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【新婚旅行編】六日目:貴方の手の温もりが、踏み出す勇気をくれる
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「じゃ、じゃあ一回だけっ、一回だけぎゅってして? 居てくれてるのは分かってるんだけど、不安でさ」
応えてくれた穏やかな低音に、俺は思わず縋ってしまっていた。
今すぐに解消したかったのだ。拭って欲しかったのだ。ゆらゆらと波打っている足元が急に落とし穴へとなってしまいそうな、どこまでも下へと吸い込まれてしまいそうな、有り得ないけれども大きな不安を。
「ふむ……ですが、それでは支えをなくしてしまうことにもなりますが?」
「あ」
そうだった。そうでした。
バアルさんにぎゅってしてもらう為には、俺を支えてくれているその手を離さなければいけない訳で。そうしたら、ワンチャン俺は即座に海面から落ちちゃうかも知れない訳で。でも。
「でも、ぎゅってして欲しい……安心したい……」
本日も絶好調な俺の口は、思っていたことをそのまま吐き出してしまっていた。
何やら後ろから、むせたような音がした。ぶんぶん、ぱたぱたと、バアルさんの触角と羽が奏でている賑やかな音も。
続けて、おほんと咳払い。宥めるように俺へと囁いてきた声は、普段通りに落ち着いていて、優しかった。
「無論、この老骨めは何時いかなる時も、愛する貴方様を抱き締めさせて頂きたいと望んでおります。それから、信じてもおります。私の支えがなくとも、貴方様のお力だけで海面を歩くことが出来ると、その実力は十分にあると」
「……じゃあ、手は? 手を繋ぐんだったらいいでしょ?」
「……畏まりました」
バアルさんは少し悩んでいたようだったけれども、了承してくれた。バランスを取る意味はないのだが、何となく広げてしまっていた左右の手を、それぞれ包み込むように繋いでくれた。
俺よりもひと回り大きな手のひら、少し骨ばっているけれどもしなやかでキレイな長い指。触れ合っているそれらから伝わってくる温もりが、瞬く間に心を覆っていた不安を拭ってくれる。
踏み出せなかった一歩を踏み出す勇気をくれる。
「よし……っ」
重なれられている手のひらをもう一度、大好きな温もりを確かめるように握りながら足を上げる。つい、ホントに着地出来るのかと、つま先で海面をつついて確認したくなってしまう。つま先から着地したくなってしまう。
けれども、その誘惑を振り切って一歩、ゆらゆらとオレンジに煌めく海面へとかかとを乗せた。
「あ……」
ちゃんと立てている。底が抜けるようにザボンッと沈んでしまうことも、ズブズブと徐々に底へと招かれることもない。穏やかな波で揺らめく海面は、まるで本物の地面であるかのように俺の歩みを受け止めてくれていた。
「……ありがとう、バアル。お陰で、俺、まだまだ頑張れそう」
「それは何より……今しがたの一歩も素晴らしかったですよ。海面へと足を下ろす際、体重をかける瞬間、全てにおいて見事な魔力調整でございました」
「へへ、そう? やっぱり、バアルのお陰だね」
「いえいえ、貴方様の実力で」
「んーん、バアルのお陰だよ」
俺が食い気味に遮ると、また、んんっ、と小さくむせるような音がした。すっかり調子に乗って話しながらも、スキップするかのようにほいほいほいっと進めていた足を思わず止めると「お気になさらず」と平然とした声が続きを促してくる。
浮かれていた俺は、気にせずに更に歩みを進めていた。もっともっと俺の勇姿を見て欲しくなっていたのだ。バアルさんに手を繋いでいてもらえれば、海の上をどこまでだって歩いていけるのだということを。
少し前までのよたよた歩きがウソのよう。俺が思い描いた通りに軽やかに前へ左右へ、縦横無尽に進んでいく足は、まるでバアルさんとダンスのステップを踏んでいるかのような。定期的に、お上手ですよ、と褒めてくれる彼の声も後押しになっていた。
そうして、すっかりここが海面の上であるということを忘れかけていた頃、ウキウキ気分で浅瀬でのバアルさんとのお散歩を楽しんでいた俺に、思い出したかのように彼が尋ねてきた。
「……ところでアオイ、お気づきでしょうか?」
応えてくれた穏やかな低音に、俺は思わず縋ってしまっていた。
今すぐに解消したかったのだ。拭って欲しかったのだ。ゆらゆらと波打っている足元が急に落とし穴へとなってしまいそうな、どこまでも下へと吸い込まれてしまいそうな、有り得ないけれども大きな不安を。
「ふむ……ですが、それでは支えをなくしてしまうことにもなりますが?」
「あ」
そうだった。そうでした。
バアルさんにぎゅってしてもらう為には、俺を支えてくれているその手を離さなければいけない訳で。そうしたら、ワンチャン俺は即座に海面から落ちちゃうかも知れない訳で。でも。
「でも、ぎゅってして欲しい……安心したい……」
本日も絶好調な俺の口は、思っていたことをそのまま吐き出してしまっていた。
何やら後ろから、むせたような音がした。ぶんぶん、ぱたぱたと、バアルさんの触角と羽が奏でている賑やかな音も。
続けて、おほんと咳払い。宥めるように俺へと囁いてきた声は、普段通りに落ち着いていて、優しかった。
「無論、この老骨めは何時いかなる時も、愛する貴方様を抱き締めさせて頂きたいと望んでおります。それから、信じてもおります。私の支えがなくとも、貴方様のお力だけで海面を歩くことが出来ると、その実力は十分にあると」
「……じゃあ、手は? 手を繋ぐんだったらいいでしょ?」
「……畏まりました」
バアルさんは少し悩んでいたようだったけれども、了承してくれた。バランスを取る意味はないのだが、何となく広げてしまっていた左右の手を、それぞれ包み込むように繋いでくれた。
俺よりもひと回り大きな手のひら、少し骨ばっているけれどもしなやかでキレイな長い指。触れ合っているそれらから伝わってくる温もりが、瞬く間に心を覆っていた不安を拭ってくれる。
踏み出せなかった一歩を踏み出す勇気をくれる。
「よし……っ」
重なれられている手のひらをもう一度、大好きな温もりを確かめるように握りながら足を上げる。つい、ホントに着地出来るのかと、つま先で海面をつついて確認したくなってしまう。つま先から着地したくなってしまう。
けれども、その誘惑を振り切って一歩、ゆらゆらとオレンジに煌めく海面へとかかとを乗せた。
「あ……」
ちゃんと立てている。底が抜けるようにザボンッと沈んでしまうことも、ズブズブと徐々に底へと招かれることもない。穏やかな波で揺らめく海面は、まるで本物の地面であるかのように俺の歩みを受け止めてくれていた。
「……ありがとう、バアル。お陰で、俺、まだまだ頑張れそう」
「それは何より……今しがたの一歩も素晴らしかったですよ。海面へと足を下ろす際、体重をかける瞬間、全てにおいて見事な魔力調整でございました」
「へへ、そう? やっぱり、バアルのお陰だね」
「いえいえ、貴方様の実力で」
「んーん、バアルのお陰だよ」
俺が食い気味に遮ると、また、んんっ、と小さくむせるような音がした。すっかり調子に乗って話しながらも、スキップするかのようにほいほいほいっと進めていた足を思わず止めると「お気になさらず」と平然とした声が続きを促してくる。
浮かれていた俺は、気にせずに更に歩みを進めていた。もっともっと俺の勇姿を見て欲しくなっていたのだ。バアルさんに手を繋いでいてもらえれば、海の上をどこまでだって歩いていけるのだということを。
少し前までのよたよた歩きがウソのよう。俺が思い描いた通りに軽やかに前へ左右へ、縦横無尽に進んでいく足は、まるでバアルさんとダンスのステップを踏んでいるかのような。定期的に、お上手ですよ、と褒めてくれる彼の声も後押しになっていた。
そうして、すっかりここが海面の上であるということを忘れかけていた頃、ウキウキ気分で浅瀬でのバアルさんとのお散歩を楽しんでいた俺に、思い出したかのように彼が尋ねてきた。
「……ところでアオイ、お気づきでしょうか?」
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