箱庭魔女の魔王奮戦記

遮具真

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そうだ、魔王を造ろう

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 私のちっちゃいの頃から夢は自分で造ったお気に入りの箱庭に住む事だった。
 その為に錬金術を研究し、魔法を極めてきた。
 何度も何度も壁にぶち当たってはそれを乗り越え、理想へと邁進し続けてきた。
 艱難辛苦の果て……ようやく、この迷いの森の中に理想の《箱庭》を造り上げる事が出来たのだった♡
 今、私は幸せを噛み締めている、とっても幸せだ…♡
 私はオフェリア・ディア・ミディール……元ラハトゥル皇国の魔法使い…。

 …………ただ…少し…問題が無い訳でもない。

 ※

「姉上はもっともっと広く世間に認知されるべきです!!」
「………」
 穏やか午後のティータイム、中庭で花々に囲まれて優雅にお茶していたのに……目の前で興奮しながら訴えてくる貴族様がいる。
 彼こそ、我が実弟ウィルマス・ディオル・ミディール公爵である。
 ちっちゃい頃は泣き虫で、何かあるとすぐに私に泣きついてきた記憶がある。それが今ではすっかりイケメンになって、女の子にモテモテとか……時の流れは早いもの。
 ……てか、いきなりやって来て……何言ってんの?
「僕は悔しい!!…悲しい!!…なんで世間一般の姉上に対する評価がこんなにも低いのか!!」
「………」
 ……いやいや、低くていいんだよ? むしろ、そうなるように今まで頑張ってきたんだから…。
「姉上ぇぇ~~、僕には到底納得出来ないのですぅぅ……」
「………」
 ……いや、納得してくれ。そうじゃないと私が困る。
 ……てか、泣くほどか?
 大体、私はそういった世間一般との関わりが煩いから、この迷いの森に居を構えているんだよ…?
 ……何度も説明したよね?……ウィル。
「姉上ぇぇ~~~~!!」
「………」
 ……だから、泣くな!……イケメンが台無しだぞ。
 ……本当にもう…。
 そう、弟は昔から私の事が大好きなのだ、好きで好きで堪らないって感じ。ちっちゃい頃から姉上姉上と私の後をついて回るほど。勿論、私も弟の事が大好きだ。
 けど、最近はちょっと度を越している感じがする…。
 更に魔法使いとしての私もムチャムチャ尊敬している。確かに不毛と言われた実家の領地を魔法と錬金術で実り豊かなものにはしたけど…。
 その後、領地を何倍にもしたのは弟本人だ。貧乏貴族と蔑む連中を見返してきたのは一重に弟の努力の賜物だと言ってもいい。
 その甲斐もあって今では公爵様だ。私も少しばかり鼻が高い。
 まあ、それはさておき……とにもかくにも私は少しばかりの手伝いをしただけに過ぎないのだ。
 だが…しかし……弟の私に対する評価は非常に高い……ちょっと高過ぎるほど…。
 何処ぞの大賢者様を見るかのような感じ…。事実、今もお目々キラキラで私を見ている。
 止めて、そんな目で私を見ないで!!……私はそんな大層なもんじゃないんだから…。
 ちっちゃな箱庭で満足してるセコい魔法使いなんだから…。
 てか、私はひっそりと暮らしていたいんだよ。世間様とは距離を置いて、この箱庭の中でさぁ~。
 私の事を大好きなら、そこら辺を理解してウィル!
「姉上ぇぇ~~♡」
「………」
 いつものパターンで、私の膝にすがり付く。
 ……ダメかもしれない。
 私が言うのもなんだが、こいつはシスコンだ……それもかなりの筋金入り。一度、結婚相手について聞いてみたら『姉上です♡ 僕は姉上と結婚したいです♡♡』って真顔で答えてきた……おいおい。

 ……で、いつものようにひとしきり私の膝の上で甘え終えると…。
『また、来ます。僕は必ずや姉上の武名を世間に轟かせてみせます!!』
 なんて宣言して帰って行った…。
「………」
 ……いや、武名って何…?
 ……てか、ありがた迷惑って言葉知ってる?弟よ…。
「………はぁ」
 私が壮大なため息をついていると。
「クス♡……相変わらずですね、ウィル様は♡」
 なんて、隣でメイドのエブリンが笑いながら言った。
「………」
「♡」
 私の困り顔にもニッコリと微笑んで返してくる。お下げに眼鏡が可愛いらしい、よく気が効く子だ。
 うん、我ながら傑作品を造ったと思う♡
 彼女は私が最初に造った完全自立型のゴーレムだ。自我を持った魔法創造物であり、私のメイド役兼、護衛役でもある。
 可愛いらしい見た目とは裏腹に、この《箱庭》を管理するゴーレムの中では最強である。
 そして、最も長く私に仕えている存在でもある。なので私の事を本当によく理解している。言葉を交わさなくとも私の思いをすぐに汲み取ってくれるのだ。
「……ホントにね」
「いっそのこと、マスターの試作体を一つ、ウィル様にご提供なされてはいかがでしょう?」
「………」
 ……何とんでもない事言い出すかな、この子は…。
 現在の私のボディーはゴーレムとホムンクルスの複合体である。魔法と錬金術の多元応用の産物だ。これなら病気や怪我なぞとは無縁である。そう、私は自分の快適さに置いて妥協なぞ一切しないのだ。
 で、その際に造った試作品が幾つか残っている。
 元々は終の住みかを探して、あっちこっちさ迷い歩いた時に使ってたやつだ。魔族仕様のやつとか、エルフ仕様のやつとか色んなのがある。年齢は様々だが、全て私ベースなので、見た目はそっくりな感じ。
 ……いやいやいや、そんなもんをあの弟にくれてやった日にゃ何仕出かすかわかったもんじゃない。多分、恐らく、毎日添い寝するぞ……確実に!
 これ以上、弟の変態シスコンレベルを上げる訳にはいかない。
 …なので。
「………却下!!」
「いいアイデアだと思ったのですが…」
 ……この子、たまに私の考えの斜め上を行く提案をして来る時があるな。
「……ふぅ」
 おまけにウィルがあちこちで私の噂を広めているのか、最近変な輩が迷いの森に分け入って来るようになった。何処ぞの王国の使者とか…訳わかんない組織の下っ派とか……実に鬱陶しい!!
 まぁ……この《箱庭》まではたどり着けてないんだけどね。
 けど、鬱陶しい事には変わりない。
 ここさぁ、誰も近づかないような場所だったから住もうって決めたんだんだよ……それがさぁ…。
「……あ~あ」
 何かドカーンと有事的な事でも起きないかな……そしたら世間の関心がそっち向くのに…。
「なら、これなどいかがでしょう?」
 エブリンが取り出したのは一つ読物。
『魔王と英雄』の物語。
「………」
 手に取ってペラペラとページをめくる。
 魔王…と英雄……何となくあっちこっちに伝わるおとぎ話。作り話としてはかなり有名なやつだけど……英雄はともかく、魔王なんて代物は完全に眉唾だ。
 ……で、これが何?
「魔王をお造りになってはいかがでしょう?」
「………」
 我が創造物ながらとんでもない事を言ってくるな…。魚のお造りとは訳が違うんだぞ。
 ………けど。
 ……うん。
 …魔王か。
 いいかもしんない♡
 元々居ないんだし、たとえ造っても誰からもクレームは来ないよね♪
 そして、何もしなくたって、そんな不穏なやつをどっかに置いとけば…♡
 ……関心は自然とそっちに♡
 ……おお♡
「よし、魔王を造ろう♡」
 私の平穏の為に♪
「やあ、面白そうな話をしているねぇ~♡」
「……アルベルト…」
「いらっしゃいませ、アルベルト様」
 ……いや、いらっしゃい…じゃないから。
 唐突に現れたこいつ……魔族のアルベルト・シュターン。魔徒十士族の一人とか…。まあまあのイケメンなのだが、底意地の悪さが透けて見える感じの男だ。
 そもそも、自力で迷いの森を踏破して、ここまでやって来るのはこいつとウィルの二人だけだ。
 更にこいつは私が各地を流浪していた時、何かにつけてはやたらと絡んできた面倒なやつ。
 この前もウィルと鉢合わせになった時、『初めまして、お姉さんのフィアンセです♪』なんて言って大騒ぎになった。そんでもって三時間も死闘を繰り広げたのは記憶に新しい。
 いやいや、何してんだよ、お前ら。
 まあ、人間的にはさほど嫌いになれないやつだけど、反対に好きにもなれない。
 良くも悪くも馴染みの顔だ。
「あ、いつもので、お願い♡」
「………」
 ……いや、何普通にウチのメイドにお茶頼んでんの…。
「畏まりました♪」
「………」
 ……いや、お前も畏まるな…。
「………呼んでないけど」
 思わず白い目で見る…。
「冷たいなぁ、今日はいい知らせを持って来たんだよ♪」
「………」
 ……いや、こいつがいい知らせと言って良かった事など一度もない。
 ……ジロッ!
「おお、怖い♪」
 …嘘つけ、絶対面白がってるだろ、おまえ。
「それで、良い知らせとは何でしょう?」
 もうエブリンがお茶を持って戻ってきた…。
「ん~、さすがエブリンちゃん♪……あ、ありがとう♡」
 早速、お茶を口にする。
「ん~♪相変わらず、君の入れてくれたお茶は美味しいねぇ~♡」
「………おい!!」
「お、そうそう♪」
「………!!」
 ……そうそうじゃない、今わざと一呼吸置いたろ…!!
「……実はねぇ、オブロック公が大軍を率いて迷いの森に進行するんだって♡」
「………はぁ?」
 何で魔族の公爵が迷いの森に出向いて来んの!!
 さては……お前の仕業か!?
 ……ジロッ!!
「酷いなぁ……何でもかんでも私のせいにしないで欲しいね」
 いや、今までろくでもない事は大概あんたが絡んでたでしょうが!!
「いやねぇ…迷いの森は魔族の間でも永らく不可侵な場所だったんだよね~…」
「………」
 ……確かに。
 迷いの森は魔族と人族、そしてエルフの三種族が国境を接する場所でありながら、その地の特異性から何処も手を出さなかった所だ。
 何かの要因で空間がねじ曲げられているようで、一度入ると簡単には外にも内にも出られないらしい。こいつもウィルも最初はかなり難儀したそうだ。
 いや、私は最初から簡単に出入り出来たよ……魔法と錬金術を極めた私から見れば、この程度の迷宮なんぞ有って無いようなもの。
 まあ、そこら辺のとこが気に入って、ここに住む事にしたんだけどねぇ…。
「…ところが、そんな大迷宮にいきなり何処の馬の骨ともしれないやつが住み着いちゃったから、さあ大変!! 魔族領では上を下への大騒ぎ!」
「………」
 ……いやいやいや、イチャモンだろそれ!!
 何処のものでもないなら私が住んでも問題なくねぇ?……って思ってたのに。そもそもがさぁ、満足に出入りも出来ない連中なんだし…。
 それが住んだ途端に何、その大クレーム!
 お前らクレーマーだろ、絶対!!
「人間の魔法使いごときに遅れを取っては魔族の名折れだ!!……ってな感じでオブロック公が大激怒してさぁ…」
「………」
 なんだ、その無理くりな理屈。やっぱりクレーマーだな。てか、今さら何だよって感じ。
「大魔法使いだろうが賢者だろうが所詮は人族、我ら魔族の敵ではないわ!!……ってね」
「………」
 ……ん?!
 今、何か変なワードが混じってなかった?
 ……大魔法使い?………賢者??
 一体全体どっからそんな話が…??
「君の弟くん、大分吹聴してたから♪」
「………?!」
 なあぁぁぁぁ~~!!
 何してくれちゃったのぉぉ~~、我が弟よぉぉ~!!
 お姉ちゃんは悲しいぞぉ~~!!
「………」
「………♪」
 くそ、面白がりやがって……だが、こいつの情報は確かだ。ならば近い内にそのナントカ言うクレーマーが大軍を率いてやって来る。
 不味い……絶対に不味い!!
 永らく迷いの森にしり込みしてたヘタレ魔族なんぞどうとでもなるが……そんなんで有名になったら困るのは私だ。
 急いで魔王を造らなくては…!!
「因みに魔族領では『魔王』って世界の向こう側からやって来た謎の存在らしいよぉ♪」
「………」
 ……何だ…それ?
「そう云われてる♪」
「………」
 そう言えば……こいつも結構私とツーカーだな。嬉しくはないけど…。
 ……にしても、何かよくわからんな。
 わからんが…まあいい。
 それならそれでこちらとしても好都合だ。訳わからん世界から来たんなら正体不明って事でどうとでも繕える。
「……フッフッフッ♡」
「おお~♡やる気だね~、楽しみ楽しみ♡」
「………」
 何か、半分こいつの口車に乗った気がしないでもないけど……まあいい、やることは変わってない訳だし……今は早いとこ魔王を造らなければ。
「エブリン、全工房ゴーレム始動!! 最強の魔王を造るよ!」
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