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第四章 生贄の村

第13話 忌まわしき風習

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「このクエルの町から北西に向かうと大森林と呼ばれる森があります。
 その中央に小さな村があるのです。
 名前はコナー村。
 そこに住むある少女をこの町に攫ってきてほしい。
 ……ええ、妙に思われるのは当然でしょうね。
 英雄に人攫いを頼むなんて。
 事情は……申し訳ありません。
 もしあなたの口から情報が洩れてしまうと、コナー村の住民が生きていけなくなる。
 あの村の者たちはまずいことをしている。
 ですが穏便に済ませてやりたい。
 何も聞かず引き受けてくださいませんか?
 あの村は孤立した村です。
 少々トラブルになったとしても決してあなたの名誉を汚すことはない、と保証します」


『で、あっさり引き受けて森の中を一人行軍中っと。
 せっかく町で遊ぶチャンスだったのに!
 民衆ってのは恩知らずだぞ!
 助けてもらった恩なんて三日で忘れるし、ハイパーモテモテタイムはあっという間に終わっちゃうんだぞ!』

 ザコルさんが僕の背後で嘆いている。
 あまりのうっとおしさにため息を吐きながら僕は尋ねる。

「どうしてザコルさんは僕が女の人を抱くようにけしかけるの?」
『自分で抱けないなら、せめて人が抱いてるところだけでも見たい』
「変態ですか?」
『さらに言うなら、その光景を見て恥じらうセシリアも見たい』
『さっさと天に召されたら?』

 僕とセシリアにボロボロに言われるザコルさんなのであった。


『それにしても――』

 ザコルさんが話題を変える。

『コナー村、ね。
 まさか、あの村がまだ残ってるとはなあ』
「えっ? ザコルさん知ってるんですか?」
『そりゃあな。
 戦闘力もなければ学もない俺がベントラやナラ爺と並べて祀り上げられてるのはフットワークの軽さにある。
 ユーレミア国内の人里は大抵廻ってるし、揉め事には欠かさず首突っ込んでる」 
「じゃあどういう村なんですか?」
『よくある田舎の村さ。
 住民同士が少ない資源を分け合って生きているといえば聞こえはいいが……まあ、お前が気にすることじゃない』

 言葉を濁すようにしてザコルさんは説明するのをやめて、関係ない雑談に話を切り替えていった。

 


 
 コナー村にたどり着いた僕は、村の入り口で早速捕まった。
 門番らしき青年が棒切れに刃物を括り付けただけの粗末な槍を突きつけて尋問してきた。

「いったい何しに来た!?」

 いや、尋問じゃないな。
 威嚇行為だよ、これは。
 別に怖くはないけどイラっとする。

「ターニャという名前の少女に会いに来た。
 彼女の知り合いに頼まれて」

 僕がムスッとした顔で答えると強気だった青年の目が泳いだ。

「そ、そんな名前の娘はおらん! 帰ってくれ!」
「バレバレの態度で何を言ってるんだよ」

 僕は彼の懐に飛び込み、脇腹を殴りつけた。
 意識を失わないギリギリの加減で。

「グホッ……」

 足腰が立たなくなる彼を支えて耳元で尋ねる。

「具合が悪そうだな。
 場所を変えてじっくりと話し合うか?
 アンタが思い出すまで何度でも、やるよ?」

 握り拳を腹に押し付けてグリグリする。
 セシリアは悲痛な声で、

『リスタがいじめっ子になっちゃった……』

 と呟く。
 一方、ザコルさんは自慢げに語る。

『交渉術は俺直伝だからな。
 田舎の門番なんか、ぱかー、って口を割るぜ』

 言ったとおり、青年は怯えた目を逸らしながら返答した。

「も、もう村の中にはいない。
 祭壇に連れて行った……」
「祭壇? なんだよ、それは?
 ここにはないのか?」
「まさか……儀式のことは知らないのか?」

 驚いた様子で僕を見る青年。
 精神的な優位を崩さないために、僕は強く出る。

「知らないことは教えてくれれば良いだろ?
 まずはターニャがどこにいるか教えてよ」
「さ、祭壇だ!
 ここからまっすぐ北に進んだ場所にある!
 今日の朝連れて行かれたばかりだからまだ生きている筈だ!」
「まだ……生きている?」

 気温が変わりそうなくらい物騒なことを言い出した青年。
 さらに問い詰めようとするが、村人が集まってきて僕のことを遠巻きに見始めた。
 まずいな、と思っているとザコルさんが舌打ちをして助言してきた。

『無駄な時間を使うな。
 祭壇に向かうぞ。
 説明は俺がしてやる』

 珍しく本気っぽい彼の声音に僕は引っ張られて門番の青年を解放して、走り出していた。



 地面に残った足跡を頼りに北進する。
 足跡は大人の男のものばかり。
 ターニャは10歳にならない少女ということだから一致しない。

『おそらく輿にでも乗せられたんだろう。
 神に献ずるものを土で汚すわけにはいかないとかなんとか言って。
 ご苦労なこった』
「ザコルさん!
 とりあえず急いでますけど、説明!
 聞かせてくださいよ!
 祭壇とかなんとか……生き死にが関わる話なんですか?!」

 木々を避けながら進む僕に対してザコルさんとセシリアは直線で移動している。
 だから彼らが僕の前に出ていて表情が見えない。
 それでも分かるくらいにザコルさんの声には怒りが滲んでいた。

『山奥や孤島、森の奥と言った住みにくい場所にある村ってのは一般社会と断絶され独自の文化や価値観を形成しているもんだ。
 主な理由は、そうしなければ生きていけないから。
 人が少ない場所はそれだけ生きていくのに困難な環境ってことなんだ。
 あの門番だって痩せぎすで小柄だったろう。
 お前を遠巻きに見ていた村人も。
 十分に栄養が取れてないんだ。
 木々が生い茂った森の中じゃ農耕もろくにできない。
 狩猟採集が食の中心だと供給が安定しない。
 だからあの村は……捨てたんだ』
「捨てたって、何を————」

 突如、木々がなくなって拓けた場所に出た。
 他の木の何倍もの高さの大木がそびえたっていた。
 周りに木々がないのはこの大木が栄養を独占していたからかもしれない。
 その大木の前に据えられているのは文様が彫られた大きな長方形の石。
 これが祭壇というやつだろう。
 隣にいるセシリアがザコルさんに尋ねる。

『あれ? 何のつもり?
 女の子が横になって――あ』

 祭壇をベッド代わりに女の子が眠っている。
 セシリアと同じように僕も思っていたが、じっくり見ると違っていた。
 女の子は手足を鎖で繋がれていた。
 祭壇から逃げられないように。

『食糧が乏しい小さな村。
 モンスターが出現するため、外部との交流は少なく閉鎖的な環境。
 助けを呼べない、ってことは悪事もバレないってことだ』

 ザコルさんがふと空を見上げた。
 鳥型のモンスターが大木の頂上にたかるようにぐるぐると旋回して――――急降下を始めた。
 祭壇に横たわっている女の子に目掛けて。

『食料の取り分を増やすために、立場が弱い者を始末する。
 その残虐な行為を隠し立てするように、儀式や風習と言葉で飾る。
 コナー村はな、昔から飢饉に見舞われたり、モンスターの襲撃があったりすると、若い娘を生贄に捧げるんだよ。
 モンスターに人を喰わせて、そいつが食うはずだった食糧を喰らう。
 忌まわしい人喰いどもの村なのさ』

 女の子を助けに走った僕の頭にザコルさんの冷たい声が反響した。
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