絶対殺すウーマンの幸せ結婚生活

茴香

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終章:和合

和合

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 ハルトリーゲルはまさにガデナーの胸に飛び込もうとしていたが、ガデナーの姿を見るや躊躇いがちに立ち止まる。それはハルトリーゲルに染み付いた死への恐れ。いくらガデナーが不死と聞かされてもいつまでもステンペルの呪いを上回り続けるとは限らない。ハルトリーゲルはガデナーの前に立つと、潤んだ瞳でガデナーを見つめる。

 その青い瞳は真っ直ぐにガデナーを映し、ガデナーの赤い瞳もまた真っ直ぐにハルトリーゲルを見つめている。二人はしばし見つめ合い、唐突にガデナーがハルトリーゲルの肩を抱き寄せる。

「あっ……」

 ハルトリーゲルはガデナーに身を任せ、ガデナーの胸に顔を埋める形で抱きしめられた。腕の中のハルトリーゲルを優しく抱きしめながらガデナーがゆっくりと口を開く。

「神樹が乾いていることは承知している。しかしガルテンの地は多くの民が生きている。おいそれと大地の命を捧げるわけにはいかん。故に結界でその根を封じさせてもらったのだ」

「はい……」

 ガデナーの言葉にハルトリーゲルが小さく頷く。ガデナーは優しくハルトリーゲルの頭を撫でながら続ける。

「しかし神樹は我々にとって、このヴァッサーリンデンの大地にとっても無くてはならぬ存在だ。故に我々は神樹を討ち滅ぼそうなどとは考えておらぬ」

 その言葉にハルトリーゲルが驚いた表情でガデナーを見上げる。

「……大地を巡る命は大いなる循環の中にある。神樹が命を吸い上げるからこそ、数多の命がこの地に呼び寄せられるのだ。さもなくば水は流れを忘れ、涌泉はいつしか濁った池となる。俺の、俺達の存在も然り」

 ハルトリーゲルは瞳を閉じてガデナーに身を寄せている。するとガデナーはハルトリーゲルをやさしく引き離すと、真っ直ぐにハルトリーゲルを見つめながら語る。



「故にハルトリーゲル。お前は俺と共に在らねばならぬ。我が妻となるがいい」



「はいっ!」



 ハルトリーゲルは生まれて始めて心の底から微笑んだ。







「……ガデナー様は最初から全部ご存知だったのですね。私がいくら頑張ってもガデナー様を殺せないということを」

「いや、あれは俺の読み違いだ。まさかミステルがハルトリーゲルを暗殺者に仕立てるとは思ってもいなかったからな。さすがに婚礼の儀式の最中にハルトリーゲルに首を刎ねられた夜は泣いたがな」

「そうよ、ハルトリーゲルちゃん。あの時のガデナーの落ち込むっぷりったらひどかったんだから」

「くっ、ザフト。余計な事は言う必要はない。俺は今ハルトリーゲルと話をしている」

 怪しい笑みを浮かべるザフトリングに向かってガデナーが露骨に顔をしかめる。するとハルトリーゲルが何かを思い出したかのように手をたたく。

「ああ……魔力に反応して目が赤くなるというあれですね」

 それを聞いた瞬間、ガデナーは飲んでいた紅茶を吹き出した。ザフトリングとハルトリーゲルの視線がガデナーに集中するが、ガデナーはまるで何もなかったかのように優雅に口元を拭きとって笑ってみせる。

「これは紅茶を吐き出したのではない……ガルテンではこういう作法でな。ミステルの姫には少々合わんかもしれんが、おいおい慣れていくといい……」

「ねっ? こういう人なのよ、ガデナーって。分かったでしょ?」

「……はい。よくわかりました」

 窓辺で爽やかに微笑むガデナーをよそに、ザフトリングがハルトリーゲルに耳打ちにしては大きすぎる声量で語り合っている。するとハルトリーゲルが不思議そうに指を立てて何やら考えこむ。

「そう言えばガデナー様ってどうして私を娶ろうと思ったのですか? わざわざステンペルだから、というのは理由になりませんわよね?」

「ああ、それ? ガデナーがハルトリーゲルちゃんに一目惚れしたってやつよね。あれには驚いたわ。いきなり『ステンペルの姫を見に行く』なんて言ってミステルに行っちゃうんだから。十年くらい前かしらね。それで戻ってきたガデナーがいきなりハルトリーゲルちゃんを娶るためにガルテンを平定するとか言い出して大騒ぎになったのよ」

「十年前……私は七歳ですわね……。えっ? 七歳……」

 ハルトリーゲルが慌ててガデナーに向かって振り向いた。一方のガデナーは優雅に窓の外を見つめながらワイングラスを傾けていた。しかしガデナーの額には滝のような汗が浮かんでいるのをハルトリーゲルは見逃さなかった。

「……ザフトリング様。ちなみにガデナー様ってお幾つなのですか?」

「五百歳くらいだったかしら? ねえ、ガデナー? 貴方って今正確には何歳なんだっけ?」

 その言葉にハルトリーゲルの表情が蒼白になる。

「五百歳の魔王が……七歳の子供に一目惚れ……七歳の子供に……」

 それを見たガデナーが慌てて弁解を始める。

「違う、違うぞ、ハルトリーゲル! 俺はお前の内に秘めた強い魂の輝きに惚れたのだ!」

「変態! 変態ですわ!」

「ぐはぁ!」

 ガデナーはそのまま胸を抱えながら崩れ落ちた。





 これはガルテンとミステル、お互い決して交わらぬ人と魔族が駆け抜けた一つの歴史。

 ヴァッサーリンデンの大地に刻まれた愛の歴史である。



 ー 暗殺者の姫 了ー
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