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調子に乗ったら、どこまでも
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失敗したかもしれない。いくら、彼が普通どころかスゴく前向きに俺のことを受け入れてもらえていたからって。
彼と一緒だったのが当たり前になり過ぎていて、おまけに今は特に彼と離れるのが不安で仕方がないからって。流石に。
賑やかだった午後の名残は消え、優しい静寂に満ちいていた室内。夜特有のまったりとした空気を、戸惑いがちな声が揺らした。
「お、お風呂を……ご一緒に……ですか? 私とアオイ様が?」
穏やかに微笑んでいたハズの緑の瞳が、これでもかってくらいに見開かれている。そりゃそうか。
いくら、好きだって言ってもらえても。変わらずに抱き締めてくれて、キスもしてくれたけれど。なんなら、俺に触りたいって……思ってくれている、みたいだけれど。それはそれ、これはこれだ。
プライベートな空間での裸の付き合いだもんな。お互いに水着を着るとはいえ、抵抗が有っても不思議じゃない。
「は、はい……その、バアルさんが、イヤじゃなかったらですけど……」
「……ぜっ、是非ともっ、ご一緒させて頂きたく存じます!」
前のめりな肯定と力強く握られた手が、瞬く間に俺の不安を打ち消していく。
そうして俺は、調子に乗ってしまうことになる。またしても、この時点で俺は先の失敗を、すっかり忘れてしまっていたんだ。
「ありがとうございますっ……じゃあ、その……行きましょうか」
「ええっ、喜んでお供させて頂きます」
手を差し出す前に、引き締まった腕に優しく腰を抱き寄せてもらえた。上機嫌に羽をはためかせる彼にエスコートしてもらいながら、隣の部屋へ。
相変わらず脱衣所とは思えない、広く高級感あふれる部屋が俺達を出迎える。触り心地のいい滑らかな石造りの床、大浴場にあるような広い洗面台、その全面の壁には大きな鏡が貼られている。
「じゃあ、よろしくお願いします」
俺は向き直り、着替えさせてもらいやすいように腕を軽く広げた。そう、俺にとってのいつものように。
きょとんと瞬く緑の瞳。けれどもすぐに、何かを察したかのように揺れ始める。そわそわと触覚を揺らす彼の男らしい喉がゴクリと鳴った。
そのまま固まってしまった彼としばし見つめ合うこと、数十秒。
どうしたんだろう? いつもだったらもうすでに、腰から足首までを覆うタオルを取り出して「では、失礼致します」と服をせっせと脱がしてくれるハズなのに。
「? あ、もしかして……今日は、バアルさんからの気分ですか?」
世話好きの本領を発揮した紳士な彼じゃなく、極稀にある、レアなパターンか。額を合わせ、高い鼻先を甘えるみたいに擦り寄せてくれながら「お願いしても宜しいでしょうか?」って照れくさそうに頬を染めるかわいいパターン。
ホントに数えるくらいしか無いから、嬉しくなっちゃって。でも、いつも以上に緊張しちゃうんだよなぁ。
早速高鳴り始めた胸を落ち着かせるべく深呼吸。よし、頑張るぞっと心の中で拳を握り、キッチリ結ばれたネクタイへと手を伸ばした時だった。
「……じゃあ、失礼しま」
「し、少々お待ち下さいっ! どうか……お時間を、頂けないでしょうか?」
遮った声は酷く慌てているようだった。俺の手首をやんわりと掴んだひと回り大きな手に釣られて、逞しい胸元から少し上へと視線を移す。
もはや、本日何度ご対面したか分からない。中性的なお顔を耳まで真っ赤に染めた、トマトなバアルさんがいらっしゃった。
「も、申し訳ございません……その……私から、とは? アオイ様……私は、如何様に致せば……」
「す、すみません……その、いつもバアルさんと着替えさせ合いっこをしてたから……つい、クセで……あっ」
そこまで言って、ようやくだ。気づくのが遅すぎる。また、やらかしてしまっていた。
彼と一緒だったのが当たり前になり過ぎていて、おまけに今は特に彼と離れるのが不安で仕方がないからって。流石に。
賑やかだった午後の名残は消え、優しい静寂に満ちいていた室内。夜特有のまったりとした空気を、戸惑いがちな声が揺らした。
「お、お風呂を……ご一緒に……ですか? 私とアオイ様が?」
穏やかに微笑んでいたハズの緑の瞳が、これでもかってくらいに見開かれている。そりゃそうか。
いくら、好きだって言ってもらえても。変わらずに抱き締めてくれて、キスもしてくれたけれど。なんなら、俺に触りたいって……思ってくれている、みたいだけれど。それはそれ、これはこれだ。
プライベートな空間での裸の付き合いだもんな。お互いに水着を着るとはいえ、抵抗が有っても不思議じゃない。
「は、はい……その、バアルさんが、イヤじゃなかったらですけど……」
「……ぜっ、是非ともっ、ご一緒させて頂きたく存じます!」
前のめりな肯定と力強く握られた手が、瞬く間に俺の不安を打ち消していく。
そうして俺は、調子に乗ってしまうことになる。またしても、この時点で俺は先の失敗を、すっかり忘れてしまっていたんだ。
「ありがとうございますっ……じゃあ、その……行きましょうか」
「ええっ、喜んでお供させて頂きます」
手を差し出す前に、引き締まった腕に優しく腰を抱き寄せてもらえた。上機嫌に羽をはためかせる彼にエスコートしてもらいながら、隣の部屋へ。
相変わらず脱衣所とは思えない、広く高級感あふれる部屋が俺達を出迎える。触り心地のいい滑らかな石造りの床、大浴場にあるような広い洗面台、その全面の壁には大きな鏡が貼られている。
「じゃあ、よろしくお願いします」
俺は向き直り、着替えさせてもらいやすいように腕を軽く広げた。そう、俺にとってのいつものように。
きょとんと瞬く緑の瞳。けれどもすぐに、何かを察したかのように揺れ始める。そわそわと触覚を揺らす彼の男らしい喉がゴクリと鳴った。
そのまま固まってしまった彼としばし見つめ合うこと、数十秒。
どうしたんだろう? いつもだったらもうすでに、腰から足首までを覆うタオルを取り出して「では、失礼致します」と服をせっせと脱がしてくれるハズなのに。
「? あ、もしかして……今日は、バアルさんからの気分ですか?」
世話好きの本領を発揮した紳士な彼じゃなく、極稀にある、レアなパターンか。額を合わせ、高い鼻先を甘えるみたいに擦り寄せてくれながら「お願いしても宜しいでしょうか?」って照れくさそうに頬を染めるかわいいパターン。
ホントに数えるくらいしか無いから、嬉しくなっちゃって。でも、いつも以上に緊張しちゃうんだよなぁ。
早速高鳴り始めた胸を落ち着かせるべく深呼吸。よし、頑張るぞっと心の中で拳を握り、キッチリ結ばれたネクタイへと手を伸ばした時だった。
「……じゃあ、失礼しま」
「し、少々お待ち下さいっ! どうか……お時間を、頂けないでしょうか?」
遮った声は酷く慌てているようだった。俺の手首をやんわりと掴んだひと回り大きな手に釣られて、逞しい胸元から少し上へと視線を移す。
もはや、本日何度ご対面したか分からない。中性的なお顔を耳まで真っ赤に染めた、トマトなバアルさんがいらっしゃった。
「も、申し訳ございません……その……私から、とは? アオイ様……私は、如何様に致せば……」
「す、すみません……その、いつもバアルさんと着替えさせ合いっこをしてたから……つい、クセで……あっ」
そこまで言って、ようやくだ。気づくのが遅すぎる。また、やらかしてしまっていた。
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