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俺にとってはいつもでも、彼にとっては
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習慣というヤツは厄介なもんだ。
骨の髄まで身に染みついてしまっているもんだから、意識せずにごく自然にやってしまう。うっかり現状を忘れて、やらかしてしまうんだから。
「おはよう、スー。今日もありがとう、お疲れ様」
「ぷきゃっ」
鮮やかな緑のリボンを首に結び、小さな頭に専用のコック帽を被ったスヴェンさんの小さな助手。コウモリの形をした羽をはためかせる子豚のスーが、ちっちゃな前足を上げ、可愛らしい鼻をふんすと鳴らす。
本棟にある調理場から俺達の部屋まで、せっせと運んでくれた二人分の朝食。湯気立つそれらを乗せた銀色のワゴンを俺に託し、もう一度ぷきゅっと鳴いてからぱたぱた飛んでいく。
優美な銀の装飾に彩られたテーブルの方へ押して行こうとした時。白手袋を纏った手が、ひと足先にハンドルの部分を握った。
「お手伝い致します」
胸に手を当て会釈をしたバアルさんが、ふわりと微笑む。後ろに撫でつけた透明感のある白い髪が、透き通った羽が、シャンデリアの明かりを受けて淡い艶を帯びている。キレイだ。
それにしても、不思議だ。大人な彼も、若い彼も、鍛え上げられた長身の逞しさはあまり変わらないのに。何故か、今の彼の方がシュッとしているというか、スマートに感じてしまう。
……雰囲気の違い……なのかな?
いつもの彼は、どっしり構えているっていうか、落ち着いた大人の余裕が漂っているけれど。今の彼は軽やかっていうか、ふわふわキラキラしているもんな。
勿論、どちらのバアルさんも比べられないくらいに素敵で、魅力的で、カッコいいんだけどさ。
不意に、俺を見つめる緑の瞳がそわそわ彷徨い始める。見る見るうちにハリのある白い頬が、桜色に染まっていく。
「……アオイ様……大変、嬉しく存じます……ですが、あまり、そのような可愛らしいお顔で見つめないで下さい……」
いかん、すっかり見惚れてしまっていた。
いや、でも仕方がないじゃないか。若いバアルさんだぞ。貴重だ。この目に焼きつけておかないと勿体ない。なんせ、今しか見れないんだからさ。
「す、すみません……俺の知らないバアルさんが見れるのが嬉しくて、つい……」
「……っ」
息を飲んだ彼が、何かを耐えるように引き結んだ唇を、手で押さえる。
「…………本当に、堪らない」
噛み締めるような声色で、ぽつりと呟いたのは分かった。けれども、よく聞き取れなかった。くぐもっていて、何と発したのかまでは。
「え?」
思わず短く聞き返していた俺を、鮮やかな緑の瞳が捉える。ゆるりと目尻を下げ、ゆっくりと覆っていた手を離した口元には、いつもの穏やかな笑みが浮かんでいた。
「……いえ、何でもございません。それよりも頂きましょう。折角のお食事が冷めてしまいます」
「あ……はい。そう、ですね」
これ以上は、聞かない方がいいのかもしれない。話を切り替え、ワゴンを運び始めた彼の態度に、喉まで出かかっていた疑問を無理矢理飲み込んだ。
テーブルへと歩みを進める広い背中を追い、食事を並べるのを手伝う。
紙ナプキンを敷いたカゴにたっぷり盛られた、こんがり焼き立てのロールパン。イチゴの果肉がぎっしり詰まったジャムとバターを添えて。
とろとろふわふわのスクランブルエッグ、パリッと焼かれたソーセージ。瑞々しいレタスとキュウリのサラダは、オレンジ色のドレッシングが華やかな彩りを添えている。
デザートは色とりどりなフルーツ達。バナナにリンゴ、キウイにメロン。どれも食べやすいように皮が剥かれ、ひと口サイズに切られてガラスのボウル皿に盛られている。サイダーの海に浮かぶ様は、いつみてもキレイだ。宝石みたいにツヤツヤピカピカで。
「では、頂きましょうか」
「はいっ」
ソファーへと腰掛ける彼に招かれ、いつものように、そのガッチリとしたお膝の上にお邪魔させてもらう。そう、俺にとってのいつものように。
「……あ、アオイ様?」
取り敢えずの分を、取り分け用のお皿に二人分盛っていると後ろから聞こえた、戸惑いがちに俺を呼ぶ声。不思議に思い振り向けば、行き場が無さそうに両手を宙でわたわたさせている彼と目が合った。
……どうしたんだろう? いつもみたいに抱き締めてくれればいいのに。
何故か、耳まで顔を真っ赤にして、慌てていらっしゃる。触覚をゆらゆら、半透明の羽をそわそわはためかせて。
「どうかしましたか?」
丸くなった瞳としばらく見つめ合う。頬を染めたまま、静かに何度か深呼吸を繰り返していた彼が、弱々しく呟いた。
「………い、いえ……何も、問題は、ございません……」
「? そうですか……」
……これもまた、掘り下げない方が良さそうな雰囲気だ。明らかに何かありそうだけれど……本人が問題ないと言っているのだから、尚更。
気を取り直し、引き続き美味しそうなお料理を盛っていく。
「よし……」
こんなものかな。後は、またお代わりしよう。
盛れるだけ盛ったお皿とフォークを持ち、彼の太ももを跨ぐように座り直す。あまり褒められた体勢ではないが、この姿勢が一番食べさせやすいんだからしょうがない。
ソーセージにフォークを突き立てた途端、肉汁がぷちゅんと弾ける。美味しそうだ。
「はいっ、バアルさん」
「っ……」
口元へと差し出せば、また彼は、僅かに目を見開いて息を飲んだ。男らしい喉仏が上下にゴクリと動く。
そして、そのまま固まってしまった。少し滲んだ瞳だけが、フォークに刺さったソーセージと俺とをおろおろ見比べている。
「……? 食べないんですか? あ、ふーふーします? 熱々ですもんね」
焼き立てなのだ。そんなに大きくはないとはいえ、ひと口で頬張るにはちょっと勇気がいるのかもしれない。
分かるなぁ。たこ焼きとか、唐揚げとか、いっぺんに食べるのが美味しいんだけど、下手を打つとあっちっちって舌をヤケドしちゃうもんな。
以前、彼がしてくれていたみたいに口をすぼめ、何度かそっと吹きかけてみる。これくらいでいいだろうか。
「お待たせしました。はい、どうぞっ」
まだ少し、躊躇しているみたいだった。けれども、意を決したかのように表情を引き締めてから、ソーセージを口に含む。
「……どうですか? 美味しいですか?」
むぐむぐ動いていた頬が止まったのを、喉仏が動いたのを見届けてから尋ねれば、バアルさんは小さく頷いた。熱くはなかったみたい。
「良かった。じゃあ、よろしくお願いします」
バトンタッチすべく、フォークを差し出す。差し出したところで、またしてもバアルさんが固まってしまった。やっぱり今回も、俺とフォークとを交互におろおろ見つめている。
いつもだったら渡すまでもなく、俺の手からフォークを抜き取って「次はアオイ様の番でございますね」って食べさせてくれるのに。
今までずっと、何かを堪えるように引き結ばれていた唇が、ついに小さく開かれた。
骨の髄まで身に染みついてしまっているもんだから、意識せずにごく自然にやってしまう。うっかり現状を忘れて、やらかしてしまうんだから。
「おはよう、スー。今日もありがとう、お疲れ様」
「ぷきゃっ」
鮮やかな緑のリボンを首に結び、小さな頭に専用のコック帽を被ったスヴェンさんの小さな助手。コウモリの形をした羽をはためかせる子豚のスーが、ちっちゃな前足を上げ、可愛らしい鼻をふんすと鳴らす。
本棟にある調理場から俺達の部屋まで、せっせと運んでくれた二人分の朝食。湯気立つそれらを乗せた銀色のワゴンを俺に託し、もう一度ぷきゅっと鳴いてからぱたぱた飛んでいく。
優美な銀の装飾に彩られたテーブルの方へ押して行こうとした時。白手袋を纏った手が、ひと足先にハンドルの部分を握った。
「お手伝い致します」
胸に手を当て会釈をしたバアルさんが、ふわりと微笑む。後ろに撫でつけた透明感のある白い髪が、透き通った羽が、シャンデリアの明かりを受けて淡い艶を帯びている。キレイだ。
それにしても、不思議だ。大人な彼も、若い彼も、鍛え上げられた長身の逞しさはあまり変わらないのに。何故か、今の彼の方がシュッとしているというか、スマートに感じてしまう。
……雰囲気の違い……なのかな?
いつもの彼は、どっしり構えているっていうか、落ち着いた大人の余裕が漂っているけれど。今の彼は軽やかっていうか、ふわふわキラキラしているもんな。
勿論、どちらのバアルさんも比べられないくらいに素敵で、魅力的で、カッコいいんだけどさ。
不意に、俺を見つめる緑の瞳がそわそわ彷徨い始める。見る見るうちにハリのある白い頬が、桜色に染まっていく。
「……アオイ様……大変、嬉しく存じます……ですが、あまり、そのような可愛らしいお顔で見つめないで下さい……」
いかん、すっかり見惚れてしまっていた。
いや、でも仕方がないじゃないか。若いバアルさんだぞ。貴重だ。この目に焼きつけておかないと勿体ない。なんせ、今しか見れないんだからさ。
「す、すみません……俺の知らないバアルさんが見れるのが嬉しくて、つい……」
「……っ」
息を飲んだ彼が、何かを耐えるように引き結んだ唇を、手で押さえる。
「…………本当に、堪らない」
噛み締めるような声色で、ぽつりと呟いたのは分かった。けれども、よく聞き取れなかった。くぐもっていて、何と発したのかまでは。
「え?」
思わず短く聞き返していた俺を、鮮やかな緑の瞳が捉える。ゆるりと目尻を下げ、ゆっくりと覆っていた手を離した口元には、いつもの穏やかな笑みが浮かんでいた。
「……いえ、何でもございません。それよりも頂きましょう。折角のお食事が冷めてしまいます」
「あ……はい。そう、ですね」
これ以上は、聞かない方がいいのかもしれない。話を切り替え、ワゴンを運び始めた彼の態度に、喉まで出かかっていた疑問を無理矢理飲み込んだ。
テーブルへと歩みを進める広い背中を追い、食事を並べるのを手伝う。
紙ナプキンを敷いたカゴにたっぷり盛られた、こんがり焼き立てのロールパン。イチゴの果肉がぎっしり詰まったジャムとバターを添えて。
とろとろふわふわのスクランブルエッグ、パリッと焼かれたソーセージ。瑞々しいレタスとキュウリのサラダは、オレンジ色のドレッシングが華やかな彩りを添えている。
デザートは色とりどりなフルーツ達。バナナにリンゴ、キウイにメロン。どれも食べやすいように皮が剥かれ、ひと口サイズに切られてガラスのボウル皿に盛られている。サイダーの海に浮かぶ様は、いつみてもキレイだ。宝石みたいにツヤツヤピカピカで。
「では、頂きましょうか」
「はいっ」
ソファーへと腰掛ける彼に招かれ、いつものように、そのガッチリとしたお膝の上にお邪魔させてもらう。そう、俺にとってのいつものように。
「……あ、アオイ様?」
取り敢えずの分を、取り分け用のお皿に二人分盛っていると後ろから聞こえた、戸惑いがちに俺を呼ぶ声。不思議に思い振り向けば、行き場が無さそうに両手を宙でわたわたさせている彼と目が合った。
……どうしたんだろう? いつもみたいに抱き締めてくれればいいのに。
何故か、耳まで顔を真っ赤にして、慌てていらっしゃる。触覚をゆらゆら、半透明の羽をそわそわはためかせて。
「どうかしましたか?」
丸くなった瞳としばらく見つめ合う。頬を染めたまま、静かに何度か深呼吸を繰り返していた彼が、弱々しく呟いた。
「………い、いえ……何も、問題は、ございません……」
「? そうですか……」
……これもまた、掘り下げない方が良さそうな雰囲気だ。明らかに何かありそうだけれど……本人が問題ないと言っているのだから、尚更。
気を取り直し、引き続き美味しそうなお料理を盛っていく。
「よし……」
こんなものかな。後は、またお代わりしよう。
盛れるだけ盛ったお皿とフォークを持ち、彼の太ももを跨ぐように座り直す。あまり褒められた体勢ではないが、この姿勢が一番食べさせやすいんだからしょうがない。
ソーセージにフォークを突き立てた途端、肉汁がぷちゅんと弾ける。美味しそうだ。
「はいっ、バアルさん」
「っ……」
口元へと差し出せば、また彼は、僅かに目を見開いて息を飲んだ。男らしい喉仏が上下にゴクリと動く。
そして、そのまま固まってしまった。少し滲んだ瞳だけが、フォークに刺さったソーセージと俺とをおろおろ見比べている。
「……? 食べないんですか? あ、ふーふーします? 熱々ですもんね」
焼き立てなのだ。そんなに大きくはないとはいえ、ひと口で頬張るにはちょっと勇気がいるのかもしれない。
分かるなぁ。たこ焼きとか、唐揚げとか、いっぺんに食べるのが美味しいんだけど、下手を打つとあっちっちって舌をヤケドしちゃうもんな。
以前、彼がしてくれていたみたいに口をすぼめ、何度かそっと吹きかけてみる。これくらいでいいだろうか。
「お待たせしました。はい、どうぞっ」
まだ少し、躊躇しているみたいだった。けれども、意を決したかのように表情を引き締めてから、ソーセージを口に含む。
「……どうですか? 美味しいですか?」
むぐむぐ動いていた頬が止まったのを、喉仏が動いたのを見届けてから尋ねれば、バアルさんは小さく頷いた。熱くはなかったみたい。
「良かった。じゃあ、よろしくお願いします」
バトンタッチすべく、フォークを差し出す。差し出したところで、またしてもバアルさんが固まってしまった。やっぱり今回も、俺とフォークとを交互におろおろ見つめている。
いつもだったら渡すまでもなく、俺の手からフォークを抜き取って「次はアオイ様の番でございますね」って食べさせてくれるのに。
今までずっと、何かを堪えるように引き結ばれていた唇が、ついに小さく開かれた。
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