血鬼の格好で、ヨミ様とサタン様の元へお礼に行ったんだけど……

 どちらの元でも、術で色鮮やかなライトや飾りつけを出すという、ちょっとした規模の撮影会が始まってしまったんだ。

 なんかいつの間にかギャラリーが……兵士さんやメイドさん方まで加わってたりしてさ。まぁ、二人とも喜んでもらえたんだから、万事オッケーだよな?
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する

竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。 幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。 白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

処理中です...