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【新婚旅行編】六日目:水も滴る
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「ん、なに?」
「貴方様は、今も大変お上手に、海面の上を歩き続けていらっしゃいますよね?」
「へ? ぁ、うん……バアルに補助してもらって、だけど?」
すぐ後ろでクスリと笑う気配がした。
一体、何が可笑しいんだろうか? 俺には思い当たるフシなんて。少ししてから、ちゃんと答えを教えてくれた彼の声は、やっぱり何故か楽しそうだった。
「……ほんの少しの間ではございましたが、私の補助なしで、一人で立っていらっしゃいましたよ?」
「え」
「でなければ、今、こうして手を繋いではいられないでしょう? 私が、一度貴方様の可憐な細腰から手を離さなければ」
「あ」
何を思ったのか、俺は振り向いてしまっていた。はたと目が合って、バアルさんが擽ったそうに微笑む。俺も釣られて笑いそうになった時、景色がぐらりと傾いていった。
「どわっ」
集中力を切らしてしまったせいだ。ほんのさっきまで海面の上をしっかりと踏んでいた足が、薄氷を踏み抜いたかのようにザボンッと落ちてしまっていた。
海面の高さは、せいぜい俺の膝下くらいまでしかない。とはいえ、突然、階段を一段踏み外したかのような浮遊感に襲われてしまっては。
おまけに片足で着地した砂底が、思っていた以上に柔らかかったもんだから、あっさりと俺の身体は宙へと投げ出されるようにひっくり返ってしまっていた。仰け反るように体勢を崩したまま、揺らめく海へと引きずり込まれるように。
視界に映る全てが、急にスローモーションになってしまったかのよう。オレンジに染まった水飛沫がキラキラと舞う。俺は身にふりかかるであろう衝撃を覚悟していた。
でも、こなかった。バシャンッと更に大きな飛沫が上がって、濡れた服が一気に肌に纏わりついてきたけれども、それ以外は。
「ぅ……あ、あれ……?」
意外と砂底が柔らかかったんだろうか? いや、でも、何か温かいものが、丁度いい弾力のある柔らかさを下敷きにしてしまっているような?
咄嗟に閉じてしまっていた瞼を恐る恐る開いてみる。途端に視界に映った光景に、俺は見惚れてしまっていた。
「……っ」
白い睫毛に縁取られた、若葉のように瑞々しい緑の瞳が俺を心配そうに見上げている。凛々しい眉は弱々しく下がり、白い髭を蓄えた口元も苦いものでも噛んだかのように歪んでしまっている。どこか切なげにも見える表情が、何だかスゴく艶っぽい。
咄嗟に俺を庇ってくれていたバアルさん。押し倒すような形で馬乗りにしてしまっている彼の長身は、すっかりズブ濡れになってしまっていた。
薄い生地の服が、透明感のある白い肌にピタリと吸い付いている。鍛え抜かれた筋肉のラインが分かってしまうほどに。
背にある透き通った羽も、その磨き抜かれたガラスのような表面には、いくつもの水滴が散りばめられていて煌めいている。
しっとりと濡れた髪からは、今も海水が滴り落ちていた。針金のように細い触角からも、シャープな顎からも、ぽと、ぽと、と。
早く言わなければ、大丈夫だよって。ありがとうって。バアルのお陰で、全然痛くも何ともなかったよって。
伝えないといけないのに言葉が出ない。鷲掴みにされて喚いている心臓みたいに、喉の奥がきゅっと締まっていて呼吸さえも忘れてしまいそう。
ふと俺だけを映していた緑の瞳が僅かに見開かれた。雫を弾くようにぱちぱちと睫毛が瞬いて、目尻のシワが深くなっていく。細められた瞳に喜びが滲んでいく様は、宝石よりも美しい。
たおやかな手が、ゆっくりと伸びてくる。頬にそっと添えられた手のひらが、ひんやりと冷たくて心地がよかった。
「アオイ、お怪我はございませんか?」
目が覚めたような気分だった。
「貴方様は、今も大変お上手に、海面の上を歩き続けていらっしゃいますよね?」
「へ? ぁ、うん……バアルに補助してもらって、だけど?」
すぐ後ろでクスリと笑う気配がした。
一体、何が可笑しいんだろうか? 俺には思い当たるフシなんて。少ししてから、ちゃんと答えを教えてくれた彼の声は、やっぱり何故か楽しそうだった。
「……ほんの少しの間ではございましたが、私の補助なしで、一人で立っていらっしゃいましたよ?」
「え」
「でなければ、今、こうして手を繋いではいられないでしょう? 私が、一度貴方様の可憐な細腰から手を離さなければ」
「あ」
何を思ったのか、俺は振り向いてしまっていた。はたと目が合って、バアルさんが擽ったそうに微笑む。俺も釣られて笑いそうになった時、景色がぐらりと傾いていった。
「どわっ」
集中力を切らしてしまったせいだ。ほんのさっきまで海面の上をしっかりと踏んでいた足が、薄氷を踏み抜いたかのようにザボンッと落ちてしまっていた。
海面の高さは、せいぜい俺の膝下くらいまでしかない。とはいえ、突然、階段を一段踏み外したかのような浮遊感に襲われてしまっては。
おまけに片足で着地した砂底が、思っていた以上に柔らかかったもんだから、あっさりと俺の身体は宙へと投げ出されるようにひっくり返ってしまっていた。仰け反るように体勢を崩したまま、揺らめく海へと引きずり込まれるように。
視界に映る全てが、急にスローモーションになってしまったかのよう。オレンジに染まった水飛沫がキラキラと舞う。俺は身にふりかかるであろう衝撃を覚悟していた。
でも、こなかった。バシャンッと更に大きな飛沫が上がって、濡れた服が一気に肌に纏わりついてきたけれども、それ以外は。
「ぅ……あ、あれ……?」
意外と砂底が柔らかかったんだろうか? いや、でも、何か温かいものが、丁度いい弾力のある柔らかさを下敷きにしてしまっているような?
咄嗟に閉じてしまっていた瞼を恐る恐る開いてみる。途端に視界に映った光景に、俺は見惚れてしまっていた。
「……っ」
白い睫毛に縁取られた、若葉のように瑞々しい緑の瞳が俺を心配そうに見上げている。凛々しい眉は弱々しく下がり、白い髭を蓄えた口元も苦いものでも噛んだかのように歪んでしまっている。どこか切なげにも見える表情が、何だかスゴく艶っぽい。
咄嗟に俺を庇ってくれていたバアルさん。押し倒すような形で馬乗りにしてしまっている彼の長身は、すっかりズブ濡れになってしまっていた。
薄い生地の服が、透明感のある白い肌にピタリと吸い付いている。鍛え抜かれた筋肉のラインが分かってしまうほどに。
背にある透き通った羽も、その磨き抜かれたガラスのような表面には、いくつもの水滴が散りばめられていて煌めいている。
しっとりと濡れた髪からは、今も海水が滴り落ちていた。針金のように細い触角からも、シャープな顎からも、ぽと、ぽと、と。
早く言わなければ、大丈夫だよって。ありがとうって。バアルのお陰で、全然痛くも何ともなかったよって。
伝えないといけないのに言葉が出ない。鷲掴みにされて喚いている心臓みたいに、喉の奥がきゅっと締まっていて呼吸さえも忘れてしまいそう。
ふと俺だけを映していた緑の瞳が僅かに見開かれた。雫を弾くようにぱちぱちと睫毛が瞬いて、目尻のシワが深くなっていく。細められた瞳に喜びが滲んでいく様は、宝石よりも美しい。
たおやかな手が、ゆっくりと伸びてくる。頬にそっと添えられた手のひらが、ひんやりと冷たくて心地がよかった。
「アオイ、お怪我はございませんか?」
目が覚めたような気分だった。
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