彼に二度目の恋をする

たぬ

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5 アンネローゼ父

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 ステージ上に現れた女神のごとく美しい女性に会場に集まっている人々の歓声が鳴り響くなか、扉に強烈な衝撃音を伴いながらホールに飛び込んできた中年男性がいた。額に浮かんだ汗が流れシャツにシミを作っている彼をみればここまで長距離を走ってきたことが一目同然であったが、彼に視線をやる人間は会場にただの一人もいなかった。

 その男性は入場するや否や人並みをかき分け、必死に何かを探しす。




 一段高い位置にいる私(元アンネローゼ)は、偶然視界に映ったその男性を自然と目で追った。 会場内の人間が全員自分に強いまなざしを向け立ち尽くす中、移動している男性は彼女の目を止めるに十分だった。


 誰だろう?
 アンネローゼなら知ってるかもしれない。と頭をよぎるが、彼女の記憶から探そうにもある程度当たりをつけた上でないと検索にヒットしないようで、あの男性が誰かは不明。
 妹ちゃんと元婚約者さんの際は、「妹」「婚約者」ってキーワードが分かってたし、目の前にいたから姿かたちもハッキリしていて、画像スキャン的な機能により本人と照合するのはノータイムだった。
 対してあちらに御座すおじ様?は、距離があることと障害物観客で阻まれ姿がよく見えない。

 フィリップさんや異母妹ちゃんに聞くのは、…なんか嫌。野次馬化したギャラリーのうち1人に適当に声をかけて尋ねてみると、頬を赤らめ鼻息荒く捲し立てながら嬉々として答えてくれた。


「めっ女神様!あの方はラ・ヴァルス公爵当主。女神様の宿り先、ラ・ヴァルス公爵令嬢の父ぎみであらせられます。
 ラ・ヴァルス公爵は宰相職も務められており、政には必ず携わっておられる方です。
 かの方がお持ちの影響力は、国王陛下に勝るとも劣らぬ等という噂がある程です。
 領民からの信頼も厚く、領地の運営に手を抜かない勤勉な方ですので、近隣の領地から移民希望者が…それから……」



 あっ、もう大丈夫です。おじ様は父親でしたか。そっか……うん?

 これは良くないんじゃないか。いや、確実にまずい。アンネローゼはもう居ないのに、身体は私がもらってしまった。見た目違うけど。おたくの娘さん乗っ取っちゃいました。てへぺろ!とか無理ぞ!我無理ぞ!!


 この状況は、臓器をもらった人間が、臓器提供者の親御さんを前にするようなものだろう。しかもこの親は、娘が臓器提供をしたことを知らない。一言で言って最悪では?

 父親と情報を得たため、アンネローゼの記憶に’’検索’’をかける。

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 う~ん?ヒットはした。情報はあったにはあったが、少ない。享年16とはいえ、膨大な情報が検索に引っ掛かり精査する時間ないなとおもったのに、拍子抜けである。主要な出来事ファイルは二つ。継母と異母妹が家族を名乗り始めた直後、父親に彼女たちの審議について尋ねようと玄関で何日も待ちわび、ようやく帰ってきた日に「おかえり」と呼びかけたのに目線もくれず目の前を素通りされたこと。その一月後、なかなか帰ってこない父親の誕生日に彼の執務机上にメッセージカードと花を一輪添えた翌日、父親が城に後に台所へ朝食をもらいに行くとゴミ箱にカードと踏みつぶされたあとの付いたしわくちゃな花が捨てられていたこと。


 どうしたものかと悩んでいると、アンネローゼのお父さんはフィリップに気付くと他の人と肩がぶつかっても気にせずずんずんとフィリップのもとへ進み、肩に爪が食い込みそうな勢いで掴みかかる。


「娘はどこだ!何処にいる?!」


 フィリップはなすすべなくアンネローゼのお父さんになすが儘に揺さぶられる。


「痛いですお義父さん。まずその手を」
「私を父と呼ぶなこの戯けもの!お前なんぞにそんなふうに呼ばれる言われは無い!!」


 フィリップはアンネローゼの記憶通りならば、婚約後からアンネローゼのお父さんをお義父さんと呼んでいたはずだ。アンネローゼのお父さんのそっくりさんだろうか。


「一応婚約して」
「今破棄してきた!お前は実家から完投されるだろうから荷物をまとめるんだな。ざまあみ~ろ!あーはっはっはー」

 ……。

「なっ!何を!婿養子に入る話だったではないですか。ラ・ヴァルス公爵家長女との婚約破棄はこちらとしても願ったりで……でしたが、彼女の妹と婚約は結び直すつもりで」
「何を言っているだ、おまえは?ローゼに妹なんぞいないが?遂にイカれたのか貴様。流石にマカイラ侯爵が不憫だな。」


 ラ・ヴァルス公爵を除く皆の頭上に、アンネローゼ父が口を開く度に''?''が浮かぶ。


「私の横にいる彼女ですよ。公爵」

 名前を言えないなりに必死に説明する様を見てると私も少しだけフィリップ君が哀れになってきた。既に声を大にして私が先程呼んだからその努力は無駄だろうけど。


 フィリップ君はアンネローゼの妹、キャサリンを指さしながら公爵様に困惑しながら返答した。


「私の娘はこの世でただ一人。愛妻ローゼマリーとの子であるローゼだけだ。妻もマリー以外を迎えた覚えは無いが?どうやったら2人目が生まれるんだね?
 いや待てよ、そこの娘どこかで見たか?うむ、存ぜぬ。で、そこの娘がなんだと申されましたかな」


 アンネローゼ父の発言にフィリップさんも妹(ではないらしいが)ちゃんも空いた口が戻らないご様子。


 公爵様にい言われたことが呑み込めないでいる暴れん坊の二人と知らない若い女性が娘だといわれ侵害だと不快の表情を表に出す両者に動きがみられず膠着状態となった。


 無視して運命の人を探しに行きたい気持ちはやまやまだが、宿主の生みの親には私の口から説明した方がなんとなしに良い気がする。


「とりあえず別室で話しませんか?」
「お嬢さんは誰だい?今日はしらない女性に会う日らしい。」
「……その話もお宅の娘さんのことも含め、私の知る限り話しますので、一旦場所を移しませんか?」






 会場にいたお偉いさんが気を利かせて、会議室を開けてくれた。机はU字型をしており、公爵は上座にどかっと座り、右隣には部屋を案内してくれた方が、左隣には私が座り、フィリップさんとキャサリンさんはアンネローゼ父の正面に立たされた。


「それじゃあ説明してもらおうか」


 指を組み王者の気迫を漂わせて正面に睨みを利かせ、この場にいる誰よりもこの場で公爵の発言権が最も大きくなったのを肌感覚で理解した。


「では第三者である私めがホールでの出来事を報告させていただきます。」
「ああ、頼むミケ」


 部屋を用意してくれた方は、ミケさんとおっしゃるらしい。猫?


「魔術部門の表彰式兼精霊王の儀式を行い、優勝者であらせられるラ・ヴァルス公爵令嬢が自らの『死』を求められました。」
「今冗談は必要ない。真実のみ述べよ。」
「精霊王様がなにか呟くと公爵令嬢はそれまでと異なる喋り方や行動を取られました。その直後に、」
「冗談はよせと言っただろう?」
「話終わるまでお聞きください」


 嘘のような話が続き、真剣みをおびたミケの表情と声で事実なのだと公爵は頭で処理し、報告をうけるも貴族らしからぬ取り繕えきれない悲壮感を漂わせる。


「えっと、直後にマカイラ侯爵家次男とラ・ヴァルス公爵家メイドの娘が茶番劇を繰り広げるも元ラ・ヴァルス公爵令嬢により一刀両断。
 元ラ・ヴァルス公爵令嬢が精霊王と何か話されたあと突風が巻き起こり、そちらにいらっしゃる女性が現れました。
 その後はあなたが護衛の制止を振り切り入場したため、愉快な見世物劇が終わってしまいました。久々に笑えましたよ。見れなくて残念でしたね。」


 ミケさんによって、娘の魂がこの世界を離れたことが明かされてしまった。


「では、娘の肉体はどこにあるのだ?」


 ミケさんは左手をわたしに手のひらが見える形で差出し、「このかたがそうです。」と一言だけですました。


「お嬢さん」


 地を這うような低い声で呼ばれ、椅子に座っているのに体が跳ねて返事も上擦る。


「お嬢さんはローゼの前世だね。ローゼの記憶を引き継いだのかい?」


 アンネローゼ父の声は第一声と変わり優しく語りかけてきた。ミケさんの説明に前世云々の話はなかったが事前に知っていたのだろう。


「はい、その通りです。彼女の記憶を引き出すのに制約がありますが、条件さえ満たせばどんな記憶も見れると思います。」
「娘の最期を教えて貰えますか?娘は何を思い、何を考えていたのでしょうか?」


 アンネローゼの記憶では娘を気にかけているそぶりは一ミリも見られなかったが、もしかすると覗けない記憶があったのかもしれない。義母たちが屋敷でやりたい放題し始めていたころ、父親に助けを求めれば助けてもらえると信じて疑っていなかったがために、当時声をかけたのに無視されたことが彼女の傷を深く傷つけたのは確かなようだ。もしかすると、アンネローゼは一定の時期までは愛されていたのかもしれない。目の前で項垂れている彼の態度が本心なのだとすると、親子に大きなすれ違いが発生していたのだろう。


 公爵様には酷だろうが、彼にはアンネローゼの辛さは知って欲しいと私も思う。


「アンネローゼはこの世に絶望していました。
 容姿で貶され、成果を出しても報われない。努力をすればするほど蔑まる。愛してくれる人もいない。自宅には我儘でものと婚約者を奪う妹と教育と称してムチを打ったり、食事を抜く義母がいて逃げ場がない。家を出ることだけが、望みだったのにこのクズは妹とくんずほぐれしやがってもう近づきたくもない。
『死』だけが救いだと思い、死ぬために血反吐を吐きながら、痛む身体を無理矢理動かし魔術を極めてなんとか優勝。望みを手に入れた彼女は2年ぶりに幸せを感じてお亡くなりになりました。」
「そうか、安らにいけたのか。」


 公爵のセリフは娘が楽に行けてよかった風だが、表情は後悔と懺悔が渦巻き、目元を手で覆った。人前でこれ以上感情を表に出すのを彼の矜持が許さないのだろう。


「必ずキャサリンの母親に罰を与えてください。彼女が後妻を名乗り出してから、何度もアンネローゼは公爵様と連絡を取ろうとしたようですが、外部との連絡を絶たれ、助けを求める度に酷い私刑を行われていました。到底許せません。」
「お嬢さん、教えてくれてありがとう。かならず罰を与える。ミケ」
「近衛隊長に伝えて来る。このアホどももついでにぶち込んでくるから後は好きにしろ。でも、メイドは残すからお嬢さんに手を出すなよ。」
「ありがとうミケ。」


 ミケさんはごねるフィリップさんとキャサリンさんを連れて部屋を出ていった。あまりにも暴れるものだがら2人とも最後は引きづられてたけど……。
 メイドさんが入室するも流石王城の使用人。物音1つ立てず、視線も静かだ。部屋に静寂が走る。




 公爵様は本当に不憫な方だ。妻に続き娘まで失いしに遅れてしまっている。


 アンネローゼは父を恨んではいなかった。公爵様が帰宅しないわけを理解していたから。
 12歳の頃に母を亡くし自分も辛いが、妻との思い出が詰まっている自宅に居られずに仕事を入れ、王城に詰め始めた公爵様の気持ちが、幼いながら理解出来ていた。

 それから一年も経たずに、隣国で戦争の勃発と自国で飢饉が同時に起こり、三年経った今も公爵を含めた役人が睡眠時間や食事の時間さえ削って働いていると新聞を読み知っていた。幼少期の記憶通りの父ならば、部下に負担をかけまいと人一倍自分に負荷をかけて、手紙も出せないほど働いているだろうと想像に安かった。

 公爵が不幸になることはアンネローゼも私も望んでいない。

 前世の私はアーサーを亡くしたあと自暴自棄になり、最後にはトラックと衝突しご臨終。

 公爵様に死ぬなとは言えないが、少しでも幸せであって欲しいとねがう。 





 公爵はアンネローゼに手紙と贈り物を定期的に送っていた。

 しかし、後妻を名乗るメイドによりアンネローゼの手に渡らぬ間に処分されていた。そのことを知ったのは一年前。偶然暖炉に燃え残った手紙を見つけた。父親が自分のことを見捨てていないと知った彼女はその瞬間だけ天にも昇る気持ちだった。後日義母の部屋の前で拾った一通の手紙を読むまでは。自分宛ての手紙を初めて見つけた彼女は差出人が父親だと知ると、こっそりと自室へその手紙を持ち帰った。中には、義母から渡された手紙に添付されていたアンネローゼの肖像画を見たという内容だった。こんな化け物が自分の娘なわけがない。一通も返事をよこさず、社交界にも参加してないと聞く、そんな親不孝ものは必要ないなど。最初から最後までアンネローゼをこき下ろす内容だった。

 冷静に考えれば、義母の策略以外の何物でもない。義母を妻と認める記載があったからだ。しかし、当時のアンネローゼの精神状態は正常ではなかった。義母が後妻を名乗り始めたころ、使用人は全く信じていなかったが、時が経ついつれ、主人である公爵が一向に何の否定もしなかったからだ。主人に代わって命令を出せる一人娘は神に見放された容姿の未成人のアンネローゼただ一人。義母によって新たに雇われた使用人が屋敷内で幅を利かせはじめ、元からいる使用人の肩身も次第と狭くなっていた。助けてくれる人はそのころアンネローゼの周りに居なかった。友人もおらず、婚約者の裏切りを知ったのもこのころである。不幸が重なりアンネローゼの目の前は真っ暗であった。


 公爵は四年放置していたことで、アンネローゼに嫌われていると思い、彼女に当てていたお金も使われているため不自由なく暮らせていると判断。偽後妻と偽義母妹が使ってたんだが…。公爵はそれ以上の行動にはでなかった。

 そのことに気づくのは、メイドを尋問した後である。







「お嬢さん、こちらに来てから知り合いはまだいないだろう?今後の資金援助はわたしが行う。ローゼの部屋で生活し、彼女のものを使うといい。他に必要なものがあれば直ぐ言ってくれ、なんでも調達する。」


 突然の提案に正直困惑した。公爵は娘を気付かぬまに失い消沈していたはずだ。


「よろしいのですか?」


 見知らぬ相手に破格の条件。宿無しの身にはありがたい。一銭も持っていない自分には頼る以外の選択肢はない。でも、公爵に甘えるのは違う気がする。


「可憐な乙女を寒空の下に放置するほど、私は落ちてはいない。それに魂は異なるが、肉体はローゼが元になっているのだろう?君が許してくれるならば、お嬢さんは第2の娘だ。」


 公爵にとってアンネローゼへの贖罪なのかもしれない。


「それでは、お言葉に甘えさせてもらいます。」
「ああ、家に帰ろう」
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