上 下
21 / 33
第四章 生贄の村

間話 父子とそれを見守る者

しおりを挟む
 英雄というものはこちらの想定をはるかに超えてくる。

 若き英雄アリスタルフ殿は私の娘を救い出すだけでなく村人たちまであの忌まわしい村から引きずり出した。
 彼が求めたのは村人73人の市民権。
 常識的に考えればありえない大盤振る舞いだがトロルの大群を駆逐した英雄の願いと有れば決して高くはない。
 私としてもホッとしている。

 王都にいた頃、恋仲だったポリーナ。
 彼女は控えめな女性で自分のことをあまり語らないタイプだった。
 彼女がクエルにほど近いコナー村の出身だったことも、そこで原始的な生贄の儀式を行っていることも、私との間に女の子ができており、村に戻ってから出産したこともすべて手紙で知らされた。

 何年も昔に別れたきりの女とはいえ、自分の血が繋がった子どもの命がかかっていると言われては放っておけなかった。
 ましてポリーナは私の将来を案じて身を引いたのだから。

 自分の権力を持ってすればコナー村からターニャを強奪することはできた。
 だが、表立って動けば村の因習がクエルの町の人間に漏れる恐れがあった。
 そんなことになれば彼らは迫害され、不幸な末路を辿る。
 ポリーナもそんなことは望んでいないだろう。


 コナー村の人々がクエルの町にやってきた。
 縁者のいる者はその家に身を寄せ、そうでない者には空き家を貸し与えた。
 ポリーナを死に追いやった村長一族には罰を与えたいという願望もある。
 だが、そんな私に釘を刺すようにアリスタルフ殿は、

「彼女はあなたに復讐してほしくて手紙を書いたんじゃない。
 ターニャの保護と忌まわしい因習から村を解放してほしかっただけだ。
 自分の怒りを鎮めるために死者を利用してはいけない」

 と疲れ果てた目をして言った。
 村で何があったのか、十五歳の少年とは思えないほど彼の言葉は重みが増していた。

 おかげで短慮を起こすのは避けられた。


 そんなことよりもターニャの事だ。

 実のところ彼女に会うべきか悩んでいた。
 私の子供、と言われても十年以上前に別れた女の子供に父親としての感情を持つのは難しい。
 母を亡くして間もない少女に不義理な仕打ちをしてしまわないか不安だった。

 だが、杞憂だった。

 何か、神秘的な力とも言うべき何かが私に作用していると感じた。
 彼女は記憶の中にあるポリーナの面影を残した少女だった。
 懐かしさを感じると同時に、その顔つきや佇まいのどこかに自分の血を感じてしまうのだ。

『この子はあなたの娘よ』

 とポリーナが私の耳元で告げてくれているような気分だった。

 ターニャは私の事を父親だと聞かされていたようだった。
 流石にひと目見た瞬間に抱き合うようなことはできなかったが、じっくりやっていこう。
 ポリーナも見守ってくれている。
 そんな風に思えるのだ。
しおりを挟む

処理中です...