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黒の場合
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謎の男達に連れて行かれた先に待っていたのは、先程蜥蜴男が言っていた「書記」と呼ばれる人だった。
僕より幾らか背が高く、幾らか若い男性は、対面に座らされた僕の様子を眺めている。
先程の男達とは違い、人間の姿をしている。
すっと引かれた鋭い瞳に、僕は自然と背筋が伸びるのを感じた。
男性は暫く黙っていたが、ふっと頬を緩めると、安心させるような調子で、ゆっくりと話し始めた。
「君が、外交官だね?」
聞かされていない、自覚のない事が、彼の口から出てきた。
「申し遅れた。僕はスヴァル=アウクスレピオス。この機関で書記官をやっている。どうぞ宜しく。」
流れるままに頭を下げると、僕はずっと気になっていた事を聞いてみた。
「あの……ここは何処ですか?」
「ここは科学鉱石都市、ヴィサイトールの中心部に位置する政府本部だよ。」
思いがけずあっさり、書記官のスヴァルさんは言った。
科学鉱石都市なんて言葉が出てくる辺り、やっぱりここは異世界なんだと自覚させられる。
浮き立つような妙な気持ちになって、僕が落ち着かないでいると、スヴァルさんが僕の目の前に資料の束を置いた。
「君にはこれから、ここで外交官として働いて貰う。」
渡された資料を見て、僕は驚き、狼狽した。
そこに書かれている文字は、日本語でも英語でもなく、見た事も無いようなものだったからだ。
僕が唖然としているのにも気付かず、スヴァルさんは傍に控えていた蜥蜴男達に指示を出し、僕に新たな仕事先の提示をさせている。
「君の仕事の一つに、ある重罪人の見張りというものがある。……正直なところ」
そこでスヴァルさんは声を潜め、僕の目の前に顔を寄せる。
「命を落とすかもしれない危険な仕事だ。……君には、負担になることがこれから多くあるだろう。出来れば、我々組織の中だけで解決させたかったのだが、生憎、問題が難解過ぎる。そこで君達外交官に任せようと考えたんだ。……やって、くれるかい?」
スヴァルさんの金色の眼が、目の前で揺れる。
僕は彼の言葉に、何となく合点がいった。
つまり彼等は、命も落としかねない任務を、自分達ではなく、他者に頼む事で逃れようとしているのだ。
とんでもない話だ。
僕は心の内で首を振った。
僕はサラリーマンとして、数多くの会社に赴き、多くのタイプの人間と関わってきた。その中にも、こうした他人任せの連中は巨万といる。
そんな奴等を見る度に、僕は内心軽蔑の思いでいた事を思い出し、沸沸と怒りが湧き上がってきた。
だがそこでふと、目の前にいる若き書記官の顔が浮かんだ。
彼はひょっとして、何か事情を隠している?
先程彼が言った、「命を落としかねない」という言葉。そこに込められた意味は、今まで僕の上司達が言っていた軽々しいものではなく、重々しく、深い響きを持ったものでは無かったろうか?
意識を現実に戻して、目の前を見ると、真剣にこちらを見つめるスヴァルさんの姿があった。
僕は息を吸い込み、一言言った。
「分かりました。やります。」
異世界トラベル、恐らく勘違いであろう僕の運命は、今この瞬間動き出したのだった。
僕より幾らか背が高く、幾らか若い男性は、対面に座らされた僕の様子を眺めている。
先程の男達とは違い、人間の姿をしている。
すっと引かれた鋭い瞳に、僕は自然と背筋が伸びるのを感じた。
男性は暫く黙っていたが、ふっと頬を緩めると、安心させるような調子で、ゆっくりと話し始めた。
「君が、外交官だね?」
聞かされていない、自覚のない事が、彼の口から出てきた。
「申し遅れた。僕はスヴァル=アウクスレピオス。この機関で書記官をやっている。どうぞ宜しく。」
流れるままに頭を下げると、僕はずっと気になっていた事を聞いてみた。
「あの……ここは何処ですか?」
「ここは科学鉱石都市、ヴィサイトールの中心部に位置する政府本部だよ。」
思いがけずあっさり、書記官のスヴァルさんは言った。
科学鉱石都市なんて言葉が出てくる辺り、やっぱりここは異世界なんだと自覚させられる。
浮き立つような妙な気持ちになって、僕が落ち着かないでいると、スヴァルさんが僕の目の前に資料の束を置いた。
「君にはこれから、ここで外交官として働いて貰う。」
渡された資料を見て、僕は驚き、狼狽した。
そこに書かれている文字は、日本語でも英語でもなく、見た事も無いようなものだったからだ。
僕が唖然としているのにも気付かず、スヴァルさんは傍に控えていた蜥蜴男達に指示を出し、僕に新たな仕事先の提示をさせている。
「君の仕事の一つに、ある重罪人の見張りというものがある。……正直なところ」
そこでスヴァルさんは声を潜め、僕の目の前に顔を寄せる。
「命を落とすかもしれない危険な仕事だ。……君には、負担になることがこれから多くあるだろう。出来れば、我々組織の中だけで解決させたかったのだが、生憎、問題が難解過ぎる。そこで君達外交官に任せようと考えたんだ。……やって、くれるかい?」
スヴァルさんの金色の眼が、目の前で揺れる。
僕は彼の言葉に、何となく合点がいった。
つまり彼等は、命も落としかねない任務を、自分達ではなく、他者に頼む事で逃れようとしているのだ。
とんでもない話だ。
僕は心の内で首を振った。
僕はサラリーマンとして、数多くの会社に赴き、多くのタイプの人間と関わってきた。その中にも、こうした他人任せの連中は巨万といる。
そんな奴等を見る度に、僕は内心軽蔑の思いでいた事を思い出し、沸沸と怒りが湧き上がってきた。
だがそこでふと、目の前にいる若き書記官の顔が浮かんだ。
彼はひょっとして、何か事情を隠している?
先程彼が言った、「命を落としかねない」という言葉。そこに込められた意味は、今まで僕の上司達が言っていた軽々しいものではなく、重々しく、深い響きを持ったものでは無かったろうか?
意識を現実に戻して、目の前を見ると、真剣にこちらを見つめるスヴァルさんの姿があった。
僕は息を吸い込み、一言言った。
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