【完結】間違って地獄に落とされましたが、俺は幸せです。

白井のわ

文字の大きさ
524 / 1,566

とある秘書はただ頷くことしか出来なかった

しおりを挟む
 バアル様に寄り添い、手を繋ぐアオイ様の目元は痛々しいほどに赤くなっていた。それでも、なお私達に微笑みかけてくれる。

「ヨミ様、サタン様、レタリーさん、グリムさん、クロウさん……皆さんありがとうございます。さよならは言いません。また、すぐに会えると思いますから」

 ヨミ様はただアオイ様を見つめていた。サタン様は申し訳なさそうに唇を噛んでいた。

 グリムさんはずっと泣いている。クロウさんは握った拳を震わせて涙を堪えながらグリムさんを支えていた。

 これで良いのだ。これが最良の選択なのだ。

 私は口を開けなかった。少しでも開こうものなら、喉元まで迫り上がってきている罪悪感があふれ出してしまいそうだったからだ。

 どんなに言葉を重ねたところで、アオイ様がその身を、大切な記憶を、私達の為に捧げることに変わりはない。私は、私がただ楽になる為の言葉を、微笑みかけてくれる彼に対して言いたくなかったのだ。

「バアル……」

 神の元へと赴く前に、アオイ様はバアル様を抱き締めた。背を屈めたバアル様の頬に両の手を添え、背伸びをして、口づけてから微笑んだ。

「……愛してる……すぐに帰ってくるから」

「……はい、お待ちして……おります」

 見つめ合って、もう一度抱き締め合って、離れていく。淡い光の元へと歩み寄っていく。

「……神様、お願いします」

「はい……ありがとう、アオイ……必ずや、貴方をバアル達の元に帰してあげますからね……」

 大きな手のひらが、アオイ様の小さな身体を包み込もうとした時だった。不意にアオイ様が崩れるように倒れられたのは。

 いち早く駆け寄ったバアル様により、アオイ様は絨毯に叩きつけられることなく抱き止められた。

「……なん、で……なに、が……?」

 アオイ様は御身を襲った事態を理解出来ていないようだった。私達は分かっていた。魔力の流れを感じ取ることが出来るのだから。

 分かっていた。一体誰が、どんな術をアオイ様にかけたのか。

「……ヨミ様」

 バアル様の呼んだ名に、アオイ様が目を見開いた。

 ヨミ様が私達の元を離れていく。お二方の元へ、神の元へと近づいていってしまう。

「すまない……アオイ殿、皆のもの、これは私のエゴだ」

 優しい眼差しでアオイ様を見つめてから私達へと振り返り、ヨミ様は頭を下げられた。

「やはり、私は許せない……アオイ殿がもう一度死んでしまうのを、指をくわえて見ていることも……アオイ殿の大切な記憶を奪ってしまうことも……貴殿ら二人が過ごしてきた日々は、二度とない……かけがえのない日々なのだから」

 言葉を切って、バアル様を見つめた。そのお顔は泣いているようにも、微笑んでいるようにも見えた。

「バアル……貴殿なら、私の我儘を……少しは分かってくれるであろう?」

 祈るように見つめる赤の瞳を、バアル様はしばしの間見つめてから瞳を閉じた。アオイ様を抱き直し、小さく会釈をしてから後ろへと、私達の元へと下がっていく。

「……ありがとう」

「……バアル、さん? ……ヨミ様を、止めて下さ……バアルさん……?」

 バアル様の腕の中で、アオイ様が必死にもがいている。強力な睡魔に襲われている筈なのに、普通の精神力であれば、数十秒とて抗えはしないのに。

「ヨミ……様、待って……下さ……俺なら、大丈夫……ですから……お願……」

「……すまないアオイ殿……バアルと父上を、どうか宜しく頼む……」

「そ、んな……やだ、待って……いや、だ……」

 ヨミ様の背に向かって懸命に、その小さな手を伸ばしている。けれども、ついに抗えなかったのだろう。バアル様の腕の中で泣きながら深い眠りに落ちていかれた。

「ヨミ……本当に、いいのですか?」

「ああ、私にとって二人の幸せが何より大切であるからな。愚かに思われるであろう?」

「いえ、貴方らしく思いますよ……私の方こそ、愚かでした。貴方が自分の存在よりも大切にしていたというのに、あのような……」

「私を思ってのことであろう?」

 神の言葉を遮って、ヨミ様が微笑んだ。胸元に手を当てて、恭しく頭を下げた。

「その気持ちは、誠に嬉しく存じ上げる。どうか、気にしないで欲しい」

「ヨミ……私も貴方を諦めたりはしません。貴方を必ずや彼らの元へ、皆の元へ生まれ変わらせてみせます」

「心より深く感謝申し上げる。少し、時間を頂いてもいいだろうか」

「ええ……準備が出来たら私を呼んで下さい。迎えに行きましょう」

 神に向かってもう一度頭を下げてから、ヨミ様はバアル様の腕からアオイ様を奪い去った。

「バアル……アオイ殿を借りていくぞ」

 バアル様の返事も聞かずに独りごちながら、城内へと続く扉の方へと歩いていく。

「強力な術をかけたが、万が一があるからな……目覚めて何処かへと行ってしまわぬよう、全てを終えるまで大事に隠しておかなければ……」

 扉の前へと差しかかったところで思い出したかのように足を止め、私を呼んだ。

「レタリー」

「は、はいっ」

「ついて参れ。そなたに最後の頼みがある」

「……はい」

 皆様を置き去りにしたまま会場を後にして、足早に城内を進んでいく。私がアオイ様を、と申し出ようとした途中で「私が連れて行く」と遮られた。

 道すがらヨミ様は、私に何度も謝罪の言葉を繰り返していた。「勝手に決めてしまってすまない」と「そなたらに黙っていてすまない」と。

 アオイ様が生命力を宿したままだという事実を知っていたのは、ヨミ様、サタン様、バアル様、そしてアオイ様自身だったという。

 私達に贖罪の為だと。アオイ様の心の傷が癒えるまでありったけのもてなしを、と伝えていたのは、万が一があってはならぬと危惧した為だと。

 今の私にとっては、どうでもいい話だった。

 堪え難い罪悪感を感じながらも、やはり私は安堵していたのだ。ヨミ様を失わずに済むという事実に安堵していたというのに。

 本棟から別棟へ、そしてバアル様とアオイ様の部屋へと。お二人の室内に飾られていた写真をヨミ様は慈愛のこもった眼差しで見つめてから、アオイ様を部屋の奥にあるベッドへと優しく横たえた。

 そして、健やかに眠るアオイ様の身体を、いくつもの術で作り上げた鎖でベッドへと繋ぎ止めた。決してアオイ様を傷つけてしまわないように、けれども絶対にここから逃さぬように。

「……レタリー、今までありがとう……私が全てを終えるまで、アオイ殿を守っていて欲しい……これが私からの最後の頼みだ……そなたなら、必ずや聞き届けてくれるであろう?」

 私は頷いた。頷くことしか出来なかった。

 どこか満足そうに微笑んで、振り向かずに去っていく背中を見送ることしか出来なかった。寸前までこみ上げていて、喉に引っかかっていた重たい感情を呑み込み、堪えることしか。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりました。 これからもどうぞよろしくお願い致します! 表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

氷の騎士団長様の悪妻とかイヤなので離婚しようと思います

黄金 
BL
目が覚めたら、ここは読んでたBL漫画の世界。冷静冷淡な氷の騎士団長様の妻になっていた。しかもその役は名前も出ない悪妻! だったら離婚したい! ユンネの野望は離婚、漫画の主人公を見たい、という二つの事。 お供に老侍従ソマルデを伴って、主人公がいる王宮に向かうのだった。 本編61話まで 番外編 なんか長くなってます。お付き合い下されば幸いです。 ※細目キャラが好きなので書いてます。    多くの方に読んでいただき嬉しいです。  コメント、お気に入り、しおり、イイねを沢山有難うございます。    

処理中です...