世界の涙を拭う旅 〜霊が見える少年は伝説の英霊に弟子入りして英雄の道を歩む〜

五月雨きょうすけ

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第五章 家族の物語

第25話 世界のすべて

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 その場所はよく知っている場所だった。
 先ほど蘇った記憶にも出てきた場所。
 母さんの寝所だ。
 ランプの灯が照らす薄暗い部屋の中。
 ドレッサーの鏡に映し出されているのは母さん。
 僕の母さんだ。

『リスタ、見える?』

 セシリアの声が聴こえた。
 僕は声を発することができない。
 でも、彼女はそれをすぐに察してくれて言葉を続けた。

『今見ているのはあなたのお母さんの記憶。
 この後、リスタにとってとても辛いことが起こるわ。
 だけど、目を逸らしちゃダメだからね。
 あなたは全部知ってその上で立ち上がらなきゃならない。
 そうでなかったら…………私がこの世に居残った意味がないじゃない……』

 最後の方は泣き声だった。
 言われなくても目を逸らすことすらできない。
 ただただ母さんの体験と思考が流れ込んでくる。


 鏡の前で髪を束ねて寝支度を終えると、コンコン、とドアがノックされる。

(こんな時間に誰かしら? ヴァーリ様はお仕事で帰らないし……)

 疑問に思いながら母さんはドアに近づく。
 そして、ノックされている場所の低さで叩いているのが子どもであると察した。

(あまえんぼうねえ。
 ま、いいか。
 そう遠くないうちに離れ離れになっちゃうんだから。
 思いっきり甘やかしてあげよう)

「おやすみなさいじゃなかったの? リスタ」

 子供の頃の僕がいた。
 しかし、その意識は僕のものではない。
 怨霊に憑依されていると母さんの記憶の中でも僕は悟れた。
 だけど母さんはそういうわけにはいかない。
 僕を抱きしめて、おでこにキスをして、同じベッドに入るよう促す。

 やめろ、きづいてくれ。
 ソイツはあなたを殺そうとしている。

 母さんは隣で横になった僕の髪を撫でて想いを馳せる。

(本当にかわいい子。
 ヴァーリ様に似たしっかり者の長男と、私似で甘えん坊の次男なんて神様のご褒美よね。
 大怪我して冒険者を引退しなきゃいけなくなった時は絶望したものだけれど。
 生きる目的が変わっても人って幸せになれるものなのね。
 リスタ……誰より愛しい私のぼうや)

 優しく僕を背中から抱きしめた。
 そして僕に語りかける。

「ねえ。リスタ。
 お部屋の外は怖い?」

 僕は答えない。
 母さんは瞳を閉じて言葉を続ける。

「あなたはとても繊細な子だから、もしかするとお母さんたちとは違う世界が見えているのかもしれないわね。
 それは決して悪いことじゃないわよ。
 きっと意味があるの。
 その意味を探すためにもあなたには前を向いて生きてほしいの」

 母さんは胸の痛みを堪えるように言葉を紡いでいる。

(やだやだ。離したくない。
 ああ、昔のケガをする前の私だったらなあ。
 一生守ってあげるとか言ってずっと手元に置いていたんだろうけどなあ。
 でも、ダメだよね。
 今の私じゃ戦うことどころか家事さえろくにできないんだもの。
 これから先、ほとんど寝たきりの私が抱えるにはリスタの人生は大きすぎるもの)

「あのね。リスタ。
 お母さんはとてもあなたのことが好きよ。
 お父さんより、お兄ちゃんより、手のかかる甘えん坊のあなたのことが大好き。
 だからね、幸せになってほしいの。
 幸せってたくさんの形があると思う。
 ずっとこの家にいてお母さんと一緒にいることも幸せかもしれない。
 でもね、もっと大きな幸せを目指そう。
 自分が幸せになるだけじゃなくて、他の人も、たくさんの人を幸せにできるよう生きよう。
 あなたにはきっとできる」

 僕を甘やかし、励まし、慈しむ母さんの声。
 なぜ僕が母さんが大好きだったかを思い出した。
 どうしようもない臆病者の僕に惜しみない愛情を注いでくれた。
 悪霊たちに怯え、何も変われずに時間が流れていくことを恐れていた僕にとって母さんの愛情だけが救いだった。


 母さんが僕の世界のすべてだった。


 それを僕は自ら壊したのだ。
 眠りに落ちた母さんの腕から抜け出し、隠し持ってきたトーチで寝ている母さんの頭を殴った。

 血を流して悶え苦しむ母さんを放置してランプの火をトーチに移すとカーテンや絨毯に火をつけていく。
 みるみる間に母さんの部屋は炎に包まれた。

「リスタ……やめなさい」

 母さんが僕に語りかけた。
 すると、僕に取り憑いた怨霊が答える。

「バーカ。もうお前の息子の魂はどこにもないよ」

 普段と全然違う僕の口調と表情に母さんは驚愕と同時に感覚機能を強化した。
 それはセシリアが最初に僕に教えてくれた戦闘能力強化のお手本通りだった。

「あなたは……なに?」
「ふふふっ。ボクはリスタさ。
 ただし、中身は違うけれどね。
 あーあ。それよりもがっかりだよ。
 病弱なフリしてるけど追い詰めたら本気になってくれると思ったのに。
 ガチで寝たきりの役立たずじゃん。
 一〇年に一人の天才冒険者と聞いていたのにケガをして引退して凡夫の嫁に降っちゃこんなもんか」

 無造作にトーチで母さんの頭を殴りつける。
 持ち手は金属でできていて重さと硬さを備えたトーチだ。
 その動きと威力は子供の僕のそれとは明らかに違い普通の人間なら絶命している。
 なのに病弱でか弱いはずの母さんは流れる血に視界を奪われながらも屈せず、僕に飛びかかった。
 そして、僕の両手を掴み、

「……この……悪魔め……」

 鬼の形相で僕を睨みつけた————————




 どうして、こんな酷い光景を何度も見なきゃいけないんだろう?
 母さんを殺した罰を受けて地獄に堕ちたからだろうか。
 だったら納得も、

『ちがうっ! ちゃんと見なさい!
 耳を傾けなさい!!
 あのゴミ怨霊はあなたの心を侵すために大切なところを見せなかった!
 リスタぁっ…………あなたはあなた自身がどれだけ尊いものなのか、分からなくちゃいけないの!!』

 セシリアの声が頭の中を叩いた。
 その時だった。
 僕の意識が母さんの身体から離れた。
 おかげで母さんの姿を見ることができた。
 母さんは子供の僕を睨みつけて腕を大きく振りかぶり、

『この、悪魔めぇぇっ!!
 リスタの中からぁっ! 出ていけえええええええええええええええ!!!』

 叫びながら拳を放った。
 子供の僕の胸を叩いた。

 病弱な女のかよわいパンチ。
 威力だけを見ればそうだろう。
 だが、僕の目は捉えていた。
 母さんのパンチは僕の身体を傷つけず、器用に中の怨霊だけを貫いていた。

『グギャアアアっ』

 僕の身体から黒い影が逃げ出していく。
 糸の切れた操り人形のように崩れ落ちそうになる僕を母さんは受け止める。

「ああぁあぁ…………リスタぁ、叩いてごめんね!
 ああ、くそっ!
 なんで思いもしなかったんだろう……
 リスタはずっとアレに怯えていたのね……
 ごめんね、お母さん気づいてあげられなくって!」

 母さんは僕を抱きしめながら嘆いた。
 頭から血が流れ落ち続ける大怪我をしているのにそれを気にも留めずに。

「奥様っ!! ご無事ですか!?」

 扉を開けたのはニナだった。
 部屋に立ち込める黒煙に怯みながらも母さんに駆け寄った。

「奥様……リスタ様も?」

 僕のことは予想外だったのだろう。
 目をパチクリしていたが母さんの負傷に気付くと顔が真っ青になった。

「私におぶさってください。
 必ず助けますから!!」

 そう言って背中を差し出すニナ。

(……細いわねぇ。
 若い頃の私みたい。
 もっとも、冒険者だった私と普通のメイドのニナとじゃ膂力は比べ物にならないわね。
 私はギリ背負えても、リスタも抱えるのは無理)

 やめろ母さん。
 その選択はしないでくれ。

「ニナ。私はいいからリスタを確実に助けなさい」
「そんな……奥様をお守りできなければ当主様に合わせる顔が!」
「これは命令よ。
 私はやらなきゃいけないことがある。
 あと、あなたはここに来なかったことにして。
 リスタが気がついても何も言わないでね。
 この子に重荷を背負わせないで、命令よ」

 繰り返し念を押すように母さんはニナに告げ、立ち上がり部屋を出て行った。
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