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最終話 七つの刃
オルディン編
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教皇庁の執務室内で教皇オルディンはフランチェスカの子の誕生を知った。
「子が生まれたか。
ジェレミアとルクレシア……
クク、しっかり聖典に基づいた名前ではないか。
愚王が心を入れ替えた……いや、有能な参謀の入れ知恵か」
オルディンはダールトンが偶にする善手の裏にある秘書官のアントニオの存在感を見抜いていた。
考えなしの主君の失策の補填に走り回り、ギリギリのところで踏みとどまらせているその手腕を評価してもいた。
「どうします? 破門を解かれるので」
側近の問いにオルディンは首を横に振る。
「愚問だ。主を蔑ろにする者にかける情けはない。
まして、奴は余が王権を授けたジルベールを陥れ王を僭称しているのだ。
その上、ヘレン様にあのような辱めを与え、あまつさえ大衆にその姿を見せつけるなど……」
「ヘレン……さま?」
側近は思わず反応してしまう。
プレアデス教徒にとって、この世で最も位が高い人間はいずれの大国の王でもなく、教皇オルディンである。
聖オルタンシア王国以外の国にもプレアデス教徒が構成する組織はあるが、そのいずれもオルディンの権威を認め、崇敬している。
そんな人物が尊称をつけたのだ。
側近には聴き覚えのない名前だが、文脈からして『ヘレン様』が示す女性は一人しか浮かばなかった。
「…………ああ、妙な言い間違いをしたな。
余は休む」
「ご自愛ください。
あの王だけでなく貴族や民からも信仰が薄れつつある時代です。
御身を欠いては国教会が立ち行かなくなります」
「王や神を必要としない世か。
ある意味で理想郷かもしれんな。
そこで人の子が生きていけるかは分からんが」
杖を突いてオルディンは自室に戻る。
聖職者とはいえ、億を超える信徒を抱える世界最大の宗教権力者の自室。
その中は価値のつけられない稀少な財で埋め尽くされている。
宝石で作られた聖人像、現代に存在しない生物の化石、処女の髪で編まれたタペストリー、天を舞う白鯨の腸から取れた香石等。
その中に紛れるようにして年代物の絵画がひとつ飾られている。
一人の女性が椅子に座っている姿を描いたありふれた人物画であるが、注目すべきは右下にオルディンのサインが記されていることだ。
今から200年前、若かりし頃に描いたものである。
当時は写実主義の盛りであった。
神の造られたこの世界の姿をいかに正確に写すかで信仰の深さが窺える、などという風説があったが、それを真であると証明するかのように後の最高位聖職者であるオルディンの筆は形、色、陰影をこの上なく正確に描き切った見事なものだった。
他人を招き入れることのない教皇の自室にあるこの絵を観ることは不可能に近い。
しかし、もし、この絵画を観る者が観れば、声を上げるに違いない。
その絵の中に描かれている人物があまりにもレプラに似ているからだ。
オルディンは懐かしむように言葉を紡ぎ出す。
「長生きなどするものではありませんな。
過ちを重ね、後悔を積み重ね、息苦しくなる一方。
貴方様の苦悩が偲ばれます」
世界でもっとも年長であり、崇敬される人間が泣き言のような甘えを口にする。
彼が縋り付いているのは神か、それとも描かれた女性か。
「自分自身だけでなく、目に映る世界も汚れ老いさらばえていく。
信仰が失われていく世で私にできることはいつまで残っていましょうか。
願わくば、それまでに後片付けを終わらせておきたいものです」
教皇オルディンは百年以上の長きにわたって宗教を通してこの世界の最高権威として存在し続けている。
ただ長年生きていただけというわけではない。
その中で蓄積された知識や各界との繋がりは年齢と同様、常軌を逸したものとなっている。
ジルベールの追放前後の騒動に対して表向きには沈黙を続けていたオルディンだが、レプラに膨大な人的金銭的支援を行なっている。
それに異を唱える者はなく、真意を知る者もいない。
「子が生まれたか。
ジェレミアとルクレシア……
クク、しっかり聖典に基づいた名前ではないか。
愚王が心を入れ替えた……いや、有能な参謀の入れ知恵か」
オルディンはダールトンが偶にする善手の裏にある秘書官のアントニオの存在感を見抜いていた。
考えなしの主君の失策の補填に走り回り、ギリギリのところで踏みとどまらせているその手腕を評価してもいた。
「どうします? 破門を解かれるので」
側近の問いにオルディンは首を横に振る。
「愚問だ。主を蔑ろにする者にかける情けはない。
まして、奴は余が王権を授けたジルベールを陥れ王を僭称しているのだ。
その上、ヘレン様にあのような辱めを与え、あまつさえ大衆にその姿を見せつけるなど……」
「ヘレン……さま?」
側近は思わず反応してしまう。
プレアデス教徒にとって、この世で最も位が高い人間はいずれの大国の王でもなく、教皇オルディンである。
聖オルタンシア王国以外の国にもプレアデス教徒が構成する組織はあるが、そのいずれもオルディンの権威を認め、崇敬している。
そんな人物が尊称をつけたのだ。
側近には聴き覚えのない名前だが、文脈からして『ヘレン様』が示す女性は一人しか浮かばなかった。
「…………ああ、妙な言い間違いをしたな。
余は休む」
「ご自愛ください。
あの王だけでなく貴族や民からも信仰が薄れつつある時代です。
御身を欠いては国教会が立ち行かなくなります」
「王や神を必要としない世か。
ある意味で理想郷かもしれんな。
そこで人の子が生きていけるかは分からんが」
杖を突いてオルディンは自室に戻る。
聖職者とはいえ、億を超える信徒を抱える世界最大の宗教権力者の自室。
その中は価値のつけられない稀少な財で埋め尽くされている。
宝石で作られた聖人像、現代に存在しない生物の化石、処女の髪で編まれたタペストリー、天を舞う白鯨の腸から取れた香石等。
その中に紛れるようにして年代物の絵画がひとつ飾られている。
一人の女性が椅子に座っている姿を描いたありふれた人物画であるが、注目すべきは右下にオルディンのサインが記されていることだ。
今から200年前、若かりし頃に描いたものである。
当時は写実主義の盛りであった。
神の造られたこの世界の姿をいかに正確に写すかで信仰の深さが窺える、などという風説があったが、それを真であると証明するかのように後の最高位聖職者であるオルディンの筆は形、色、陰影をこの上なく正確に描き切った見事なものだった。
他人を招き入れることのない教皇の自室にあるこの絵を観ることは不可能に近い。
しかし、もし、この絵画を観る者が観れば、声を上げるに違いない。
その絵の中に描かれている人物があまりにもレプラに似ているからだ。
オルディンは懐かしむように言葉を紡ぎ出す。
「長生きなどするものではありませんな。
過ちを重ね、後悔を積み重ね、息苦しくなる一方。
貴方様の苦悩が偲ばれます」
世界でもっとも年長であり、崇敬される人間が泣き言のような甘えを口にする。
彼が縋り付いているのは神か、それとも描かれた女性か。
「自分自身だけでなく、目に映る世界も汚れ老いさらばえていく。
信仰が失われていく世で私にできることはいつまで残っていましょうか。
願わくば、それまでに後片付けを終わらせておきたいものです」
教皇オルディンは百年以上の長きにわたって宗教を通してこの世界の最高権威として存在し続けている。
ただ長年生きていただけというわけではない。
その中で蓄積された知識や各界との繋がりは年齢と同様、常軌を逸したものとなっている。
ジルベールの追放前後の騒動に対して表向きには沈黙を続けていたオルディンだが、レプラに膨大な人的金銭的支援を行なっている。
それに異を唱える者はなく、真意を知る者もいない。
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