流刑王ジルベールは新聞を焼いた 〜マスコミの偏向報道に耐え続けた王。加熱する報道が越えてはならない一線を越えた日、史上最悪の弾圧が始まる〜

五月雨きょうすけ

文字の大きさ
37 / 65
第六話 彼女が幸せなら、かまわない

彼女が幸せなら、かまわない⑪

しおりを挟む
 比翼の儀が終わり、早々に帰り支度を始めた。
 王宮に戻ればおそらく書類が山積みになっていることだろう。
 もう日暮れだが明日の朝までには王都に戻りたい。
 今夜も馬車の中で眠ることになる。

「はぁ~~!!
 さすが陛下の使われている馬車ですね!
 作りが素晴らしい!
 馬車の製作技術はスタンレイ工房がズバ抜けていますよねぇ!」

 ……眠れるのか?
 うるさそうなのがついてくる羽目になったけど。

「不満そうな顔をするなよ、ジル様。
 若いイイ女を連れて帰れるんだ。
 私に感謝してくれよ」

 ディナリスがドヤ顔でのたまっている。
 儀式の見物中にシウネと仲良くなったようだ。
 シウネは私と酒を酌み交わしたディナリスを羨ましく思ってるらしく「だったら、アンタも相乗りしてしまえ」と帰り道の馬車にシウネを乗せることになってしまった。


「ところでバルトはどうした?」
「領主殿は落ち着く場所で眠りたいんだと。
 護衛の私がそばにいないわけには行くまい」
「勝手な奴だ。
 昨日はバルトのせいでろくに眠れなかったのに」

 昨夜聞かされたレプラの結婚話……身請け話と言い換えても良いかもしれない。
 彼女に断る理由も権利もないだろう。
 教皇から聞いた話にしても王都にいる限り、彼女に安息は訪れそうもない。
 私は取り残された我が身を憐れむだけでレプラのことを考えていなかったんだ。
 彼女を想えば……この上ない良い話だ。

「ところでジル様。
 領主殿から打診があった。
 私の剣をジル様に預けて良いか、って」
「ああ、そういえばそういう条件だったな」

 ディナリスを譲っても構わない。
 レプラを自領に連れて行く代わりだったら。

 やれやれ、全部計算づくだったのだな。
 危険の多い我が身を案じて強力な護衛であるディナリスを預けたい。
 だが、彼女の力はあまりにも大きく、ただで献上するには外聞が良くない。
 特に彼の家臣団からは。
 当然だ。彼女がいるといないとでは戦死者数の桁が変わってくるだろう。
 そこで、レプラとの交換という私の感情的にもっともらしい理由と結びつけたのだ。
 レプラとともに得た国教会の協力で隣国との摩擦は緩和される。
 ディナリスが開いた穴は埋まると踏んだのだろう。
 実に賢しい政治手腕だ。
 中央で私を支えてくれればどれだけ心強かったろうか。

「ディナリスが護衛騎士となってくれれば万兵を連れて歩くようなものだ。
 私の身の安全は保証されよう。
 それに、なんだ……私はそなたのことを気に入っている」

 レプラがいなくなって気楽に話せる相手はいなくなった。
 幼馴染のバルトならばともかく、新しく出会う人間、特に女性と友好的な関係に至ることはできないと思っていた。
 だけど、彼女は強引に塞ぎ込んでいた私の目を前に向けさせた。
 今まで出会ったどんな女性とも違う彼女に、惹かれていると自覚している。

「ハハ……面と向かって言われると照れてしまうな。
 王族にそのような好意を寄せられるのは初めてだ」

 笑いながらもまんざらではないのだろうと思う。
 彼女をそばに置いていれば、私はきっと今よりずっと楽になれるだろう。

 それは、とてもことだ。

「だがディナリス。
 バルトとの約束は反故にしようと思う」
「へ?」
「案ずるな。
 バルトの要求は無条件で呑むつもりだ。
 むしろ、私の方から頼まねばならんことだった。
 ディナリス。そなたは引き続き、バルトや彼の領地と民を守り続けてくれ」
「ちょっと待った!
 あなたは言ったろう!
 私がいれば安全で、私のことを気に入ってくれていると!」

 食い下がるディナリス。
 初めて彼女が取り乱したところを見た。
 そんな様子もまた手放したくない気持ちを込み上げさせる。
 だが、だめだ。

「私一人の命と心の平穏など、危険地帯であるシュバルツハイムの安全と比べればチリのようなものだ。
 王が我が身を守るために民に危険を強いるわけにはいかない」
「またそんなことを!
 領主殿や私が言ったことを何一つ理解できていないんだな!」
「分かっているさ。
 私のことを想ってくれる人がいる。
 ありがたいことだ」
「だったら自分を大切にしろ!
 捨て鉢になるなっ!」

 ディナリスの怒鳴り声が響く。
 分かっている。
 これは想ってくれている人を裏切るような態度だと。
 ただ、どうしようもないんだ。
 私は王であり続けなければならない。
 そして、その生き方しか知らないんだから。

「私は王で、この国を動かすための道具だ。
 私をどう扱うかは国が決める。
 そんなことよりも、シュバルツハイムには私の大切な人が住むことになる。
 彼女が幸せなら、かまわないんだ。
 だからそなたの剣は彼女たちを守るために————」

 バンっ! と左耳の鼓膜が破れるかと思うほど大きな音がして、気づけば私は地面に転がっていた。
 見上げると、ディナリスが右腕を振り切ったまま怖い顔で私を睨みつけている。
 どうやらビンタされたようだ。

「なんで……あなたが奥さんに大切にされないか分かったよ。
 あなたがあなた自身を大切にしないからだ。
 他人のために自分の身を削ることを厭わない。
 それだけ聞けば英雄的だが、自分の身が痛いことよりも目の前で痛がる人がいることに耐えられないってだけだ。
 そんな人間、どう扱っていいか…………もう!! 分からんよっ!!
 ジルベールのバカ野郎ぉっ!!」

 怒鳴りつけて私に背を向けて走り去った。
 一瞬、彼女の目に光るものが見えたような…………よそう。
 考えるな。

「これは嫌われたな」

 苦し紛れにうそぶいてみた。
 それをシウネは聞き逃さず、

「そんなことないと思いますよ。
 嫌いな人が間違った方向に向かっているのなら怒らったりしません」

 と意見してきた。

「そなたにも私は間違って見えるのか?」

 そう問うと、彼女は黙って頭を下げた。
 聞くまでもなかったな。


 その後、私はシウネを同乗させて教皇庁を離れた。
 馬車の中では彼女の研究や発明の話を聞かせてもらった。
 私には理解の及ばないことだらけだったが、彼女の頭脳はこの国だけでなく、世界を良い方向に導いて行くのだろうと思った。





 ————————————————
【朗報】噂の傾国の美女に対しては何をしても罪に問われないらしい!! 「ん? なんでもって言ったよね?」


 サ●ク・レーベン修道院に居座っている元王女のレプラ。
 王家の血が流れていないと知られてからも長年多大な税金を使って贅沢三昧していた魔女にお灸を据えてやりたい、と思うのは自然なことではないだろうか。

 我々国民は苦しんでいる。
 国王は「今日食べるパンがない時代から比べればマシではないか!」とでも言って自分の政策を正当化しようとするだろうが、明日のパンに困る国民はごまんといる。
 我々、下々の国民の怒りは高まっている。

 下々、といえば少し面白い話を聞いた。
 我々国民には戸籍というものがある。
 奴隷であろうと奴隷籍、貴族には貴族籍と我名前は違えどこの国の人間は皆戸籍を持っているのだ。
 王族を除いては。
 元来、戸籍とは下々の者を管理するために支配者が作らせたものなのだ。
 故に支配者である王族が戸籍に入るわけがない。
 王族の中には貴族に嫁いだりする者もいるが、彼女たちはその際に貴族籍を取得する。

 言い換えれば王族とは人間ではないのだ。
 ただ高貴な立場であるから憲法において別格の待遇が保証されているし、もし害そうとすれば族滅の罰を受ける。

 だけど、あのレプラは?

 彼女は先日の一件で、完全に王族から追い出された。
 その上、嫁入りしたわけでもないから戸籍も持っていない。
 戸籍のない人間なのだ。
 つまり、奴隷以下の存在だ。

 刑法において、人を殺せば殺人罪となる。
 しかし、奴隷を殺せば器物損壊罪だ。
 それ以下の彼女は?

 これ以上は言うまでもないだろう。

 その色香で国王を誑かし、悪行を繰り返してきた悪女の末路は、国民の怒りによって制裁されるという無惨なものかもしれない…………

 ————————————————
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

誰からも食べられずに捨てられたおからクッキーは異世界転生して肥満令嬢を幸福へ導く!

ariya
ファンタジー
誰にも食べられずゴミ箱に捨てられた「おからクッキー」は、異世界で150kgの絶望令嬢・ロザリンドと出会う。 転生チートを武器に、88kgの減量を導く! 婚約破棄され「豚令嬢」と罵られたロザリンドは、 クッキーの叱咤と分裂で空腹を乗り越え、 薔薇のように美しく咲き変わる。 舞踏会での王太子へのスカッとする一撃、 父との涙の再会、 そして最後の別れ―― 「僕を食べてくれて、ありがとう」 捨てられた一枚が紡いだ、奇跡のダイエット革命! ※カクヨム・小説家になろうでも同時掲載中 ※表紙イラストはAIに作成していただきました。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

偽りの呪いで追放された聖女です。辺境で薬屋を開いたら、国一番の不運な王子様に拾われ「幸運の女神」と溺愛されています

黒崎隼人
ファンタジー
「君に触れると、不幸が起きるんだ」――偽りの呪いをかけられ、聖女の座を追われた少女、ルナ。 彼女は正体を隠し、辺境のミモザ村で薬師として静かな暮らしを始める。 ようやく手に入れた穏やかな日々。 しかし、そんな彼女の前に現れたのは、「王国一の不運王子」リオネスだった。 彼が歩けば嵐が起き、彼が触れば物が壊れる。 そんな王子が、なぜか彼女の薬草店の前で派手に転倒し、大怪我を負ってしまう。 「私の呪いのせいです!」と青ざめるルナに、王子は笑った。 「いつものことだから、君のせいじゃないよ」 これは、自分を不幸だと思い込む元聖女と、天性の不運をものともしない王子の、勘違いから始まる癒やしと幸運の物語。 二人が出会う時、本当の奇跡が目を覚ます。 心温まるスローライフ・ラブファンタジー、ここに開幕。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

追放された荷物持ち、【分解】と【再構築】で万物創造師になる~今更戻ってこいと言われてももう遅い~

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティーから「足手まとい」と捨てられた荷物持ちのベルク。しかし、彼が持つ外れスキル【分解】と【再構築】は、万物を意のままに創り変える「神の御業」だった! 覚醒した彼は、虐げられていた聖女ルナを救い、辺境で悠々自適なスローライフを開始する。壊れた伝説の剣を直し、ゴミから最強装備を量産し、やがて彼は世界を救う英雄へ。 一方、彼を捨てた勇者たちは没落の一途を辿り……。 最強の職人が送る、痛快な大逆転&ざまぁファンタジー!

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...