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とある兵団長とコック長と王様の穏やかな夜、厚切りベーコンたっぷりナポリタンを添えて
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スーの「もうすぐだから」という言葉通り、待ち人はすぐ現れた。
「悪いな、待たせちまって。今、準備するからな」
厨房の奥からやって来たスヴェン。申し訳無さそうに焦げ茶の太い眉を下げ、ゴツゴツした手を顔の前で合わせた彼は、黒いコックコートを身に着けたままだった。
思わず席を立ち、近寄っていた私に「座ってていいんだぞ?」と黒い瞳を細めて笑う。
「いや、私の方こそ忙しい時にすまない。ところで良かったのか? 誰か、来ているんだろう?」
「ああ、取り敢えず一段落っていうか……一旦休憩入れましょうかってなったんだよ。ですよね、ヨミ様」
肩幅の広い彼の後ろから、ひょこりと顔を出したそのお姿。見間違えるハズもない。若いながらも立派に我が国を治め、民から大いに慕われ地獄の星とも謳われるその人だ。
「うむっ!」
真っ赤な瞳を輝かせ、通りのいい声で肯定する。淡い照明の明かりを受け、光沢を帯びた長い髪。腰の辺りまでサラリと流れる黒と一緒に、金糸に彩られた片マントがふわりと靡く。
「ヨミ様!? こ、今宵もご機嫌麗しいようで何よりです」
……最悪だ。叫んでしまったし、噛んでしまった。
勢いよく頭を下げた私の胸元で、勲章達がチャリン、チリンと甲高くやかましい音を鳴らす。まるで私の慌てっぷりを示しているかのようだ。勘弁してくれ。
「ああ、客人とはレダのことであったか。遅くまでご苦労であったな!」
弾んだ声が労ってくれて、更には「よいよい、頭を上げよ!」と促してくれる。そっと姿勢を正した視界に、美人画のごとく麗しい微笑みと大きくはためく真っ黒な羽が映った。ご機嫌そうで何よりだ。
「ああ、スヴェン、私のナポリタンは目玉焼きつきで頼む。勿論、半熟のな」
「畏まりました。そちらで待っててください、ちゃちゃっと作りますんで」
はい、はいっと元気よく腕を伸ばした主に向かって微笑み、手を上げて返すスヴェン。言葉遣いに丁寧さは欠けてはいないものの、私に比べれば明らかにフランクなやり取りだ。
……少しだけだが、羨ましいな。明るく人懐っこい彼の気質によるものなんだろうが。
「どうしたレダ、ぼーっとして。ほら、貴殿も掛けるがいい」
「は、はい……失礼致します」
妙な考えを振り払い、手招きしてくれる主が着くテーブルへと同席させていただく。こんな時間に訪れるくらいだ、プライベートなご用件でいらしたに違いない……だが……
じっと私を見つめる赤い眼差し。キラキラと輝くそれらはあからさまに期待に満ちている。聞いて欲しいと言わんばかりに。
これは、聞くのが正解……なのか? 正解……なんだろうな。
「あの……失礼かとは存じますが……今宵は、一体どのようなご用向で……」
「うむっ! レダと相談してまとめていたのだ! 手頃な料理のレシピをな! アオイ殿の為に!!」
待っていました! と言わんばかりに食い気味で返ってきた理由。楽しみな気持ちが前面に押し出された端的な言葉の内、引っ掛かったものをそのまま返していた。
「レシピ……アオイ様の為に、でございますか?」
「ああ。何でも、本格的に花嫁修業を始められるそうだ。で、最初はやっぱり旦那様の好物を作れるようになりたいってお話でな、バアル様がお好きな肉料理を中心に専用のレシピを作っていたんだよ。ですよね?」
「うむっ!」
補足と一緒に私とヨミ様の前に、ナポリタンの山が乗った大皿が置かれていく。相変わらず分厚いベーコンがたっぷりで美味しそうだ。
「冷めないうちにどうぞ、お召し上がり下さい」
「そうだな! レダ、早速いただこうか!」
「はい。いただきます、スヴェン」
「ああ、召し上がれ」
ぷるんとした白身と一緒に、今にもトロリとこぼれそうな絶妙な焼き加減の目玉焼き。赤い山の頂点を飾るそれに、喜々としてヨミ様がフォークを突き立てた。
蕩ける黄色を纏い、玉ねぎにピーマン、ベーコンをも綺麗に巻き込んだパスタが、ニコリと開いた口にパクンと収まる。白い頬が膨らみ、動いて、ぱぁっと綻んだ。
「……美味しいな!」
「ありがとうございます。喜んでいただけて何よりです」
綺麗な所作に身が引き締まる。つい、空腹に任せてがっつこうとしていた手を止め、いつもよりも控えめにパスタを巻いた。うん、やっぱり美味いな。
噛むごとに口の中でべったり広がっていく、バター香る甘酸っぱいトマト味。こんがりと塩気のある肉肉しいベーコン。それらを堪能していると、急に名を呼ばれる。
「ズルいぞ、レダ! こんなに美味しいナポリタンを、夜食にこっそりスヴェンから食べさせてもらっていたなんて……」
ハキハキとした声量が次第に萎んでいく。大きく訴えていた唇も、ムッと抗議するような形で引き結ばれていた。まさか、そんなに羨ましがられるとは。
「あ……え、す、すみません……良かったら、次は予めお誘いしましょうか? ……って、私が言うのもなんですけど……」
視線を向ければ、すぐに細められた黒の瞳が頼もしい。
「俺は構いませんよ」
ニカッと白い牙を見せた大きな口。続けてパァッと麗しいご尊顔に眩しい笑みが浮かぶ。
「よいのか?」
「ええ」
「で、ではっ、レダ」
「はい。今後は、事前に御身の元へお誘いの文を飛ばします」
交互に私とスヴェンを行き交っていた眼差し。期待に揺れていた赤の瞳が殊更、宝石よりも美しく煌めいた。
「ああ、宜しく頼む。約束であるぞ!」
……無邪気な笑顔が幼く感じるのは、威厳に満ちた表情ばかりを見ているからだろう。
バアル様達の前だけでなく、私達の前でも見せていただけるのだな……
ふと過ぎったしみじみとした想い。温かいそれは、私達の食べっぷりを肴に酒瓶を傾けていた彼、スヴェンにも過ぎったのかもしれない。たまたま交わった眼差しには柔らかい光が宿っていたのだから。
「ああ、そうだ。良かったら食後にレダもレシピを見てくれないか? 是非とも貴殿の意見も聞かせて欲しい」
「はい、喜んで」
初心者向けの調理器具も見繕ってもらっているのだ、と主が声を弾ませる。ナポリタンに舌鼓を打ちながら、楽しそうな主の笑みに心を和まされながら、私達の夜は穏やかに更けていった。
「悪いな、待たせちまって。今、準備するからな」
厨房の奥からやって来たスヴェン。申し訳無さそうに焦げ茶の太い眉を下げ、ゴツゴツした手を顔の前で合わせた彼は、黒いコックコートを身に着けたままだった。
思わず席を立ち、近寄っていた私に「座ってていいんだぞ?」と黒い瞳を細めて笑う。
「いや、私の方こそ忙しい時にすまない。ところで良かったのか? 誰か、来ているんだろう?」
「ああ、取り敢えず一段落っていうか……一旦休憩入れましょうかってなったんだよ。ですよね、ヨミ様」
肩幅の広い彼の後ろから、ひょこりと顔を出したそのお姿。見間違えるハズもない。若いながらも立派に我が国を治め、民から大いに慕われ地獄の星とも謳われるその人だ。
「うむっ!」
真っ赤な瞳を輝かせ、通りのいい声で肯定する。淡い照明の明かりを受け、光沢を帯びた長い髪。腰の辺りまでサラリと流れる黒と一緒に、金糸に彩られた片マントがふわりと靡く。
「ヨミ様!? こ、今宵もご機嫌麗しいようで何よりです」
……最悪だ。叫んでしまったし、噛んでしまった。
勢いよく頭を下げた私の胸元で、勲章達がチャリン、チリンと甲高くやかましい音を鳴らす。まるで私の慌てっぷりを示しているかのようだ。勘弁してくれ。
「ああ、客人とはレダのことであったか。遅くまでご苦労であったな!」
弾んだ声が労ってくれて、更には「よいよい、頭を上げよ!」と促してくれる。そっと姿勢を正した視界に、美人画のごとく麗しい微笑みと大きくはためく真っ黒な羽が映った。ご機嫌そうで何よりだ。
「ああ、スヴェン、私のナポリタンは目玉焼きつきで頼む。勿論、半熟のな」
「畏まりました。そちらで待っててください、ちゃちゃっと作りますんで」
はい、はいっと元気よく腕を伸ばした主に向かって微笑み、手を上げて返すスヴェン。言葉遣いに丁寧さは欠けてはいないものの、私に比べれば明らかにフランクなやり取りだ。
……少しだけだが、羨ましいな。明るく人懐っこい彼の気質によるものなんだろうが。
「どうしたレダ、ぼーっとして。ほら、貴殿も掛けるがいい」
「は、はい……失礼致します」
妙な考えを振り払い、手招きしてくれる主が着くテーブルへと同席させていただく。こんな時間に訪れるくらいだ、プライベートなご用件でいらしたに違いない……だが……
じっと私を見つめる赤い眼差し。キラキラと輝くそれらはあからさまに期待に満ちている。聞いて欲しいと言わんばかりに。
これは、聞くのが正解……なのか? 正解……なんだろうな。
「あの……失礼かとは存じますが……今宵は、一体どのようなご用向で……」
「うむっ! レダと相談してまとめていたのだ! 手頃な料理のレシピをな! アオイ殿の為に!!」
待っていました! と言わんばかりに食い気味で返ってきた理由。楽しみな気持ちが前面に押し出された端的な言葉の内、引っ掛かったものをそのまま返していた。
「レシピ……アオイ様の為に、でございますか?」
「ああ。何でも、本格的に花嫁修業を始められるそうだ。で、最初はやっぱり旦那様の好物を作れるようになりたいってお話でな、バアル様がお好きな肉料理を中心に専用のレシピを作っていたんだよ。ですよね?」
「うむっ!」
補足と一緒に私とヨミ様の前に、ナポリタンの山が乗った大皿が置かれていく。相変わらず分厚いベーコンがたっぷりで美味しそうだ。
「冷めないうちにどうぞ、お召し上がり下さい」
「そうだな! レダ、早速いただこうか!」
「はい。いただきます、スヴェン」
「ああ、召し上がれ」
ぷるんとした白身と一緒に、今にもトロリとこぼれそうな絶妙な焼き加減の目玉焼き。赤い山の頂点を飾るそれに、喜々としてヨミ様がフォークを突き立てた。
蕩ける黄色を纏い、玉ねぎにピーマン、ベーコンをも綺麗に巻き込んだパスタが、ニコリと開いた口にパクンと収まる。白い頬が膨らみ、動いて、ぱぁっと綻んだ。
「……美味しいな!」
「ありがとうございます。喜んでいただけて何よりです」
綺麗な所作に身が引き締まる。つい、空腹に任せてがっつこうとしていた手を止め、いつもよりも控えめにパスタを巻いた。うん、やっぱり美味いな。
噛むごとに口の中でべったり広がっていく、バター香る甘酸っぱいトマト味。こんがりと塩気のある肉肉しいベーコン。それらを堪能していると、急に名を呼ばれる。
「ズルいぞ、レダ! こんなに美味しいナポリタンを、夜食にこっそりスヴェンから食べさせてもらっていたなんて……」
ハキハキとした声量が次第に萎んでいく。大きく訴えていた唇も、ムッと抗議するような形で引き結ばれていた。まさか、そんなに羨ましがられるとは。
「あ……え、す、すみません……良かったら、次は予めお誘いしましょうか? ……って、私が言うのもなんですけど……」
視線を向ければ、すぐに細められた黒の瞳が頼もしい。
「俺は構いませんよ」
ニカッと白い牙を見せた大きな口。続けてパァッと麗しいご尊顔に眩しい笑みが浮かぶ。
「よいのか?」
「ええ」
「で、ではっ、レダ」
「はい。今後は、事前に御身の元へお誘いの文を飛ばします」
交互に私とスヴェンを行き交っていた眼差し。期待に揺れていた赤の瞳が殊更、宝石よりも美しく煌めいた。
「ああ、宜しく頼む。約束であるぞ!」
……無邪気な笑顔が幼く感じるのは、威厳に満ちた表情ばかりを見ているからだろう。
バアル様達の前だけでなく、私達の前でも見せていただけるのだな……
ふと過ぎったしみじみとした想い。温かいそれは、私達の食べっぷりを肴に酒瓶を傾けていた彼、スヴェンにも過ぎったのかもしれない。たまたま交わった眼差しには柔らかい光が宿っていたのだから。
「ああ、そうだ。良かったら食後にレダもレシピを見てくれないか? 是非とも貴殿の意見も聞かせて欲しい」
「はい、喜んで」
初心者向けの調理器具も見繕ってもらっているのだ、と主が声を弾ませる。ナポリタンに舌鼓を打ちながら、楽しそうな主の笑みに心を和まされながら、私達の夜は穏やかに更けていった。
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