【完結】間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

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俺とバアルさんの新しい朝の習慣

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 最近の俺の朝は早い。習慣になってきたからだ。

 毎朝欠かさずに、部屋に飾るお花を届けに来てくれている死神のお二人。地獄で初めて出来た友達のグリムさんと、彼の大事なお師匠さんであるクロウさん。彼らと一緒にお茶会をすることが。

 最初は中々、余裕を持って起きられなかった。いつも直前で、俺の大切な人であり、ここに来てから手厚いお世話をしてくれている彼ことバアルさんに、バタバタ準備をしてもらってからお二人を出迎えるという体たらくっぷりだった。

 しかし、今では、のんびり身支度を整えてもらってから、お二人が来るまでの時間をバアルさんとゆったり過ごせるようになったんだ。

 それに伴って……なのかな? もう一つ、とあることが……俺とバアルさんの間で朝の習慣になりつつあるんだ。あるんだが……



 澄んだ空気が背筋を無遠慮に撫でてくるせいで、勝手に身体が震えてしまう。いかにも不快ですと言いたげな唸り声によって、夢の世界にどっぷりと浸っていた意識が僅かに現実へと引っ張り上げられた。

 どうやら寒さによる不満が、無意識の内に自分の口から漏れてしまっていたらしい。どうにか少しでも身体を温めようと、ぼんやりとモヤがかかったままの頭を無理矢理回す。

 結局これといった名案は出なかった。ふわふわの布団の中で身体を丸め、自分の身を自分で抱き締めることで暖を取る。

 ふいに鼻先を優しいハーブの香りが擽った。ふわりと全身を包み込んでくれた温もりに頬は緩み、口からは、ふへへ……とだらしのない笑い声が漏れてしまう。

 思いがけず現れた、気持ちが自然と安らいでいく温度に擦り寄っていると、ほどよい弾力と柔らかさを兼ね揃えたものが、頬にぽふんと当たった。

 あまりにも心地のいい感触に、つい顔をぐりぐりと押しつけてしまう。腕を回し、足を絡めて、全身を使ってぎゅうぎゅうと抱きつく。

 そのまま、再び夢の世界へと旅立とうとしかけていた俺を、頭上でくすくすと静かに笑う声が引き止めた。

「ああ、起こしてしまいましたね……申し訳ございません。貴方様の大変お可愛らしい仕草につい……」

 柔らかい声につられて見上げる。まだ半開きの視界に、ちょっと伸びて渋さを増した、白い髭が素敵な口元が。柔らかい笑みを湛えた、形のいい唇が映った。

 優しい目元にさらりとかかっている白い髪には、光の輪が描かれている。艷やかな前髪の間から生えている触覚が、どこか上機嫌にゆらゆら揺れていた。

 ぱたぱたと静かにはためく背にある半透明の羽が、大きな窓からこぼれる日差しに包まれ、淡い光を帯びている。ゆるりと細められた緑の瞳が、宝石のように煌めいていて美しい。

 起き抜けでも素敵なバアルさんに、すっかり俺は見惚れていた。まだ寝起き直後だというのに心臓がドキドキと高鳴り、はしゃぎ始めてしまっていた。

 鷲掴みにされてしまったからだ。どこか神秘的な雰囲気を漂わせている彼の美貌に。緩んだシンプルな白いシャツの襟元から覗いている、白い肌と綺麗な首筋のラインから漂う大人の男性の色気に。

 すっかりぱっちり開いた視界に、彫りの深い顔がゆっくり迫ってくる。

 優しく触れてくれるだけで離れていった唇を、じっと見つめてしまっていた俺は、よっぽど物欲しそうな顔をしていたのだろう。笑みを深くした彼から、すぐさま二度目をもらってしまったんだ。

 一度目よりも、少し長めに交わしてくれた彼が、最後に甘く上唇を食んでから顔を離す。

「おはようございます。アオイ様」

「……お、おはようございます……バアルさん……」

 やっぱり朝から心臓に悪い。

 いや、滅茶苦茶嬉しいし、してくれなかったらしてくれなかったで確実に凹むんだけどさ……寂しくて。

 ぽやぽやした頭のまま、まだ口に残っている柔らかい感触を指先で確かめていると、ふと視線を感じた。黙ったまま目の前で熱心に、俺に向かって注ぎ続けている眼差しが、どこか期待に揺れている。

 ……ああ、そういえば今日はまだ、お返し……してなかったな。

 はたと思い出し、さっきから煩い鼓動のせいで震えている唇を、俺の方からもそっと重ねた瞬間、鼻先にある端正な顔がぱあっと輝く。大きな手で俺の頭をよしよし撫でてくれながら「よくできましたね……」と喜びを隠しきれていない穏やかな低音が褒めてくれた。

 しかし、バアルさんからだけならまだしも……まさか俺からも、おはようのキスを送るのが習慣になりつつあるとは……まだ彼と知り合って間もない、恋愛のれの字も知らなかった俺が聞いたら、顔を真っ赤にしてぶっ倒れてしまいそうだ。

 いや、今も赤くはなっているだろうけどさ……顔、熱いし。そもそものきっかけが、俺からだってことも、あの時の俺からしたら信じられないんだろうな。

 数日前、俺の初めてをバアルさんに優しく致してもらった次の朝。初めてのキスの時と同じ失敗をしないよう恥ずかしがらずに、積極的に自分から彼とスキンシップを重ねてからだ。

 今までは、額か頬だった彼からの朝の挨拶が、口にステップアップし、俺からもお返しが欲しいとお願いされたのは。それから、この……まったりとした一時も。

 おもむろにバアルさんが上半身を起こしてから、真っ白なシーツの上で、その長くしなやかな足を伸ばした。

「アオイ様……」

 目尻のシワを深め、筋肉質な腕を広げて俺を招く。吸い寄せられるように逞しい膝の上にお邪魔させてもらった俺の身体を、温かい腕が包み込んでくれた。

 ほのかに甘さを含んだ柔らかい声が「いい子ですね……」と俺の鼓膜を擽る。頬や背中をゆったり撫でてくれる優しい手つきが、ふわふわとしたもので俺の胸の内をいっぱいに満たしていってくれる。

 すっかり緩んでしまった顔を、好きな人の前で晒したまま、引き締まった体躯に身を委ねきっていた俺の手に、ひと回り大きな手が重なった。

「アオイ……」

 一際大きく跳ねた鼓動が、頭の中にまで響いた気がした。ただでさえ、ときめきっぱなしの胸が、ますます高鳴っていく。

 強請るような声で俺の名を紡いだ彼が甘えてくれているみたいに、ほんのり染まった頬を自ら取った俺の手に擦り寄せてきた。

「どうか、ご慈悲を……貴方様から私に触れて頂けませんか?」

 好きな人からのお願いだ。断る理由なんて、ある訳がない。しかも、彼に好きなだけ触れることが出来るという、俺にとってはご褒美でしかない要望なら尚更。

「は、はぃ……失礼します……」

 そっと伸ばした手が、触り心地のいい柔らかな髪に触れる指先が、震えてしまう。

 ふにゃふにゃになるまで甘やかしてくれる彼の優しい手つきと比べ、俺の撫で方はお粗末としか言いようがない。それでも彼は、ぱたぱたと羽をはためかせながら嬉しそうに瞳を細めてくれたんだ。
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